負け癖令嬢の31敗1勝
「ぐやじい……ぐやじいでずわぁ。どうじて、どうじて、わたぐじは…………」
宮廷で行われた公爵家主催の茶会。
誰もいない裏庭で、私は地面に崩れ落ちた。
頭の中に先ほどまで婚約者であった伯爵の言葉が何度も何度も反芻される。
「マルバーテ嬢。私がもう君を愛することはない。私は真実の愛を見つけたのだ」
私の婚約者だった男はそう言い放ち横にいた男爵令嬢の肩を抱き寄せた。
「お待ちください! わたくしだって」
「自分が私の恩人と偽り続けた君のいうことなど聞く価値はない」
「ご、ごめんなさい。マルバーテ様。わたしはこの気持ちに嘘はつけません。真実の愛をみつけてしまったのです」
彼らは肩を抱き寄せ合うばかりか、元婚約者のいる目の前で二人は熱いキスを交わした。まるで二人きりの世界に入ったように熱く絡み合う彼らを前に、私はいたたまれなくなり、逃げ出したのだった。
「どうじで、ですの? わたぐじ公爵令嬢ですわよ。あんな小娘なんて比較にならないほどわたぐじの方がうつくしいですし、お金だっていっぱいありまずわ。学園の成績だってわだくじのほうがずっとずっとうえでずのにぃ」
まだ茶会は始まったばかりの日も明るい時間帯。太陽は燦々と私を照らしていた。
こちらを嘲笑うように照りつける太陽を睨みつけると、目が焼けるように傷んで涙が出た。
「じんじつの愛ってなんでずのぉ!」
泣き声は裏庭を突き抜け茶会中に響き渡り、私の連敗記録にまた一つ数字が追加されたのだった。
完全に私の筋書き通りに。
公爵令嬢マルバーテは完璧令嬢である。
誰もが振り返る美しい容姿、絹のように滑らかな髪。
王弟の父、隣国の皇女を母に持ち、もちろん実家は大富豪。しかも王国最高の王都学園を最高位で卒業した秀才。まさに欠けるとこ無しの私には、どうしようもない弱点があった。
恋愛で勝てない。
王国の至宝とすらいわれるほどの容姿と、陛下の姪という最高権力を持ってしても覆すことができない洒落にならない負け癖が私にはついていた。
負け癖が始まったのは、十二歳になる頃。当時の私は目立つことが好きなだけの普通の令嬢だった。
1敗目の相手は、私の美術の家庭教師につけられた十歳も年上の殿方だった。油絵が得意であった彼の描く私の似顔絵はあまりに完璧に美化されていて、彼なら私のことを全て分かってもらえると思いこんだ。
「あなた、わたくしの婚約者になりなさい!」
「マルバーテ様、すみません。もう結婚しております」
公爵の権力を使って無理やり婚約を迫ろうとして、そうすげなく断られたのが、半年後のことだった。
失恋というにはあまりにしょうもない横恋慕。これが1敗目。
2敗目は年相応な恋であった。
王国最高といわれる貴族学園に入学したばかりの私は7つも年上の生徒会長に恋をした。隣国の小国出身の褐色肌の第三王子。
「私が婚約者になってあげますわ! そうすれば貴方も王になれますの!」
そうして婚約者になった彼は、学園卒業と同時に同級生の伯爵令嬢と駆け落ちして消えた。どうにも彼は王位にはこだわりは無かったらしく、今は市井で彼女と二人仲睦まじくパン屋をやっている。
3度目の相手は父上が連れてきた将軍だった。20も年上の彼は1ヶ月も経たないうちに、彼を慕うメイドのハニートラップに引っかかって子供ができ、婚約はなしになった。
こうも立て続けに婚約解消が続くと、普通は私に令嬢として問題があるのではとなるものだが、幸運にも私は王弟の娘で陛下の姪。大概の不利益な噂は権力と金でねじ伏せることができた。
4度目は借金を抱えた伯爵家の長男。公爵家からの融資の交換条件として彼は私の婚約者になることになった。
だが、貸した金により奇跡的に事業がうまく回り、結果として、借金はすぐさま返されることとなった。さらには彼は、新薬を発見し借金返済の立役者となった平民の娘と愛し合ってしまっていた。
お忍びで覗きに行った彼の領地で、二人の睦まじい様子を見せつけられて、私はその時はじめて自分の負け癖令嬢としての運命と与えられた使命を実感した。
「この私が二人をちゃんと結ばせてあげますわ」
平民と伯爵家、いくら功労があろうと普通なら結ばれることはない二人。本人達がいくら愛し合っていても周りがそれを許してはくれはしない。彼が貴族である以上、社交界がそれを認めることはないというのが王国の現実だった。
だがそれは裏を返せば社交界が問題なら無理やりにでも認めさせてしまえばいいということでもあった。
社交界というのは見栄とコネと噂の塊。美談は音のように社交界を巡り、醜聞は光のように広がる。
「美談にしてしまいましょう。私の醜聞が広まれば完璧ですわね」
私はその後、その平民の娘に立ち直れる程度のありとあらゆる嫌がらせをして、無事に悪女として婚約破棄された。
伯爵は、意地が悪く苛烈な公爵令嬢を捨て、被害者であった女性を全てをかけて幸せにして償う、という最高の言い訳を手に入れたのだった。
そして案の定、彼の償いは社交界で受け入れられた。平民の娘はその後、彼の領地で愛妻として若干ヤンデレ気味に溺愛されることとなり、彼らは今も幸せに過ごしている。
逆に私はとんでもない悪女として社交界中から白い目で見られることとなったが、私自身、どういう形でも目立つのは好きだったし、しかもそれが他の人の幸せに繋がるのならこれ以上嬉しいことはなかった。
「わたくし、公爵令嬢ですのよ? 歯向かう方が悪いですの」
そう高笑いしてから、十年。
その後も、私は上手くいかなさそうな恋を見つける度に何度も何度も婚約者をつくり、同じ数の令嬢達にその座を追われていった。
大概の婚約破棄を経験したと思う。
結婚式の教会で待ちぼうけを食らった数は片手で収まらない。すごい時は式の途中で乱入してきた女性に新郎を奪われたこともある。私の負け癖は女性だけでは飽き足らず呪いで美少女になった元男性だったり、屈強すぎるガチムチ武闘家に美少年の婚約者を奪われたことすらあった。
お家の事情、真実の愛、子供がいる、実は人間じゃなかったなどなど。自分からそう仕向けた部分はあれど、私の婚約はことごとくご破産になった。
平均数日、もって半年。酷い時など婚約して6.0秒で婚約破棄。
「つけられたあだ名は婚約破棄RTA負け癖令嬢マルバーテ。昨日までで通算29戦29敗。お父様やお母様もそろそろ呆れていらっしゃって、もう大人しく結婚してとの圧も強くなってまいりましたわ」
嘘の涙を拭い、見上げると目の前に金髪青眼の青年が立っていた。要人警護用の衛兵装を着て、目元に乾いた血液のような特徴的なメイクを入れた長身の青年。
