休憩
三題噺もどき―ろっっぴゃくご。
「……ん」
机の上に置かれている籠に手を伸ばしたが。
空を切っただけに終わった。
それに意識が引っ張られ、集中が途切れる。
「……」
同時に久しぶりに感じる疲労感と、少しの達成感に襲われる。
体調が万全になり、休んでいた仕事を再開したのだ。
パソコンに向かい合っているだけの仕事ではあるが、家にいながら出来ると言うのはとてもありがたいものだ。
「……」
飴玉が入っているはずのそこには、ただの空気が鎮座していたようだ。
いつの間になくなっていたんだろう……それなりに置いてあったはずなんだが。
集中を切らせないために置いていた飴玉に、集中を切られるとは思ってもいなかった。もしや、アイツが減らしたのか?
「……」
万全とは言え病み上がりなのをまだ心配しているんだろうか。
……そんなに弱るのが気に食わないのか?確かに、この間のは今まで以上に弱ってはいたと思うが、若かりし頃はそれなりにあったと思うんだが。
「……」
まぁ、アイツからの心配なんて珍しいものだから、素直に受け取っておこう。
とはいえ、ここに何もないのはもの寂しいので、キッチンから何か取ってこよう。
ついでに軽く休憩でも挟むことにしよう。
「……――っく」
軽く伸びをしながら、椅子から立ち上がる。
座りっぱなしなのも慣れてはいるが、さすがに疲れはたまるものだな。
対策グッズというモノもそれなりに使ってはいるんだけど、限界はあるのだろう。
そうでなくても、適度な休憩は大事にすべきなんだろう。
「……」
空になった籠を手に持ったまま、廊下へと出る。
部屋の電気をつけないで仕事をしていたので、少し隙間を開けただけの戸から洩れる灯りがやけに眩しく感じる。
思わず顔をしかめるが、すぐに慣れる。
「……ん?」
「わ」
慣れはしても、光の影は消えずに居残っていたため。
廊下を歩く影に気が付かなかった。
というか、部屋を出た瞬間にぶつかり、危うく後ろに倒すところだった。
「……危ないですよ」
「すまん」
咄嗟に出た手で何とか倒すのは避けたが、睨む顔は避けられなかった。
片手に何かを持っていたようだが、いくつかは廊下に落ちてしまった。
……どうやら、洗濯を片付けに来たようだ。自分の服がその腕に抱えられているのに気づいた。
「休憩しますか」
「あぁ、そうしようと思って」
廊下に落ちた洗濯物を広いながら、部屋から出た理由をこちらが告げる前に口に出す。
まだ閉じていなかった寝室の戸から、するりと中に入り込む。
慣れた手つきで洗濯物を箪笥の中にしまい、こちらへと戻ってくる。
「丁度チーズケーキが焼けましたよ、食べますか」
「いただこう」
またお菓子を作っていたのか。
ストレス発散かと思っていたが、完全なる趣味だなこれは。
確かに料理をするのは昔から好きだったようだが、お菓子作りにまでハマるとは思ってもいなかった。
それもこの国に来てからなような気がする。
「買い物に行ったらクリームチーズが安くなっていたんですよ」
「そうなのか」
まるで言い訳のようにそんなことをいいながら、先を歩く。
さして長い廊下でもないので、リビングにはあっという間にたどり着く。
そのままの足で2人してキッチンへと向かう。
「何か飲むか」
「ご主人と同じもので良いですよ」
キッチンに置かれていたチーズケーキを切り分けながら答える。
お湯を沸かさなくては……と思ったが、すでに電気ケトルのスイッチは入れられ、沸く寸前だった。なんだ、部屋に来る前にスイッチを入れていたのか。
「……コーヒーでいいか」
「いいですよ」
いくつかストックされているコーヒーの中から、適当に取り出し、二つのマグカップにセットする。今日はドリップコーヒーだ。特に淹れ方なんかにこだわりはないので、適当にお湯を注いでいく。
どうせアイツはミルクと砂糖を入れるからな。
私も今日は砂糖が欲しい。
「あとは自分で淹れます」
「ん」
セットしていたフィルターを外し、シンクに置いておく。
捨てようかと思ったが、この残りかすを何かに使うことがあるらしいので、一応だ。
自分用のマグカップを手に持ち、リビングへと向かう。
そこにはすでに二人分のチーズケーキが置かれている。
「……」
しかしまぁ、綺麗に焼くものだな。
あまりケーキの類を食べることはないが、市販のモノにも負けず劣らずなんじゃないか。
そんな事口が裂けでも言わないが。
……席に座ったことを確認し、軽く手を合わせる。
こういうマナーは嫌という程叩きこまれているので、自然と動いてしまう。
「…ん、うまいな」
「どうも」
心なし嬉しそうなその声に、少しだけ変なくすぐったさを覚える。
これだけはいつになっても慣れそうにない。
しかしまぁ、こういう休憩時間も悪くない。
「そういえば部屋に置いてあった飴玉取ったか?」
「取りましたが」
「……隠しもしないのか」
「キッチンに置いてますから勝手に取ってください」
「そうか……すまなかったな」
「……なにがですか」
お題:チーズケーキ・洗濯・飴玉