第18話:反撃の狼煙
朝の屯所は重苦しい沈黙に包まれていた。
誰もが言葉を選び、視線を交わすことすらためらっている。
疑念が残した爪痕は深く、仲間同士の信頼を少しずつ削り取っていた。
僕は、永倉さんの姿を遠くに見つけた。
ひとりで稽古場に立ち尽くすその背中が、やけに小さく見えた。
(このままじゃ、壊れる)
誰かが仕掛けた“偽り”が、確実に新撰組を蝕んでいる。
そして、私は――いや、僕はそれを止めなければならない。
⸻
「――永倉の件、どう思う?」
昼休み、隣に座った沖田さんが小声で尋ねてきた。
「信じてます。でも、証拠が敵なら……このままじゃ永倉さんは……」
「そうだね」
沖田さんはいつもの笑顔を浮かべながら、箸を止めずに言った。
「でもさ、隼人。“敵”って、証拠を作る側にもなれるんだよ」
「……!」
「言いたいことはそれだけ。ごちそうさま」
そう言って立ち上がる沖田さんの後ろ姿に、私は確信を得た。
(証拠が作られた可能性――考えなきゃいけない)
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夜、資料庫に忍び込んだ私は、過去の密書や筆跡資料を確認していた。
隊士の書簡、提出報告書、過去の密書すら全て目を通す。
目が痛くなるほど見比べて、ようやく――小さな違和感に気づいた。
(“永倉さんの筆跡”……いや、これ……癖が微妙に違う)
似てはいる。けれど“完璧な模写”ではない。
不自然なまでに均整が取れすぎている部分、文字の角度。
誰かが丁寧に“なぞった”痕跡があった。
(誰かが、仕組んでいる……!)
⸻
部屋に戻ると、机の上に置き手紙があった。
『報告の締切を過ぎている。至急、提出されたし――松平玄道』
筆跡すら冷たく感じるその紙に、私は舌打ちしそうになった。
(監視されてる……でも、止まれない)
私の中に灯った炎は、もう消えなかった。
⸻
翌日――
「隼人君、少しよろしいか?」
廊下で声をかけてきたのは榊原主膳だった。
あいかわらず穏やかな笑顔。
その佇まいは、まるで厳冬の中の陽だまりのようだった。
「隼人君、疲れた顔をしている。無理はしなくていいんだよ」
「……ありがとうございます。お気遣い、感謝します」
「君はよくやっている。松平殿の要求は厳しいが、あれも“任務”だからね」
「でも……自分を見失わないように。それが、最も大切なことだよ」
榊原主膳の声は優しい。
だけど、なぜか、その言葉の裏にうっすらと“境界線”を感じた。
(この人は、本当に味方なのか……?)
そう思った私は、すぐにその考えをかき消した。
(疑うことに慣れてしまうのが、一番怖い)
⸻
その夜、私は土方副長に報告を申し出た。
「――密書の筆跡に違和感がありました。
永倉さんの本物の文書と比べると、明らかに不自然な点があります」
土方は黙って聞いていた。
「……証拠は?」
「まだ確定ではありません。でも、もっと調べれば――」
「調べろ。好きにやれ。ただし、見つけた瞬間に報告しろ」
「……はい!」
副長は背を向けたまま、わずかに頷いた。
(黙認してくれている……それで十分だ)
⸻
こうして、私の反撃が始まった。
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