彼は私を見て愉快そうに微笑む。
「流石のわたぐじも引退を考え始めておりますの」
「やめませんわ!? 勝手にアテレコしないでくださいませ!」
声だけ聞いたら女性だと勘違いしてしまいそうなほど見事な裏声で、私の真似をする彼の名は王太子側近近衛隊のサドベリー。彼は爵位を持たない平民ではあるが、幼い頃から宮廷道化師として社交界に出入りしていて、私の真意を知る数少ない存在の一人だった。
衛兵装の裏からピラリとカードを取り出し私に見せつける。デカデカと『29敗-0勝』と書かれたそのカード。それを捲れと言わんばかりに差し出してくた。
彼のいう通りを敗北の方をめくると何のひねりもなく『30敗-0勝』となった。
「ここでタイマーストップですわ!! タイムは42.6日、歴代3番目に長い記録ですの。今回タイムが伸び悩んだ原因はウッドリー伯爵が、わたくしが彼を救った女性だと勘違いし続けたことでしたわね。うっかり口を滑ったふりをしませんでしたら婚約破棄RTA失敗の可能性すらありましたわよ」
「あの……いつまで続けるんですの?!」
「いつまで? 当然勝つまでですわ?!」
「アテレコの話ですの!」
思わずツッコムと、彼は楽しそうに声を上げて笑い出した。
「せっかくマルバーテのカナリアのような声を頑張って再現したのに」
異様なほど響く声が裏庭にこだまする。高いわけでも低いわけでもないが彼の声は無性に心に残った。声だけでなく衛兵の鎧を着ながら、顔面には道化師のメイクをほどこした彼はどこをどう見ても異質で、そこにいるだけで酷く目立っていた。
「全然似てませんでしたわよ!」
「いえ、結構似てますよ」
「似てると思います」
「似てます!」
口々にそういいながらぞろぞろと裏庭に入ってくるのはわたくしの取り巻き達だった。
今日のお茶会に私の婚約者が来ているということで、私と仲良くしているご令嬢が何人かお祝いに集まっていた。数にして十余人。今日来れない人や、そもそも貴族でない方も合わせるとこの倍以上の取り巻きたちが私にはいる。
ご友人に取り巻きという言葉を使うのもなんとも変な話だが、彼女達は、何故か自分達から進んで私の取り巻きを名乗っているので、私もそう呼ぶことにしていた。
きっと私の身から滲み出るあまりのカリスマにへりくだらずにはいられないのでしょう。
「あたし! サドベリーのマルバーテエミュ好きです」
ぴょんと飛び跳ね朗らかに笑うのはルート=ロードラント侯爵夫人。彼女は私のかつての敗北相手、第12敗目の相手だった女性だ。当時私の婚約者だったロードラント侯爵令息は戦場で出会った戦場衛生士の彼女に恋をしてしまい、なんやかんやあって私は婚約破棄されたのだった。
「ルート様。また敬称を忘れておりますわよ」
「えーと……あたし!サドベリー様のバーテエミュ大好きです!」
言い直して、照れたように笑う彼女は、私ほどではないが、確かに可愛らしい。あの時はロードラント侯爵令息に「ルートは俺の太陽なんだ」と言われて婚約破棄されたが、彼の気持ちも少しはわからないでもなかった。
「逆ですわよ。サドベリーのマルバーテ様エミュですわよ。私は公爵家の娘。侯爵夫人の貴女との上下関係の判断は難しいですが、困ったら敬称お付けなさい。そして平民のサドに侯爵夫人のあなたが敬称をつけるのは禁止です。二度とやってはいけませんわよ」
「はい! マルバーテ様!」
「ついでに教えておきますけど、例えば私が誰かと結婚した場合は、敬称問題はさらに難しくなりますわよ。旦那様が侯爵以下の相手だとしても私の両親はあくまで公爵、私を軽んじてはいけません。ただし、貴女の旦那様の直属の配下に私が嫁いだ場合のみ敬称をつけることは禁忌となります。私の旦那が反逆していることになるからです」
「マ、マルバーテの旦那様?!」
「お黙り! サドベリー! これは例えですわ! ルート様わかりましたか?」
「はい! ありがとうございます!」
ルート様はぴょんっと飛び跳ねて、燦々と輝く笑顔で素直に礼を言った。
平民上がりの彼女は私に勝利した後、社交界に入って、ずいぶん苦労していた。パーティの度に、誰とも挨拶をせず、会場の端でどうしていいか分からずオロオロ、オロオロ。
あまりにも残念な振る舞いだったのを見かねて注意した結果、なぜか、本当になぜか、彼女に婚約者をとられた立場の私が彼女にマナーを教えることになってしまった。
どうして男というのものはなんのフォローも無しに自分の愛する妻を放って置けるのでしょうか。
どんな太陽だって雲で翳るというのに。身勝手なものです。
「では、ルート様。もしもマルバーテ様が平民の殿方と結ばれたらどうなるでしょうか」
私の取り巻きの一人、長身の大人びた女性が優しくルート様にそう尋ねた。彼女はレビアン=アストロブレム様。王太子側近近衛兵隊の隊長の奥方で、その隊長と合わせて私の25敗目の相手だった女性だ。
優しい笑顔だがなかなか意地の悪い問題である。
「えーと。平民には敬称をつけてはいけない。それは奥様も同じ。でもマルバーテ様は公爵令嬢だから軽んじてはいけない…………?」
しばらく、うーんうーんと考え、困りきったルート様は助けを求めるようにこちらをみた。
「簡単ですわ。その場合、わたくしは両親から勘当されますので平民扱いです」
「あわわ、そうなるんですね」
ルート様どころか他のご令嬢たちも初めて知ったかのように納得して頷いている。「あなたたち、しっかり勉強なさい」と小言を言いそうになるのをこらえて、私はため息をついた。
あたりを見ると、裏庭の外からこちらを眺めるいくつもの視線を感じた。私の取り巻き令嬢達だけでなく騒ぎを聞きつけた野次馬貴族達が私の痴態を見ようと寄ってきたようだ。
「さぁ、レビアン嬢の素晴らしい着眼点に感服したところでそろそろお開きにしたらどうだ? 他の人も集まってきたぜ」
サドベリーが散った散ったと鋼鉄入りの手甲をブンブンと振って、取り巻き達を一人ずつ裏庭から追い出していく。
せっかく見に来てくださった人がいるのに何もせずに終わりなのは、派手好きのわたしとしては目立つチャンスを潰されたようで少し癪だ。
「わたくし、どきませんことよ」
「何でだよ」
立ち退き拒否する私を、サドベリーはあやすように裏庭から追い出そうとする。せめてもの力で抵抗しようとした私をレビアン様が引き留めた。
「バーテ様、目立ちたいのはごもっともですが、サドベリーのいう通り離れましょう。涙でお化粧が崩れております。このままではせっかくのおうつくしい顔がまるで道化師のようです」
