第9話 初級魔法を使ってみましょう
食後、師匠はパンパン、とズボンをはたいて、私の手を取って立ち上がらせた。
「しっかり食ったな?んじゃ、初級魔法を教えてやるから、ちょっとやってみろ」
「……はい」
おおう。
もう魔法使っちゃうんですね。
まだ、魔力の流し方しか教わってないのに。
「んな、難しく考えなくても大丈夫だ。こう……ちょっと出してパッとやって終わりだ」
その一言でわかった。
この人、感覚派の天才だ。
だから、理屈とか抜きに自分が感覚で出来ちゃうから、説明が下手なんだ。
すん、とした私の顔を見て、師匠も、さすがに今の説明はまずかったと悟ったらしい。
目が泳いでいる。
「と、とにかく実践だ。いいか?出す魔力量は、魔石に込める量と同じだ。あとは、イメージだな」
そう言って、手のひらを上に向けて、ポッと小さな炎を出す。
まずは、火属性の魔法からみたいだ。
「お前は初心者だから、詠唱したほうがいい。詠唱は簡単だ。古代語で『火よ』。それだけだ。イメージとしては、今俺が出したくらいか、マッチ棒くらいだ」
やってみろ、と言われて、とりあえず目を閉じて集中する。
手のひらに、マッチ棒の先サイズの火が灯るように。
イメージできたところで、ちょびっとだけ魔力を流す。
再び目を開けてみると。
手のひらからちょっとした火柱が立ち上っていた。
「はい?」
熱くはないけど、呆気にとられる私の手のひらに、師匠が炎を押さえ込むように上から手を重ねる。
「師匠っ!手、手が燃えちゃう!」
「自分の魔法で燃えることはねぇから心配すんな」
「そうじゃなくて、師匠の手がっ」
師匠が手を離すと、火はもう消えていた。
師匠は私から見えない位置で、火を押さえ込んだ方の手を、何かを振り払うみたいに振った。
「俺がこんな程度の火で火傷なんかするかよ」
見せられた師匠の手は、確かに傷も火傷の痕もなかった。
大魔法使い、すごい。
それから何回か挑戦して、10回を超えたあたりでようやく成功した。
次は、土魔法だ。
師匠が、またお手本を見せてくれる。
地面に手を当てると、ポコリと土が盛り上がった。
また、やってみろと言われて、土属性初級魔法の詠唱をする。
今度はうまくいった。
ちょっと、師匠のお手本より盛り上がりが大きい気がするけど。
師匠も合格を出してくれたので、いい。
「次の属性なんだが、水と風、どっちがいい」
「選べるんです?」
「どっちもお前にはそれなりに難しいと思うからな。水球を出すか、手のひらに小さなつむじ風を出すかくらいの差だが、水球は形を保つのが難しいぞ」
「難しいものから挑戦していくタイプなので、とりあえず、水かな」
「わかった。じゃあ、1回目だけ誘導してやる」
師匠が、私の手のひらに自分の手を添える。
水を出すための魔力はごく少なく。
魔力を流して目を開けると、手のひらに小さな水球が出来ていた。形を保つために、師匠が私の魔力を、水全体に纏わせているのがわかる。
わかるけど、どうやっているのかさっぱりだ。
「イメージに集中しろ。水風船の中に入っている水をイメージするんだ」
目の前の水球を見ながら、魔力で出来た水風船の中で、ゆっくりと水が回るのをイメージしてみた。
すっ、と師匠が手を離して、一瞬、形が崩れかけたけど、なんとか持ち直す。
しばらく形を保ち続けて、ようやく師匠からの合格が出た。
風魔法は、思ったより簡単だった。
でも師匠が言うには、誤って暴走すると、辺り一帯を台風並の風が暴れ狂うらしい。
そうなると、風自体でも人を傷つけるし、風で吹き飛んだもので怪我をさせることもあるので、決して油断してはいけないらしい。
成功はしたけど、何度も練習させられた。
その後も、光魔法で出した光が強すぎて目がくらんだりとか、闇魔法で出したものがウニョウニョしていてちょっと戸惑ったりもしたけど、何とかその日のうちにすべてマスターすることは出来た。
「うあー。お腹減りましたー」
「もう日暮れも近いしな。ルージュが何か作ってくれてるだろ。とっとと帰るぞ」
師匠が私の方に手を伸ばしたから、また手を繋ぐのかと思って手を出したら、腕ごと引っ張られて、師匠のローブの中にすっぽりと身体が収まった。
師匠の温かい体温と、森林の香りに、また胸が高鳴る。
師匠は私の身体をしっかりと抱え込んで、頭を胸元に押し付けた。
これ以上は無理だ。
心臓がもたない。
そう思って顔を上げると、そこはもうお屋敷の中だった。
(あ、転移する為に抱きしめ……いやいや、私を抱え込んだわけね)
ホッとしたような、なんか残念なような。
いやいや。
待て待て自分。
残念ってなんだ、残念って。
「なに百面相してやがる。身体が冷えてるから、先に風呂入ってこい」
「ひゃい」
噛んだ。
恥ずかしさ倍増。
そんな私の頭をグリグリと乱暴に撫でると、師匠はさっさと自分の部屋へ向かってしまう。
何となくその後ろ姿を見送っていたら、突然師匠が振り返った。
「どうした、そんな捨て猫みたいな面しやがって」
「いえっ!なんでもないですっ」
師匠は、ちょっと考えた後、ツカツカとこっちに来て、私の膝裏を片手で支えた。
もう片方の手は背中。
そう。
私はお姫様抱っこされている。
台所からこちらを見ているルージュさんは、あらあらウフフ、という顔をしているし、師匠は何も言わずにどんどん歩いていく。
もうやめて!
私のライフはゼロよ!
本気でそう叫びたくなったとき、無事に私の部屋に到着した。
「……師匠、力持ち、ですね」
「お前を運ぶくらい、どうってことねぇよ」
師匠が部屋を出ていってから、私は何だかいたたまれなくなって、お風呂へと直行した。
思っていたより手がかじかんでいて、お風呂のお湯が染み渡る。
胸が苦しい。
でも、師匠のことを思うと、胸がふわふわする。
あの眼差しが、あの優しさが、私だけに向けられればいいのに、とそう、思ってしまった。
師匠は、これまでのお弟子さんにも、私にするように優しく教えてきたのだろうか。
大魔法使いのお弟子さんになるくらいだから、私みたいなズブの素人ではなかったかもしれない。
(師匠。不出来な弟子に呆れてないかな)
不安にはなるけれど、頭を撫でてくれたことを思い出して、また少しときめいた。
やっぱり私、師匠のこと──
キュルルルー
お腹が鳴った。
確かにお腹は減っているけど、どうやら私のお腹は空気を読まないらしい。
ザバっとお湯から出て、服を着替えて食堂へ向かう。
今日も師匠は先に来ていて、私が席につくのと同時に、ルージュさんが料理をサーブしてくれた。
「すいません。お待たせしちゃいましたか?」
「いんや。お前こそちゃんと温まったか?」
「はい、しっかりと」
いただきますをして、二人で食事を始める。
アミュは、今夜は外に出て新鮮なお花を食べに行ったそうだ。
「あの、そう言えば、師匠の昔のお弟子さんは、やっぱりすごい人になってるんですか?」
「あ?俺は今まで弟子なんざ持ったことはねぇよ」
それはアレだろうか。
教え方が少し大雑把だからだろうか。
いや、師匠は丁寧に教えてくれる。
ただ、擬音語が多いだけで。
(でも、そっか。私が初めての弟子なんだ)
ほんの少し、胸が温かくなった気がした。