第5話 生活に必要なことを教えてもらいました
フォルトゥナさん、もとい師匠から、弟子にしてやると言われたその日は、とりあえず何もしなかった。
まだこの世界に馴染みがないだろうから、と他のこと──生活面でのことを教えてもらったのだ。
たとえば、台所の火の扱い方。
元の世界みたいに、電気やガスが通っているわけではないから、魔石というものを組み込んである道具が主流だ。
魔石に微量の魔力を流すことで、ガスコンロみたいに火がついたり、なんなら火の大きさの調整までできる。冷蔵庫や冷凍庫もちゃんとある。
これには、元から魔力を込めた魔石が仕込んであって、内部に描かれた、冷やしたり凍らせたりする魔法陣を使って、冷蔵冷凍をしているらしい。
オーブンは、ガスコンロと同じ。
一体なぜなのか、電子レンジ的なものもちゃんとあって、それは冷凍冷凍庫とは逆に、温める魔法陣が描かれている。
お風呂も、お湯を出す魔石に魔力を通すとお湯が出て、水を出す魔力に魔力を通せば、水が出る。
水分量の調節は、ノズルで出来る。ここは元の世界と同じ。
残念ながら、エアコンの役割を果たす装置はない。
寒いこの国では、もっぱら暖炉頼りだ。
電話はないけど、似たような通信機はある。
テレビもないけど、それなりの魔法使いなら、映像魔法という、ライブ中継を流す魔法は使えるらしい。
とはいえ、一般的には普及していない。
トイレはというと、便器は元の世界の洋式便器とほぼ同じ。
ただ、元の世界で水が少し溜まっているべきところに、何でも飲み込むスライムくんがいる。
下にスライムくんがいるところで用を足すのは少し抵抗があったけど、スライムくんは特に動くこともないし、即効で慣れた。
ちゃんと、下水的なものはあるらしくて、台所で使った水や、お風呂の残り湯なんかは、下水管を通って、各家庭に設置されている汚水場に溜まる。
ここでも活躍するのがスライムくん。
汚水場のスライムくんは、数匹で汚水を飲み込んでくれるらしい。
特にスライムくんが汚染されることはないそうだ。
また、スライムくんが有害なガスを生み出すこともないらしい。
スライムくんすごい。
あとは照明だけど、これも各照明に魔石が埋め込んであって、そこに触れて魔力を流すことで点けたり消したりできるらしい。
当然ながら、天井照明はない。
だって、届かないから。
これらの装置を見ていると、暖房器具くらい作れそうだと思うのだけれど、頑張ってもガスストーブレベルらしくて、それくらいならいっそ暖炉の方が部屋全体を温めるには向いているそうだ。
暖炉なら煙突が付いていそうなものだけど、そこはなんと、空気を濾過する魔法陣がちゃんと暖炉に刻まれているらしくて、煙突がなくても煤だらけになったりはしないらしい。
なんというか、随分魔法でできることが偏っているな、と思う。
師匠の話によると、火、土、水、風、光、闇それぞれの魔法をベースにしているので、どうしてもできることに限りが出てしまうらしい。
ちなみに、冷蔵冷凍庫は、水魔法の派生である氷魔法を使っているらしい。
エアコンなんかは、この国なら温風を出せればいいのだから、風魔法の応用で出来ないのか聞いてみた。
まず、温風を出すには、火魔法と風魔法が必要で、こレを合わせた魔法陣は、とても高価になるらしい。
あとは、置き型のエアコンにすると、純粋に場所を取るのと、風が邪魔になるのだそうだ。
他にも、装置自体に火魔法と風魔法の魔石が必要になるらしく、この二つに同時に魔力を流すのは、普通の人には無理だから、だそうだ。
家屋は、木材とレンガがこの国では主流。
南の国では竹が主流らしい。
師匠の家は、完全にレンガ造り。
外に出ていないからわからないけど、森の奥にあって、人里からは結構離れているらしい。
この森は、師匠の敷地。
かなり広いので、もし私が一人で外に出たら、間違いなく迷うと言われた。
ただでさえ方向音痴なので、一人では外に出ないようにしようと固く決意した。
雪深い森の中で遭難とか、洒落にならない。
食材や生活必需品は、週に一度、ルージュさんが街まで買い出しに行ってくれているそうだ。
そうそう。
この世界では、一ヶ月は四週間。
一週間は、七日間。
元の世界の土曜日曜のように、週に二日は休息日というのがあるらしい。
一年は変わらず十二ヶ月。
日本の旧暦みたいに、それぞれの月に名前がついているのだけれど、さすがにそこまではまだ覚えていない。
とりあえず今は、終月の第三の週。
終月は、日本で言えば師走、つまりは十二月だ。
一月は予想した通り、始月というらしい。
1年の始まりだからね、うん。
もちろん、この世界に漢字なんてなくて、この世界の言葉が、私にわかりやすいように自動翻訳されているだけなので、本当は違う言葉なんだろう。
文字も見せてもらったけど、見たことのない文字なのに、何故かちゃんと意味はわかったし、読めた。
どういう理屈かわからないけど、書くこともできた。
ただ、魔法陣に書かれた文字は古代語らしくて、これはさっぱりわからなかった。
師匠が発音してくれたけど、完全に知らない外国語を聞いている気分だった。
でも、魔法陣を使うのならば、どうしても古代語は使えるようにならないといけないらしくて、私の勉強には古代語の講義も加えられた。
それぞれの機械の使い方を教えてもらったところで、これからお世話になるのだから、料理と掃除、洗濯くらいはしようと思っていたのだけど、これまでずっとルージュさんが家政婦さん的なことをしていたらしくて、師匠にも何もしなくていいと言われたのだけれど、それは私の性格からして受け入れられなかったので、勉強に支障がない、料理だけさせてもらえることになった。
この世界の食材に慣れるまでは、ルージュさんがつきっきりで教えてくれるという。
神様か。
なんだか逆にルージュさんの仕事を増やしてしまうような気もしないでもないけれど、早く慣れてしまえば、私だって役に立てるはず。
元の世界でも独り暮らしをしていて、毎日自炊していたので料理には自信があるのだ。
なんならちょっと凝った料理だって作れたくらいだ。
「俺はそんなに食にこだわりはないし、食えりゃ何でもいいんだが、まぁ、お前が作ってくれるってんなら楽しみにしてる」
師匠もそう言ってくれた。
俄然やる気が出た。
私(の食事)なしでは生きていけない身体にしてやる。
「それくらいのやる気で、魔法の勉強も頑張ってくれ」
ちょっと気分が下がった。
別に勉強は嫌いな方ではないけど、どうみてもルーン文字の仲間みたいな古代語をちゃんと習得できるのかが、なにより不安だ。
魔法の使い方に関しては、やってみないとわからない。
ファンタジー小説もそれなりに読んできて、魔法にはそこそこ興味がある。
額に傷のある某魔法使いみたいに、呪文を唱えて魔法を発動させるとか、是非やってみたい。
今日はまだ魔法をまったく教えてもらっていないので、お風呂に入るときも、寝るときに電気を消したりするのも、全部師匠がやってくれることになった。
師匠ってば、意外に面倒味がいいみたいだ。
「明日からは魔法の勉強だからな。今夜はゆっくり眠れ」
そう言って、電気を消した師匠が、ほんの僅かに額にキスをしてくれたような気がするけど、かすかな感触だけだったので、自信はない。
私は師匠が部屋を出ていく音を聞きながら、眠りに落ちた。
(ああ、また名前のこと聞くの、忘れ、た……)