レビアン様から漏れた道化師という言葉に反応して、全員の目がサドベリーに向いた。彼の整った顔をめちゃくちゃにぶち壊している目元のメイクは、確かに涙で滲んだ厚化粧のようにも見えないでもなかった。
彼は目元を見られているのに気がついてか苦々しく笑った。
「皆さんいけませんよぉ! そんなに見つめると旦那様が嫉妬します。いくらオラが魅力的でも舞台からは適切に距離をとらないとね」
道化師のようにおどけながら私達を裏庭から追い払おうとするサドベリーの前に、私は抗議の仁王立ちした。
「つまりわたくしはいくらでも見てもいいのですわね? 嫉妬してくださる相手がおりませんので」
じっくりと彼を睨みつけると、澄んだ水辺のような青の瞳は呆れたように、私の前で止まった。
道化師のメイクの奥の異様なほど端正な顔立ち。近衛兵として鍛えた肉体を合わせて、普通にしていれば世の女性を虜にできるであろうにも関わらず、彼は誰に対しても道化師としてのふざけた態度を崩すことはなかった。それは幼馴染である私でも例外ではなく、私の敗北の度に彼は楽しそうに煽り散らかしてきた。
「お二人が並ぶと本当にサーカスみたいですわ」
取り巻き達の感想に、彼は心外だと答えるようにため息をついた。
そのまま彼は誰もいなくなった裏庭で一人。
くるりと後ろに飛んだ。
取り巻きたち、そして覗きにきた野次馬貴族達に見せつけるように、空中を一回転、バク転する。
衛兵装の道化師の突然のパフォーマンスに野次馬達はそういう催し物だと思ったのだろう。裏庭に向けて、拍手が鳴り響いた。
「ようこそ、公爵家主催のお茶会へ。今宵、皆様にはショーをお見せいたします」
裏庭の真ん中で燦々と輝る太陽に向かって深々と礼をする。
「まだ夜じゃないぞ!」
「全然昼間だぞ!」
野次馬貴族達からそんなツッコミを浴びながら、私達にさっさと行けと手を払う。どこから取り出したか隠し持ったナイフでジャクリングをはじめた彼を見て、私は目立つチャンスを完全に奪われて悔しくなった。
だが盛り上がっている曲芸の中に割り込む芸は私にはなく、ただ指をくわえて見ていることしかできなかった。
裏庭にサドベリーを残して、私達は化粧室へ。何かと世話を焼いてくれる取り巻き達に身を委ねつつ私は鏡の前に座った。
鏡に写った私はもはや道化師というより、もはや子供の落書きのようであった。地面に突っ伏して泣いたせいで砂でドロドロである。
今朝1時間以上かけて仕上げた化粧は完全に崩れ去っている。純白のファンデーションはプライマーごと流れ落ちて、私の生温い肌がまだらに露わになっていた。アイラインも涙で引きずられて見事に頬まで流れて、まるで雨だれのようだ。
「今日は私にやらせてください!」
メイクアップアーティストをしているご夫人が私の横に座った。彼女は私の8番目の敗北相手。座るや否やテキパキと崩れたメイクを落として、私の顔を作り直していく。
「自分でできますのに」
「ダメです。マルバーテ様のメイクは癖が強すぎます」
勝手に眉を引こうとした腕を叩かれ、しょげていると鏡の後ろからひょこりとルート様が顔を出した。
「バーテ様! 本人がいる前で聞けなかったのですが、サドベリー様……あー、サドベリーはどうしてマルバーテ様に敬称を使わないのですか? バーテ様とはもしかして…………いい関係なのですか?!」
「じょ、冗談じゃないですわ! わたくしが平民を好きになるわけないでしょう?」
予想外の質問に思わず大声で否定すると、元平民のルート様は不満そうに口を尖らせた。
「バーテ様、ホントは平民とか気にしないくせに」
「仮にそうだとしても、わたくしは先ほどまで婚約者がいた身ですわよ。不貞など致しません」
「だってすごい仲良さそうだもん。さっきだってバーテ様が笑われるの防いでくれたし」
ルート様の言葉に私は頭を悩ました。
サドベリーはルート様の言う通り、私が笑われるのを防ぐために芸をはじめたのだろうか。そうだとしたらありがた迷惑である。彼は目立ちたがりというわたくしの真意を知らないわけではないし、おそらくわざとだろう。
「彼は道化師ですの。私だけでなく誰にも敬称使っておりませんわ。それこそ陛下相手でもあの調子ですわ。誰も敬わず、誰からも敬われない。それが宮廷道化師ですの」
「宮廷道化師? そんなのサーカスにいたっけ?」
平民出身のルート様には宮廷道化師は馴染みが薄いらしく意味がわからないとうように首を傾けていた。
「そんなことより! バーテ様を婚約破棄した先ほどのお二人は実は幼い頃からの思いびと同士だったそうですよ」
取り巻きの一人の言葉に、化粧室が雑然と騒がしくなる。
彼女が仕入れた話によると私の元婚約者様とその今の婚約者様は数年前から結婚の約束をした仲だったとのことだった。
ウッドリー伯爵は数年前頃、旅先で崖から落ちた際に近くの村に住んでいた女性に助けられた。彼女の献身的な介護のおかげで動けるようになった彼は領地に帰り、完全に回復した後でその人を迎えに行ったらそこはもぬけの空だった。
伯爵はその女性を見つけることはできず、今なおずっと彼女のことを探し続けていた。という話である。
「マルバーテ様はご存じで?」
「ええ、聞いておりましたわ。昔、助けてくれた女性がいると」
そう、知っていたから婚約したのだ。
叶わぬ恋の側に負け癖令嬢あり。そして私が婚約したとなった途端に、自分こそが本物だという令嬢が出てきた。
「知ってて婚約したのですか?」
「ええ。もしかしたらわたくしだったかもしれないなって。記憶にありませんでしたけど」
お陰で嘘つき呼ばわりである。
いや、まぁ嘘ですが。
「…………サスバーテ」
「なんておっしゃいました?」
「……流石マルバーテ様です。他のものにはできないことをやってくださる」
「でもあの二人はマルバーテ様のおかげで本当の恩人に出会えたと言っておられましたわ」
話を聞いてきたという取り巻きの令嬢はそういってどこか誇らしそうに胸を張った。
「それはよかったですわね……いえ、よくないですわ。ともかく悔しいですわ」
負け癖令嬢といえど悔しくないわけではない。少なくとも伯爵にとってはあの娘の方が私より目立っていたのだ。いくら半分は自分から仕掛けたこととはいえ負けは負けなのだ。
私は奥歯を噛み、歯軋りした。
「ほら、できました。マルバーテ様はやっぱり薄化粧の方が似合いますよ!いつもみたいに真っ白にするよりこっちの方がいいと思います!」
お話ししているうちに私のメイクが終わったようだった。
