第21話:矛先と盾
「……これが、桜井隼人に関する極秘指令でございます」
小さな座敷で、ひとりの男が膝をつき、頭を垂れていた。
差し出された封書には、松平玄道の花押が入っている。
だが、命令文の内容は“任務指示”ではなく――“排除命令”。
「異端と見なされし者は、粛正対象とする。
桜井隼人。即刻、排除せよ」
「……御意」
その声は低く、感情を感じさせなかった。
やがて男は静かに立ち上がり、京の夜に紛れるように姿を消した。
⸻
一方、私は昼下がりの屯所裏で、資料保管係の老人と話していた。
「……妙なんですよ。確かにこの前まで、柾真殿の資料はここにあった。
でも、今は何もない。まるで、最初から存在してなかったように……」
「その前に見た方、いらっしゃいますか?」
「……ひとり、いたな。若い者だったが、名前までは……」
(誰かが、内部から手を回してる……)
私は礼を言って立ち去ると、資料庫の裏手にまわった。
風に吹かれ、ふと視線を落としたとき――
地面に、落ちた小さな紙片が舞っていた。
拾い上げると、それは明らかに切り取られた文書の断片だった。
(これは……“原本”の端か?)
微かに読める文字は“桜井”の名。
それは、確かに“消されたはずの名前”だった。
「……誰かが、残してくれた……?」
⸻
その夜。
私は町の古道具屋へ向かっていた。
過去、父が密かに連絡を取っていた人物が、そこで働いていたと知り、
少しでも情報が得られないかと思ったのだ。
夜の町並みは静かで、人通りも少ない。
その時だった。
背後に、わずかな殺気。
(来る――!)
振り返る暇もなく、鋭い刃が背中を狙って振り下ろされた。
私は咄嗟に身をひねり、地面に転がる。
白刃がかすめ、袖が裂けた。
「……粛正対象、確認。排除する」
無機質な声。
月明かりに浮かび上がるのは、黒装束の男。
顔には面をつけ、素性は分からない。
私は刀に手をかけた。だが――
「動くな」
男の構えは、明らかに“殺し”の型だった。
このままでは、勝てない。
(まだ死ねない……こんなところで……!)
その瞬間――
キィンッ!
甲高い金属音とともに、別の刃が男の刀を弾いた。
「……そこまでにしてもらおうか」
聞き慣れた、だが滅多に聞けないほど低い声。
そこに立っていたのは――副長だった。
「副長……!」
「見逃す理由はないが……ここでお前を殺されるのは、不都合だ」
副長の瞳は鋭く、氷のように冷たい。
男はわずかに後退したが、やがて刀を引いた。
「任務は未完了。……再実行する」
言い残し、闇に紛れるように消えた。
⸻
「無事か」
副長は私にちらりと目をやると、足元の紙片を拾い上げた。
「これを、手に入れたから狙われたのかも……」
「おそらくな。情報の断片とはいえ、粛正対象の証拠だ。
……それに、“お前自身”が、すでに危険だ」
「それでも、止まれません」
私がそう言うと、副長は口元をわずかに緩めた。
「なら、勝手にしろ。だが――次からは、俺を盾にしろ」
その言葉に、胸が熱くなった。
(この人は……ちゃんと見ていてくれる)
⸻
夜が明ける頃、榊原主膳がふらりと屯所に顔を見せた。
いつもの柔らかい笑顔を浮かべ、隊士たちと挨拶を交わしている。
「隼人君、大丈夫だったかね? 夜に外出していたと聞いて、心配していたよ」
「……はい。少し、驚いただけです」
「そうか、それならよかった。――だが、くれぐれも気をつけて」
榊原は笑顔のまま、静かに言葉を続けた。
「この京には、知らぬうちに“矛先”が向くこともある。
だが、盾を選ぶことができるのも、強さだよ」
その言葉に、私は静かに頭を下げた。
そして心の中で、思った。
(私には、もう“盾”がいる。なら、前に進める)
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