第22話:仮面の刺客
闇夜に紛れて放たれた刃の気配を、私は背中で察知した。
(また来た……!)
体をひねってかわすと、鋭い一太刀が風を裂いた。
白刃がすれ違い、夜の静寂がひび割れる。
「またあなたですか……」
返事はなかった。
仮面をつけた男は、ただ静かに構えを取る。
(あの夜の刺客と同じ……でも、動きに迷いがある)
私は刀を抜き、対峙する。
仮面の奥に光る眼。
そこには、機械のような冷たさと、微かに揺れる感情のようなものが見えた。
⸻
一歩、また一歩。
互いに距離を詰め、同時に踏み込む。
キィンッ!
剣が交わる音が響き、火花が飛ぶ。
手ごたえのある技量。だが、それだけではなかった。
(この剣筋……どこかで……)
打ち合いながら、記憶がよみがえる。
昔――父に連れられ、道場で稽古をつけてもらった少年がいた。
(まさか……でも、動きが……似てる)
「……あなた、まさか“蓮司”……?」
一瞬、動きが止まった。
「……」
仮面の奥の瞳が揺れる。
だがすぐに、次の一太刀が振るわれた。
⸻
私はその攻撃を受け流し、地面に転がる。
息を切らしながら、問いかける。
「なぜ、私を狙うの? 本当に、命じられた通りに動いてるだけ?」
沈黙。
だが、わずかに震える剣先がすべてを語っていた。
「……主の命だ。お前は“真実”に近づきすぎた」
「その“主”って誰? 榊原主膳……?」
仮面の下で、口元が小さく動いた。
「……違う。“命”を下したのは……松平玄道」
私は息を呑んだ。
(やっぱり、あの人が……?)
それとも――それこそが罠なのか。
⸻
その瞬間、何かが弾けたように、男の姿が霧のように遠ざかった。
「待って……!」
追いかけようとしたが、夜霧が濃く、気配がすっと消える。
残されたのは、仮面の一部――
割れた破片に、わずかに見える家紋。
(この家紋……確か、京の武家でも滅んだとされていた旧家の――)
胸がざわつく。
誰が味方で、誰が敵か――その線が、どんどん曖昧になっていく。
⸻
翌朝、私は副長に報告を入れた。
「……また襲撃を受けました。相手は、おそらく“蓮司”という名の人物。
昔、道場で父と関わりがあった少年です。今は刺客に……」
「“蓮司”……聞いたことがあるな。確か――」
副長は腕を組み、何かを思い出そうとしていた。
「その名、“名簿”にはない」
「……どういうことですか?」
「存在そのものが消されている。記録上、最初からいなかった」
⸻
その日の午後、榊原主膳が再び姿を現した。
私は表情を変えず、彼を迎えた。
「また何か、調査のご相談ですか?」
「いや、今日はただ顔を見にね。君の表情が以前より引き締まって見えたから」
「……誰かに狙われている気配があるんです」
「それは困ったね」
榊原は、にこやかに言った。
「だが、あまり心配はしすぎないことだ。
“誰を信じるか”ではなく、“何を信じるか”を選ぶべき時もある」
「それは……ご忠告として受け取っておきます」
榊原は静かに頷き、その場を去った。
⸻
夕暮れの空の下、私は小さく呟いた。
「私が信じるのは、剣。そして、父の言葉……それだけ」
仮面の刺客の姿が、脳裏に焼きついて離れなかった。
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