メイクアップアーティストをしているだけあって腕は確かだ。派手なだけの私のメイクと違って、私の良さを際立たせて、派手な服装とうまく調和させている。純金の髪はともかく体つきの方は間違いなく地味な私にはこちらの方が遥かに似合っていた。
「悪くはないですわ。狙いの殿方を落とすならこれが最適でしょう」
ただこれでは目の前の相手を振り向かせることはできても会場中の注目を集めるには地味すぎる。
私は少し勿体なく思いながらも、白粉に顔を突っ込んだ。
「でも、やっぱり女は白ですわよ。さぁ行きますわよ」
真っ白になった顔で立ち上がると取り巻き達は引き止めるように私のドレスの袖を引いた。
「バーテ様。今行ったら絶対に笑われてしまいます。負け癖令嬢ホームで更なる負けを喫すと」
「いいのですよ。私が終わったことにクヨクヨするような軟弱に見えまして? それに今日は公爵家主催のお茶会。わたくしがいないと話になりませんわ。お母さま一人で海千山千のご婦人たちを相手できるわけございませんでしょう」
取り巻き達を振り払い、お茶会に顔を出すと、今度こそ私は全員からの注目の的だった。
その夜、久しぶりに夢を見た。
私の0敗目の記憶。
まだ恋という言葉の意味すら知らない11歳の頃の思い出。
私が目立つのが好きになり、負け癖令嬢としての道に染まる原因となった事件の記憶だった。
その頃、私たちの国は大きな戦をしていた。南方の蛮族と諍いなど比較にならないほど大きな戦争。その末期だった。
かつて栄華を誇り何十もの国を飲み込んだ帝国との血を血で洗う百年戦争。帝国の最期は、その配下諸国による裏切りにおわった。
百年間の夥しい数の死者達、そして生き残った人々の何万、何百万もの憎しみを受けながら戦犯会議に立ったのは僅か12歳の皇帝だった。帝国最期の皇帝サドバドル。彼はまるで天使のように美しい金髪青眼の少年だった。
「よくもまぁ、恥も知らずに私の前に立てたものだ」
誰一人として味方のいない彼は証言台に立つとと開口一番、彼は裏切った諸王達を嘲笑うように責めた。
「勝利というのは甘美なもののようだな、恥も怒りも汚い過去も全て敗者のせいになすりつけて逃げられる。戦のためと偽り、浪費した贅でぶくぶく太った君たちは、人としての誇りすら食い散らかしてしまったようだな」
彼は太るどころか、痩せ果ててボロボロになっているかつての配下達を指差して大笑いした。
法廷には彼の味方はいない。
弁護士すら用意されてはいなかった。
目に見える全ての相手が敵。
それでも彼は楽しそうに煽った。
怒りと憎しみと、ありえないほどの剥き出しの殺意が一人の少年に降り注いでいた。
尋問の中で、彼は全ての責を責められ、
そしてその全てついて見苦しく言い訳をした。
本来なら帝国が勝つはずであった。いかに自分たちが正しくて敵である私たちの王国が間違っているのかと裁判長の止める声すらかき消して熱弁した。
彼は裏切り者を責め、
自国の無能な貴族を責め、
弱い軍を責めた。
そして自らの脆弱な国土を、馬鹿な帝国民達を嘲笑った。
「真の敵は無能な味方とはよく言ったものだよ。うるさいだけの猿どもめ。やれ停戦だの、やれ降伏だのキーキーキーキー喚くだけでなんの役にも立ちはしない。私がもう少し早く皇帝になれていればさっさと去勢して処分していたんだけどな」
そう言って、かつての忠臣達のことをうるさい猿と罵る彼の方こそ、本物の猿のように見えた。
愚かだ。
彼は何故こんなに愚かなのだろう。
幼い私は彼に見惚れて目が離せなかった。
私だけじゃない。
周りにいた大人たちも皆彼に釘付けになりながら、まだ若い皇帝を嘲笑い、そして憎んだ。
全てを敵にまわして、それでも優雅に愚者として踊り続けた彼の姿は未だに私の目に焼き付いている。
その時の私にはわからなかったことだったが、あの裁判で皇帝は捕えられた兵や帝国民達を守るためにわざと愚者を演じたようだ。自ら悪になり、自国民の敵にすることで、王国と帝国民を敵の敵同士にしたのだ。
愚かな演説のおかげか、帝国の皇族はたった一人を除き全て処刑され、逆に貴族以下の帝国民にはなんの責もなかった。残ったただ一人、あえて残された皇帝その人は帝国の敗北の象徴として、王国の宮廷の隅で、愚者して、宮廷道化師として虐げられ続けた。
それが私の0敗目。
どれだけ憧れ、恋しても決して手を出してはいけない相手。
思いを告げることもできず、勝つことも負けることもなかった存在。もはやこの感情が恋といえるのかすらわからないが、強烈な憧れだけはまだ私の中にくすぶいている。
彼のように万人から注目される存在になりたい。
私は誰かに愛されることより注目されたいのだ。馬鹿にされてもいい、憎悪を向けられてもいいから私を見てほしい。
そして彼の横でまた踊りたい。
そう考えた瞬間、
流れるようにフラッシュバックした過去の悪夢に、
息切れしながら、飛び起きた。
勢いよく飛び跳ねすぎて天蓋のリースに頭を引っ掛けてベット中で転がる。そのままずり落ちて膝を強打した。
「痛いですわ」
頭の中に浮かんだ悪夢を振り払うように立ち上がる。
昨日、ルート様が変なことを言うものだから思い出してしまったようだ。心の底に仕舞い込んでいた恋心が締め付けるように胸を痛めていた。
負け癖令嬢としての30連敗は、どれももはやいい思い出で、痛みなどないのに、負けてすらいない0敗目だけは今でも思い出すだけで辛かった。
「それはそれ。これはこれ! うだうだ考えるのは性に合わないですわ! さぁ日課の朝飯前ランニングですわよ」
まだ日が顔を覗かせたばかり朝方。公爵家の屋敷の庭を走っていると見覚えのある令嬢が門の前にいた。
昨日私から見事婚約者を奪い取った男爵令嬢。確か名前はセンリメ嬢。
「あら、こんな時間にわたくしに何の用ですの?」
「あ、あやまりたくて」
センリメ嬢は門の外で少し驚いたように私の方を見た。
「ご、ごめんなさい!マルバーテ様の婚約者を奪ってしまって」
ブンと音がするほど頭を下に振る彼女は本当に謝りにきただけのように見える。だがそう考えるには頭のおかしい時間だった。こんな時間に出歩くのは人見られてはいけない秘密を抱えた者だけだ。
「…………知ってますの? 王都で人通りが一番少ないのは早朝、日の明ける直前のこの時間は猫一匹おりませんのよ。その証拠に貴女は誰にも見られることなくここまでいらっしゃたでしょう?」
「はい。誰にも見られておりません」
「よろしい。ではもう一度聞きますわ。こんな時間にわたくしを訪ねるとは何用ですの?」
センリメ嬢は私の問いに嬉しそうに顔を綻ばせた。
「聞いていただきたい話があるのです。他の誰にも相談できなくて。負け癖令嬢、社交界の回し役のあなたなら聞いてくださると」
