第2話:はじめての屯所生活
翌朝、目が覚めて最初に思ったことは――
(体がバキバキ……)
硬すぎる布団、床のきしみ、隣の部屋から聞こえるいびきの嵐。
私の新しい生活は、まるで修行僧の合宿だった。
天井を見上げながら、私はゆっくりと息を吐いた。
(でも、これが“男として生きる”ってこと。気を抜いたら終わり)
油断すれば、誰かの前で女に戻ってしまいそうになる。
枕元に置いた帯を手に取り、いつもよりきつめに締め直す。
⸻
壬生浪士組の朝は早い。
というか、騒がしい。
「おーい! 新入りぃ! 起きてるかぁっ?」
「朝飯できてんぞ! 腹減ってんなら急げ!」
「お前の湯桶、誰かに取られるぞー!」
朝から声を張るエネルギー、どこにあるのか謎だ。
私は恐る恐る廊下を歩き、食堂に向かった。
木製の長机がずらりと並び、男たちがどんぶり飯をかきこんでいる。
「お、隼人!」
手を振ってくれたのは沖田だった。
その隣には、頭に包帯を巻いた男――永倉新八が座っていた。
「初めての朝飯だな、緊張してんのか?」
「ええ、少しだけ……」
「まぁ慣れるさ。ほら、遠慮すんな!」
差し出された飯碗を受け取りながら、私は手元に意識を集中する。
箸の持ち方、食べ方、姿勢――
一つでも“女らしい”所作があれば、終わる。
「そういや副長、今朝は機嫌悪そうだったな。寝不足かね?」
「いや、たぶん新入りを睨んでたからじゃね?」
「……え?」
その言葉に、私は手を止める。
こめかみに、冷たい汗がにじんだ。
⸻
稽古場では、すでに木刀の音が響いていた。
「今日からお前も参加な!」
「えっ、もうですか?」
「当然だろ! 壬生浪士組に入ったからには、毎朝の稽古は義務だ」
永倉に引っ張られるようにして列に加わると、先頭には副長――土方歳三がいた。
「……整列」
その一言で、場の空気がぴたりと引き締まる。
声を張らずとも、自然と背筋が伸びる迫力。
私は、目を合わせないように視線を落とした。
けれど――わかる。
(……見られてる)
訓練中、誰よりも土方の視線が鋭かった。
刀の握り、足の運び、構え。
全てを観察されている。
“お前は本当に男か”と、無言で問いかけられているようだった。
⸻
稽古が終わり、汗まみれになった私は、急いで風呂場へと向かった。
――が。
(やばい、男湯しかない!)
脱衣所の前で立ちすくむ。
笑い声が中から漏れてくる。
中に入れば――絶対にバレる。
「隼人ー! お前も入るだろー?」
「い、いや、僕ちょっと……腹の調子が……!」
「はぁ? 朝から便所か? 気をつけろよー!」
なんとかやり過ごし、私は物陰に身を潜める。
風呂の煙が漂ってくる湯屋の裏で、ひとり背中を壁に預けた。
(あぶなかった……)
胸の帯が、汗でじっとり濡れている。
けれど、ほどくわけにはいかない。
この包帯と帯がなければ、私は“女”に戻ってしまう。
⸻
ふと、気配を感じて顔を上げると――
土方が、湯屋の向かいからこちらを見ていた。
煙の中、鋭い視線だけがはっきりと浮かんでいた。
(……また、見られてる)
すぐに背を向けて、何もなかったふりでその場を離れる。
けれど胸の奥は、どくん、と跳ねていた。
⸻
(私は、ちゃんと隠せているのだろうか)
(この場所に、“隠し通したまま”いられるのだろうか)
自分でも、わからない。
でも、ここにいると決めたのだ。
だから、やるしかない。
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