第17話:偽りの証拠
「永倉新八、貴様に攘夷派との内通の嫌疑がかけられている」
その瞬間、空気が凍りついた。
重苦しい沈黙が、屯所全体を包み込む。
「はぁ!? ふざけるなよ副長! 俺がそんなことするわけ――」
永倉さんの怒声が響くが、土方副長は無表情のまま机に文書を置いた。
「証拠が上がっている」
机に置かれたその紙切れが、まるで刃のように鋭く見えた。
そこには、永倉さんの筆跡に酷似した密書が記されていた。
仲間たちが言葉を失い、視線を交わす。
誰もが「まさか」と思いながらも、その“証拠”を否定できずにいる。
(こんなの……誰がどう見ても罠だ)
だけど、規律に縛られた新撰組では、「証拠」が全てだった。
永倉さんが震える拳で机を叩いた。
「俺を疑うのかよ、隼人……!」
僕は息を呑んだ。
その瞳には、怒りだけじゃない――裏切られたような悲しみが滲んでいた。
「……僕は信じてます」
絞り出すように答えた声が、あまりにも頼りなく響いた気がした。
⸻
夕暮れ、松平邸に向かう足取りは重かった。
石畳を踏むたび、胸の奥がずしりと沈んでいく。
松平玄道に呼び出されるたびに感じる、言いようのない圧迫感。
屋敷の門をくぐった瞬間、冷たい空気が肌を刺した。
⸻
「これで二人目だな、桜井」
薄暗い書院で、玄道は淡々と告げた。
障子越しの光が、彼の顔をより冷酷に照らしている。
「君の監視はどうなっている? 次は誰が裏切るのかね?」
「永倉さんが、裏切るはずがない!」
思わず声を荒げた僕に、玄道は微かに口角を上げた。
「感情で語るな。武士は“結果”が全てだ」
机の上に並べられた書状が、僕の心を締め付ける。
「……これ以上、仲間を弄ばないでください」
震える声で訴えた僕に、玄道は冷たい目を向けた。
「弄んでいるのは、君たち自身だよ」
⸻
廊下を歩く足音だけが、静寂を破っていた。
吐く息がやけに重く感じる。
「隼人君」
柔らかな声に振り返ると、榊原主膳が穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。
「顔色が悪いね……無理もないか」
「……榊原様」
僕の声は、かすれていた。
「玄道殿は厳しいが、君のためを思ってのことだ」
「だが、辛くなった時は、私を頼りなさい」
その優しい声が、逆に胸に痛かった。
「……ありがとうございます」
絞り出すようにそう答えるしかなかった。
⸻
屯所に戻ると、空気は最悪だった。
仲間たちの視線が、まるで刃のように永倉さんに突き刺さる。
「隼人、お前まで俺を疑うのか!?」
永倉さんが僕に掴みかかる。
その手は怒りに震え、目には悔しさが滲んでいた。
「……僕は信じてます。でも……どうすれば……」
言葉が途切れた。
信じていると言いながら、何もできない自分が悔しかった。
⸻
夜――。
私は、気づけば父の墓の前に立っていた。
京の夜風が、冷たく頬を撫でる。
「父さん……私、どうすればいい……」
膝をつき、拳を地面に叩きつける。
悔しさと無力感で、喉の奥が焼けるようだった。
(仲間を守りたいのに、守れない)
風に乗って、遠い記憶が蘇る。
『剣は、真実を貫くためにある』
父が教えてくれた、剣の意味。
私はいつの間にか、それを忘れかけていた。
「……そうだよな、父さん」
立ち上がり、夜空を見上げる。
「私は、従うために剣を握ってるんじゃない。
仲間と、自分の信じるものを守るために握ってるんだ」
静かに刀の柄に手を添え、誓う。
「もう黙ってはいない。この陰謀を、私が必ず暴く」
闇の中に、確かな決意だけが灯っていた。
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