「はぁ。どこで何を聞いたかは知りませんが私はしがないいち公爵令嬢。貴女の悩みを解決できるわけではありませんわ。でも、そのあだ名嫌いじゃありませんことよ」
「えへへ、り、リサーチ済みです」
「わかりましたわ。元婚約者と婚約者の仲ですから。招待いたしますわ。お入りなさい」
センリメ嬢を客間に通し、急いで着替えてそちらへ向かう。
開口一番、彼女から聞かされた話はなかなか衝撃的なものであった。
「じ、実は私も彼を救った女性ではないのです!」
「そうなんですの?!」
「はい。嘘、つきました」
「あなた、うまくやりましたわね。みんな完全に騙されておりますわよ!」
「バレないように本人にも手回してます」
にへらと笑う彼女は何というかなかなかに食わせ物のような気がした。
「でも本人じゃないなら貴方はどうしてわたくしから婚約者を奪いましたの? そこそこですが嫌がらせもしましたのに」
「……マルバーテ様、カバンの中に縫い針が仕込まれてるのはそこそこなのですか?」
「ええ。そのくらいが一番いいですわ。怒りは行動の起爆剤、庇護欲は恋の始まりですの。もう少し強くやると本当にトラウマになってしまう方もおりますので、塩梅が難しいのですが。それにあの針は薄くて、傷が残りませんのよ」
センリメ嬢は自分の指先を見つめてポカンとした後、首を横に振った。
「マ、マルバーテ様に幼馴染はおりますの?」
頭の中に幼い頃のサドベリーが浮かぶ。が、昔の私たちは今と違い、会話することはほとんどなかった。幼馴染と思っているのも私からの一方的な思いかもしれない。
「いないですわ。わたくし公爵令嬢ですの。幼馴染として釣り合う相手がおりませんもの」
「伯爵様は私の幼馴染なのです。といっても私が一方的にお慕いしていただけですけど。
で、でも。こんな変な私に分け隔てなく接してくれて、気にしてくれていたのです。しかも私のことすごいって。色々よく見えていてすごいって褒めてくれたのです。そ、そんなの好きになってしまわない方おかしい。しかも彼、昔だけじゃなくて今でも私のこと覚えてた」
センリメ嬢は恍惚とした表情でブルリと震えた。
「それでわたくしから婚約者を奪ったと」
「はい、頑張りました」
「へぇ…………ってそんな自慢しにいらしたの?!」
「ち、違います!本題はそこじゃありません。私は整合が取れるように本物を探したのです。そして本物は帝国復興主義者の過激派の一派でした」
帝国復興主義者!
十余年前滅びた帝国。
各国に散らばった元帝国民の中には、帝国を復活させようとするものがおり、この王国でも彼らの犯罪行為が問題視されていた。
「彼が怪我して匿われた場所は彼らの隠れ家でした。私は仲間を装って聞きましたの。彼らは明日の仮面舞踏会の夜に事を起こすと」
「明日、そう。相当危ない綱を渡ったのね。それは他の誰かに?」
「いえ、言ったら彼は捕まり、私の婚約も解消されてしまいます。言いましたよね本物に話をつけたと。元々本物は彼をうまく利用しようと近づいたのです。私は今、本物の代わりに彼とのパイプ役を強要されております。そして彼は今、何も知らずに帝国復興派に力を貸しているのです。」
「あなた、わかっているかしら、それは反逆罪よ」
「わかってます! でも私は本当に愛しているのです。だから、どうしても彼が欲しかった。」
「まるでわたくしが本気じゃなかったかのような言い方ですわね」
「はい。違いますよね。本気の貴女にはどんな相手も排除できるほどの権力も人望も美貌もある。貴女が本気なら私なんかが奪えるわけありません。マルバーテ様、私はあなたのことも調べました。あなたが愛しているのはただ一人。元帝国皇帝サドバドル、今は」
「お黙り、生意気ですわよ。その調査力は買いますが余計な言葉は自分の首を絞めますわよ」
「申し訳ございません。お願いします。マルバーテ様、このままでは私達が反逆者になってしまいます。貴女だってこれ以上彼が過去に囚われるのは望みじゃないでしょう?」
「仮面舞踏会ね。それで? 奴らは何をしようしているの?」
「暗殺。陛下の暗殺です」
センリメ嬢が聞いたところによると、帝国復興派は仮面舞踏会にお忍びでいらっしゃる陛下と第二王子を暗殺しようとしているらしい。元帝国民に重税を敷く陛下を殺し、親帝国派の王太子を即位させる。それが彼らの目的のようだった。
センリメ嬢の密告がバレないよう、彼女をすぐに帰し、私は明日に向けての準備に取り掛かった。
「とりあえず、明日は急遽私の残念会を開きましょうか。少なくともお友達はこれで巻き込まれることは無くなったわね。お手紙、お手紙ですわよ」
仮面舞踏会の前の晩
また夢を見た。0敗目の夢の続き。悪夢を。
「殴るなんて大丈夫? そんなに高らかに図星と宣言してしまって良かったの?」
脱税を見抜かれて反乱狂になった貴族から殴られる道化師の少年。私とも大差ない年齢の彼が馬乗りで殴られるのを、誰も止めようとはしなかった。その貴族が怒りのあまり剣を抜いたところで初めて衛兵達は動き、その貴族は捕えられた。
脱税事件にざわつく宮廷の喧騒の隙をついて、私は少年の後ろを追った。
「大丈夫ですの?」
私は手洗い場で顔を洗う少年の後ろから声をかけた。
だが少年は私に気がつきもせず、ひたすら顔を洗っている。彼に近づくと流れる水は血で真っ赤に染まっていた。
「だ、大丈夫ですの?! 医者! お医者様を呼ばなきゃ!」
「うるさいな。大丈夫だよ。顔面は他のとこより余計に血が出やすいんだよ。受け流しにくいとこ殴りやがって」
少年は私をチラリと見て、そして面倒くさそうにまた顔を洗いだした。
「あの……わたくし、公爵令嬢マルバーテですわ!」
「知ってる。前会ったろ」
「どこでですの? 初対面だと思いますわ」
「戦犯裁判。確か6列目の左翼のあたりにいただろ」
「そ、そんなの覚えているのですの?」
「何言ってんだ。あんな重要な日忘れるのは阿呆だろ。でもマルバーテは忘れちゃったかぁ。子供だからしょうがないよな」
「と、当然! わたくしも覚えておりますわ!」
1歳も離れていないのに子ども扱いされるのは我慢ならなかった。
くるりと回って少年を指差す。
「よくもまぁ、恥も知らずに私の前に立てたものだ。さ、猿どもめ!」
戦犯裁判での彼の言葉をまねると、少年は顔を洗うのをやめ、少し驚いたように目を丸くしていた。
「うるさいだけの猿どもめ」
「そう! それですわ! 覚えてるでしょ。わたくし全部言えますのよ。浪費した贅でぶくぶく太ったあなた達は、人としての誇りすら食い散らかしてしまったようですわね。よほどおいしかったとみえますわね」
