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第2話 それなりに饗されています

目が覚めたとき、あたりは真っ暗だった。

これがラノベとかなら、一瞬自分の部屋かと勘違いするんだろうけど、残念ながら、私は全部覚えていた。

何より、目に映った天井が、見たこともないものだった。 

つまり、嫌でも、さっきのアレが夢じゃなかったんだと私は悟るしかなかった。



「あ!目が覚めたですか?」



なんだか、随分アニメちっくな声がした。

肘をついて身体を起こすと、少し頭はクラっとしたけど、頭痛とか倦怠感はなかった。

そして、目の前にはぬいぐるみのウサギがいた。

私が元の世界で大事にしていたぬいぐるみに、ものすごくよく似ている。

目はガラス玉じゃないし、温度もある。

でも、多分、いや絶対あのぬいぐるみだ。

だって、汚れ具合とか、ヘタリ具合が同じだから。



「あるじ様呼んでくるです」



ぬいぐるみは、喋った。

おかしい。

元の世界では、当たり前だけど喋ることなんかなかったのに。

いや、そもそも、もしも喋っていたら、間違いなくお祓いしてる。


ぬいぐるみは、いつの間に生えたのか分からない背中の小さな羽を動かして、部屋の外へと飛んでいった。

私はと言えば、ぬいぐるみか喋って空を飛ぶというシュールな光景に、言葉を失っていた。


ちょっと落ち着いて周りを見回すと、きれいな壁紙が貼られた部屋には、私が寝ているベッドの他に、二人がけのソファと、クローゼットにドレッサー、丸テーブル、それから暖炉と、扉が2つあった。

1つは、ぬいぐるみが出ていった扉なので、たぶん外に繋がっているんだと思う。


窓の外は、雪が降っていて、暖炉には火が入っている。


ここに来る前は、真夏だった。

缶チューハイのおいしい季節だった。

布団を捲ってみると、私は着ていた夏物のパジャマから、フワフワした手触りのネグリジェに着替えさせられていた。


(誰が着替えさせたんだろう)


あの男性じゃないといい。

もしも、男性に着替えさせられていたのだとしたら、いくらなんでも恥ずかしすぎる。

体型は日本人としては少しメリハリのある、海外に行けばごくごく標準的な体型だ。

いや、体型うんぬんより、下着姿を見られた事自体恥ずかしい。


そこまで考えて、私は、ん?とネグリジェの中を見た。

スースーする気がしたのだ。

そして納得した。

私は、下着を着ていなかった。

いや、パンツは履いている。

でも、その上に直接ネグリジェだ。

なるほど。


(いや、なるほどじゃなくて!)


誰だ。

誰が脱がせた。

羞恥で顔が熱くなる。



「よぅ、目が覚めたって?」



そこに入ってきたのは、とんでもない美形の、サラサラ黒髪に金の瞳をした、若い男性。

背は高くて、厚みのある身体は、程よく筋肉がついていることを伺わせる。

そしてその低い声は、あの魔法陣の部屋で、私に話しかけてきた人と同じ。



「あの、これは……?」



色々と聞きたいことが多すぎて、大雑把な質問になってしまった。



「あー、そうだな。何から話すか……」



その人は少し首を傾げた。



「まず、俺はこの世界で大魔法使いと呼ばれている、フォルトゥナ・アウストリアス。このウサギは、俺の使い魔。少しでもお前が寂しくないようにと思って、お前の世界から持ってきたぬいぐるみに定着させた」



ふむふむ、なるほど。

というか、さっきまでは自分のことを「私」と言っていたし、私のことも「あなた」と呼んでいたと思うのですが、随分口調が変わりましたね?

いや、これがあれか。

但しイケメンに限る、というやつか。



「お前は空間転移する時に気を失っていたし、寒そうだったから着替えさせて部屋も暖めた」


「その、着替えさせたのは……」



そこ、重要です。

私の真剣な表情に気圧されたように、フォルトゥナさんは1歩後ろに下がった。



「俺じゃないからな?!俺の使い魔で、女性型の奴に頼んだ!」



フォルトゥナさんが叫ぶと同時に、ピンク髪のほっそりした女性が現れた。

人間じゃない。

だって、足元が少しだけど宙に浮いている。



「コイツが、お前を着替えさせた、使い魔のルージュだ」


「主様のご命令で、私が貴方様のお着替えを致しました」



フォルトゥナさんの顔が赤い。

すごくイケメンだし、モテるだろうし、なんなら女慣れしてそうなのに、意外だ。



「とにかく、腹減ってるだろ?好きな食い物とか分からなかったから、とりあえず果物を用意させた。食え」



見れば、ルージュさんの手には籠盛りの果物。

りんごとかバナナとか、見慣れたものもあるけど、これは何?ってものもある。

フォルトゥナさんの命令口調はともかくとして、私はありがたく果物を貰うことにした。

思いの外(失礼)優しいフォルトゥナさんが、果物の説明をしながら、食べやすいようにナイフで切ってくれる。

切った果物を並べるお皿は、いつの間にかルージュさんが持っていた。


いつのまに。

そしてその皿どこから出てきた。


私がもきゅもきゅと果物を食べ始めると、フォルトゥナさんは安心したように少しだけ笑みを浮かべた。



「どんどん食え。この世界のものを食えば、その分、魂がこちらに定着する」



そういえば、私は存在が不安定なんだったか。

ある意味、ヨモツへグイみたいなものだな。



「お前には悪いが、元の世界には帰れない。だが、このまま不安定な存在でいると、次元の狭間に引っ張られる可能性が高い。だから、できるだけ早くこの世界に魂を定着させた方がいい」



元の世界に帰れない、と聞いても、さすがにもう涙は出なかった。

私は元々、そういう割り切りは早い方だ。

なまじ元の世界に帰れる可能性があれば、諦めなかったかもしれないけれど、可能性がないなら、泣いていたって仕方ない。

もちろん、私を探してくれているであろう、家族や友人、職場の同僚のことを考えると、寂しさはあるけれど。



「お前をこの世界に喚んだ事情については、また明日にでも説明する。今日は疲れただろうから、これ食ったらもう寝ろ」



言い方は優しくないけど、言っていることはすごく優しい。



「お前には、このウサギ……アミュをつけておく。何かあったらすぐにこいつに言え」


「はい」



まだもきゅもきゅ食べている私を見るフォルトゥナさんの表情は優しい。



「お前はこれから、ここで暮らすことになる。必要なものがあれば言ってくれ。何も心配はいらない。不安になるなとは言わないが、俺は何があってもお前を守るし、お前がこの世界で暮らしやすいように整えてやる。だから、とりあえず今は何も考えずに、ゆっくり眠れ」



私の手から空になったお皿を取り上げると、フォルトゥナさんは優しく私の身体を押した。

柔らかいベッドに身体が沈む。



「おやすみ、ルリ」


「おやすみなさい」



ベッドサイドのランプが消えて、暖炉の灯りだけの中、フォルトゥナさんとルージュさんが部屋から出ていく。


布団はホカホカと温かくて柔らかくて、眠気に襲われながら、私はふと疑問に思った。


(あれ、私、名前教えたっけ……)


その答えが出るより先に、私は眠りに落ちた。

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