「まぁ大体合ってる」
「さっきもそう言えばよかったですのに。あの貴族に。あれは貴方のお手柄ですのよ」
脱税を見抜いたことを褒めると、少年、サドベリーは少しだけ困った顔をして首を横に振った。
「あんまりオラに関わらない方がいいぞ」
おどける彼を前に私は大きく首を横にふった。
「嫌ですわ! だって、あなたすっごい、すっごい愚かですもの!」
「……愚か?」
「ええ。あの日、あなたは誰よりも目立っていましたの。全員見てましたわよ! お父様も伯父様もお母様も、将軍様もみんな全員。貴方だけを見てましたわ!」
「そりぁ、裁判だから」
「そう貴方が主役でしたわ。羨ましいですの! わたくしもあんな感じで皆様の注目を集めるようになりたいですわ」
「あれが羨ましいって……羨ましがることじゃないぞ」
「いいえ。わたくしはおかしくないですわ。わたくしの意見はあなたがキーキーキーキー喚いても変わりませんことよ」
彼の手を握ってまっすぐに見つめる。道化師のメイクが流れ落ちた彼は年相応に若く見えた。澄んだ水辺のような青の瞳が呆れたように、私の前で止まり、彼は少しだけおかしそうに笑った。
いつもの道化師としての戯けた表情ではなく、悪戯っぽい自然な笑みだった。
「マルバーテ。そんなに目立ちたいなら今晩私と一緒に踊ろうぜ。きっと全員の視線を集められる」
その晩、私達は舞踏会に忍び込み大人達の前で踊った。
それはもう最高の気分だった。
絶句したように悲鳴を上げるお母様も、泡吹いて倒れるお父様も、怒りのあまり思わず剣を抜きそうになる伯父様もみんなみんな私達だけを見つめていた。
帝国礼装を着たサドベリーにエスコートされるまま思いっきり踊る。帝国風のドレスはとても踊りやすく、私は飛び跳ねるように舞踏会中を踊りまわった。
怒ったお父様によって、その後しばらく家に閉じ込められたが、どれだけ怒られてもあの快感に勝てるものはなかった。
思い出すだけで寒気がするほど恍惚感が身を襲う。
また彼にお願いしよう。何度も何度もそう決意して叱り続けるお父様を前に反省したふりをした。
だが謹慎が解けて、久しぶり宮廷に赴いて、私は言葉を言葉を失った。
トコトコと膝で歩く道化師の少年。両足の骨を折られ、まともに立つことのできないサドベリーは私を見るなり折れた足で無理やり立ち上がりコクリと礼をした。
そのままべちゃりと地面に崩れる。そして芋虫のように足を引きずって私の前までやってきた。
「いやぁ、久しぶりマルバーテ。悪いけどもう踊ってあげられないよ。それとも次は一緒に床に寝転がるかい?」
道化師のように笑う彼の表情は、あまりにも穏やかで、何の痛みも感じていないように見える。それは同時に、足が折れている痛みなど比較にならないほどの拷問を受けたということを物語っていた。
またお願いしようという私の決意は、大人達の濃密な悪意の前に小虫のように捻り潰された。自分の我儘のせいでボロボロになった少年を前に、私はただただ何も喋ることができず、その場で泣きながら崩れ落ちた。
それが私の0敗目の終わり。
それ以降、サドベリーと踊ったことはない。
宮廷で会えば時折言葉を交わす程度の関係。
お互いに手握ることすら二度となかった。
その後も悪意に晒されながらも自らの正義を貫き続ける彼を心の中で応援こそすれど、迷惑をかけてまで付き纏う勇気は私にはなかった。
それでも、心の奥底に仕舞い込んだ思いは隠し切れず、それ以降どれだけ敗北を重ねても、わたくしは彼に憧れた頃のまま、目立つのが好きな、口の悪い令嬢マルバーテでありつづけた。
今でもたまに妄想することがある。
彼は少しでも歴史が違えば今も皇帝だった。隣国の王弟の娘である私が彼に嫁ぎ、帝国中の祝賀を浴びながら二人で踊る未来だってあったかもしれない。
でも帝国が滅び、王国の一部となった今、それはあり得ない。彼が子をなすなど決して許されないことだ。生きているだけで反逆者達の神輿になるというのに、子孫など残せば王国の中の百年のしこりになるだろう。ましてや王国の王位継承権のある私との間の子など絶対にあってはならない。
「わかっている。わかってしまっているから私は負け癖令嬢なのです」
後先考えず恋に一直線に走ることは私にはもうできない。
でも戦うことすらできずに敗れた私だからこそ。
権力やしがらみに囚われた令嬢たちに発破をかけられるのだ。たとえ押し付けがましい幸せの押し売りだとしても、わたくしのように進むことも戻ることも出来ずにその場でうずくまってしまうよりずっといい。
「負け癖令嬢の矜持にかけて、30敗目も無事ハッピーエンドで終わらせますわよ」
仮面舞踏会へ向かう馬車の中で私は意気込んだ。
とある侯爵家の持つ広大な公園。
目に入る全ての人が普段とは全く違う装い。
村娘に扮した物、鉱夫のような装いのもの、全身甲冑の小男に、陛下のような豪華絢爛な服装のものまで。
仮面舞踏会。身分を隠し、己を隠して乱痴気爛々。
平然と顔を出しているものもいるが、いつも服装で人を判断する貴族達には目の前の相手が誰かなどわかるはずもない。
私とサドベリーは二人、滅びた帝国の礼服を身にまとい、あきらかに周囲からの視線を浴びながら、会場を進んだ。
これは一種の囮捜査だった。
私は暗殺について陛下や第二王子には秘密のまま、王太子にのみ連絡を取り、秘密裏に彼と彼の側近の近衛隊を動かすことにした。
大々的に動けば密告者が危ない。それに反逆事件について帝国アンチの陛下に知られれば彼らへの弾圧はより酷いものになることは間違いなかった。
下手な混乱を避けるためには、王太子の近衛隊のみで、この反乱を未然に止める必要があった。
準備する時間もほとんどないなかで立てられた作戦がこの囮捜査だった。
もし帝国復興派がこの中にいるなら、この格好に動揺しないわけがない。何人いるかもわからない暗殺者達全員を秘密裏に止めるにはただの警護だけでは間に合わない。向こうから接触してもらう以外に方法はなかった。
とはいえ生半可な方法では即バレる。嘘を貫き通すにはそれを超える技量が必要だった。
作法のみで真の帝国民だと信じさせること。
公爵家の部下、王太子の配下含めて、こんな囮ができるのは帝国様式の作法を完璧に頭に入れている私とサドベリーのみである。
「バーテに白粉がないのは久しぶりだな。普段からその格好していればウケが良さそうなのに」
金髪青眼の長身の美青年が珍しいものを見るようにこちらを眺める。帝国装を着て、まるで王族のよう振る舞うサドベリーは酷く様になっていた。私も普段のお手製の負け癖令嬢仕様ではなく本気のメイクアップアーティストとドレス職人の手をかけた服装だ。目の前の元皇帝には勝てないが、これがワタクシ?と言いたくなるほど美しく仕上がっていた。
「あら、褒めても何も出ないわよ。サド。あなたもその格好似合ってるわね」
わたくしの褒め言葉に反応することなくサドベリーはまっすぐ前を向いていた。
帝国装を褒められるのは複雑なのかもしれない。しかも今から彼が捕らえなければならない相手は帝国主義者達。帝国を、皇帝を慕う元帝国民達だ。
「そんなにいいものだったか? 帝国は」
自分の服装を見ながらサドベリーはそう呟いた。
久しぶりにきた帝国服に不安なのかもしれない。
「いいもの? 確かにわたくしはいつもの格好の方が目立ってて好きですわよ?」
そう慰めると、彼は私の返答に少しだけ驚いてケラケラと笑っていた。
仮面舞踏会の中、私たちは間違いなく完璧な帝国様式の振る舞いができているはずであった。
が、予想に反して暗殺者達が接触してくることはなかった。
「陛下が会場入りしたようだ。そっちの警護に入る。バーテは引き続き囮を頼む」
離れていくサドベリーの背中を見送ると少し寂しい気持ちになった。せっかくお互いあの時の舞踏会と同じ格好をしているのに、踊りに誘われるどころか、手すら触れることもできない。
もしかしたら十年前のように踊れるかもしれない。
こんな緊急時にも関わらず、そんなことを考え少し浮かれていた自分が恥ずかしくなった。
彼からすればこんなの近衛兵としての仕事に過ぎないのだ。道化師のメイクなしの彼を見たことすら久しぶりで、私には彼の気持ちは何一つわからなかった。
サドベリーと別れて少しすると一人の男が目の前に現れた。
「自分、なんちゅう目立つ格好しとるんや」
強烈な帝国訛りの言葉を話す彼はどう見ても元帝国民だった。
「#%*#}}%^$ ?」
「**+£?$%%」
帝国語で話しかけると彼は驚いたように目を丸くしてキョロキョロと首を振った。
私の帝国語は元帝国民からつきっきりで教わった訛りひとつない完璧な帝国語だ。王国民だとわかるはずがない。あの頃は「もう死んだ国の言葉など何のために学ぶのか」と父から責められたがこうしてしっかりと役に立っている。
「/:;;@@@$%%?」
「/@@@?」
「¥&@@@」
彼に帝国式の礼をすると、彼はあまりよくわかっていなさそうに一礼を返した。
「今日は仮面舞踏会。その下手な礼は許してあげるわ」
「貴族の方やとは思わんかったわ。;’’’’£?$%」
スタスタと離れていく彼の後を、隠れていた近衛兵が追っていく。一応接触は成功したようだ。これで私の役目は終わり、あとは近衛隊が上手くやってくれることを祈るだけである。
仮面舞踏会で一人静かに座る。禁忌扱いの帝国式のドレスのおかげか誰にも話しかけられることなく時間だけが過ぎていった。
しばらくすると会場の遠くの方で、何やら騒ぎが起きている音が聞こえた。
「/~{>’;;$$$$」
先ほどの男が私に声をかけて走り去っていった。
別についていく必要などないのだが、人質という言葉が妙に気になった。
まさかと思い、彼の後を追う。会場の外で待つ馬車の前には数人の帝国主義者達と、センリメ嬢の姿があった。捉えられて押さえつけられている彼女を前に帝国語で話す男女達。
「|**+£?$%%|+£?**$%% 完全に防がれた!」
「||//~{?」
「^%^$@*#@@$」
「!'';*%##」
「#@2^^;'.」
ゾッとする会話内容が聞こえてくる。
それだけはダメだ。負け癖令嬢の矜持にかけて、パッピーエンド以外は許さない。
「+--:.$$!」
思わず声をかけると、彼ら全員の目が私の方向いた。
「誰だ?」
止める方法。殺すのにかかる2秒を奪う方法。
これ以上ないほど必死に頭をまわす。
彼らを止めるため、必死に考え出したわたくしの答えは、いつも考えていた酷く稚拙で、滑稽な願望だった。
「私は………*%##**^^^^Sadvador, Verite*。%##**^^^^Sadvador!:^*_@#! _++**^^&^%!$^##@:;」
唖然としている帝国主義者達をそのままに馬車に乗り込むと、彼らはセンリメ嬢を放り出して慌てたように馬車を動かしはじめた。
私の決死の作戦はうまくいったようでセンリメ嬢は何もされていないままその場に捨て置かれて馬車は出発した。
「なんであの尼逃したんや」
「せやかて、こいつ貴族やで?!」
「ちゃうわ! 今回の襲撃に貴族は一人もいやへんで」
「そもサドバドル様に嫁はんおったか?」
「サドバドル様に婚約者はいないはずよ」
「じぁなんやねん、この女!」
混乱している様子の帝国復興主義者達は、私を疑うことはあれど決して害しようとはしなかった。彼らにとってサドバドルの名はそれだけで効果があった。
そして酷いことに自ら危険に飛び込んでいっているにも関わらず、サドの婚約者になれたような気がして私の心は無性に浮かれていた。
「わたくしながら、どうしてこうもバカなのでしょう」
私は陛下の姪、これからどうなるかなど火を見るほど明らかなのになぜか恐怖はなかった。
彼らのアジトに連れられて、通されたのは暗殺を指揮した一派のボスと思われる相手だった。年老いた傷だらけの男は、かつての帝国軍人に見えた。
「知らん」
彼は私を見るなり呆れたようにそう言い放った。
「俺の知る限りサドバドル様に婚約者はいやへんかった。あの方は皇帝になる前から、いつも兵舎にいらっしゃったからよう知っとるわ。そもそもサドバドル様が生きておられるとは思えん。十年前に処刑されてしまったやろ」
こちらを見定めるように眺めて、それから彼は剣を引き抜いた。
「彼は生きておりますのよ。そして悲しんでおりますわ。皆終わったことにクヨクヨせず前を向いて生きてほしいと」
宮廷で公知の秘密として知られているサドベリーのことも市井には知られていない。事実を必死に訴えるも嘘としか思われていなさそうだった。
「本当なのですわ」
「黙れ!お前のような王国女がサドバドル様を語るな!」
よく研がれた剣の切先は鋭く、触れただけで切れてしまいそうだった。戦が終わったのはもう十年も前なのに錆びついている様子はない。
「話を聞くまでもなかったな。まずもってお前はサドバドル様の好みちゃうわ」
「好み!? そんなの聞いてませんわ」
「あの方は褐色たわわな巨乳娘がお好みだ」
な?!
褐色たわわですって?!
サドからそんな話聞いたことありませんわよ!
「変わったのです! 今はこういうのが好きなのですわ!」
頑張って胸を張るが、わたくしは褐色たわわには程遠かった。
「ないな。間違いない、きみはただのスパイだ。君のような若い世代に恨みはないが、もう時間がないのだ。死ね」
男は音もなく立ち上がり、わたくしに近づいてくる。
小さな部屋には逃げ場もなく、わたくしはすぐに壁に追い詰められた。サドに助けを求めようにも、仮面舞踏会から離れたこの場所に彼がいるはずもなかった。
「こ、後悔しますわよ。決めつけるばかりで今を見ようともしないような生き方では。このままメクラのまま突き進み、最後は主人を害する愚かな人生を、後悔しますわよ」
「クソが。煽り方だけは似とるのも腹が立つ」
振り上げられた剣は今にもわたくしの命を刈り取ろうとしていた。
何十年も戦い続けた軍人から、振り下ろされる刃を避ける身体能力はわたくしにはないだろう。
本当に酷い最期ですわね。
避けられない死を前に私の頭は慌てるどころか逆に落ち着いていった。
本当に酷い最期だ。
妄想のあまり自ら死地に飛び込み、好きな人と婚約者ということにして誤魔化そうと思ったら、褐色たわわじゃないから好みじゃないと、振られて殺されるなんて。
でもまぁ、いつかこんな日が来ると思ってはいたのだ。
これまで散々女性達をいじめて、彼女らに痛みを与えておきながら、のうのうと反省もせずに生きてきた罰だろう。
少なくとも負け癖令嬢の矜持だけは守れた。
30敗目はハッピーエンド、センリメ嬢はせっかく好きな人と結ばれることができたのだ。わたくしの代わりに彼女には是非とも幸せになってほしい。
それにサドも、こんな惨めな女のことは一生忘れないでいてくれるだろう。
このまま生きていてもどうせ何も進まないのですから、これも案外悪くない幕引きなのかもしれませんわね。
迫り来る死を前に、諦めに似た納得をしそうになった時、異様なほど通る声が刃を止めた。
「Sadvador!:^*_@#!| 」
異様なほどに響く声。アジト中に響いた声に老兵が驚いている隙をついて小部屋を抜け出した。
声がした方を見ると、帝国主義者達が山のようにうめきながら倒れていた。その中に一人立つ長身の帝国装の男。
サドベリーはゆらりと立つと曲芸のように飛んで、わたくしと老兵の間に立ち塞がった。
「なんだ?!」
「ああ、ルーバストか。久しいな。防戦以来10年ぶりか。ずいぶん小さくなったな」
「どうやってここが?!いくら何でも早すぎる」
老兵は慌てながらサドの方へ刃を向けた。
「私に兵法を教えたのはお前だろ? 髪と一緒に記憶も抜けたようだな。逃げた方向が分かればどこに拠点を置くかくらい読めるだろ。目撃者の令嬢を置いて行ったのがミスだったな」
ニコリと笑うサドを見て、老兵の表情は驚きに変わった。
「その煽り方。まさか、サドバドル様? 本当に生きておられたんか」
老兵は少しだけ表情を緩めた後、また険しい顔に戻った。
「ですが俺はもう引けへん。あなたの命令であろうと止まれない。この国は帝国民が生きるには辛すぎます」
「そうか。じぁ力ずくで止めてみせよう」
サドは諦めたようにそう呟き、二人は剣を構えた。
私には武力や剣のことはわからない。
彼らが一度交差すると全てが終わっていた。
両断された主犯格にサドが近づいて何か話すと、老兵は少し安心したように目を瞑り息を引き取った。
「切ったのですわね」
「ああ。主張の正しさと善悪は関係ない。かつての部下であっても」
震える彼の肩に触れる。何もいわず、でも「皇帝としては失格だ」と語るように意気消沈している彼の様子は見ていて辛かった。
慰めようにも私の語彙には皮肉と悪口しかない。気の利いた言葉など何一つ思いつかず、ただ私は彼を支え続けた。
「あなたが、きてくれると少し期待してましたわ。だっていつも婚約破棄されたわたくしを一番最初に見つけるのはあなたですもの」
捻り出した私の言葉にサドベリーは驚き呆れたように動きを止めた。
「は? いつのまに31敗目を済ませてたんだよ」
「実は、わたくし、帝国皇帝に好みじゃないと言われましたわ。褐色たわわでなくて悪かったですわね」
心なしか彼を責めるような口調になってしまったが、彼はそんなことは気にせず、何言っているんだというように目を丸くして笑った。
「皇帝に振られた……皇帝に」
どこか愉快そうに繰り返す彼の姿に若干のむかつきを感じて、私は支えていた腕で彼を軽く揺さぶった。
「あなたはどうなのですか? サドベリー? 皇帝ではなくあなたはどういうのが好きなのです?」
澄んだ水辺のような青の瞳が私の前で止まる。彼は見たことがないほど真剣な表情で私のことを見つめていた。
「ど、どうしたんですの?」
「いや、我ながら趣味が悪いと思って。実はサドベリーは皇帝様とは違って派手好きで顔も真っ白な道化師女が好きなんだよ」
嬉しい。
予期していなかった急な告白に感情がこぼれそうだ。
この気持ちのままに動けば私はどうかしてしまうだろう。
勝手に頬が緩みそうになるのを必死に抑えて、公爵令嬢としてあるまじき行動をとりそうになる自分を律する。
「ふふふ、そんな女性。わたくしくらいしかおりませんわよ?」
「だろうな」
少し恥ずかしそうおどけて笑う彼は、さきほどまでの辛そうな姿よりよっぽど、サドベリーらしかった。
その後、遅れてやってきた王太子達に事情を説明すると、説明するが終わるや否や、お前らがいたら話がややこしくなるとその場を追い出された。
行き場のなくなった私たちはせっかくだからと、仮面舞踏会に帰ってきた。
乱痴気騒ぎが絶えない仮面舞踏会は、暗殺騒ぎがあったにも関わらず何もなかったのように続いている。何組ものカップルが仮面舞踏会の中心で踊っていた。
「久しぶりに踊ろう」
サドベリーは帝国式の礼をして、スッと跪きわたくしの手をとろうとする。
少し口惜しい気持ちになりながらも、私は彼の手を振り払った。
そしてその場でエスコート無しでくるりと一回転して見せた。
「見てください。もうわたくしは一人で踊れますわよ」
そう言い残して一人で舞踏会の中心に飛び込んだ。
男女のペアしかいない、舞踏会の真ん中で、一人クルクルとまわる。周りにいた何組もの男女が驚いたように道をあけた。
置いてきたサドベリーがどこにいるのか探すと、彼は私の横で曲芸のように空中で一回転していた。
「いいですわね。このまま二人で踊りましょう。二人で! 一人ずつ!」
「はは、これは32敗目だわ」
サドベリーはケラケラと楽しそうに笑いながらまた一回転した。
「サドベリー! なに勝手に一敗増やしているのですか?! 次! 次ですわ! 次はわたくしもう負けませんことよ!」
「こっちの話さ」
彼に突っかかろうとすると、彼は舞台の上で飛ぶようにするり逃げていく。わたくしは彼の動きに全く追いつかずコテンとすっ転んだ。
大笑いしてこちらを指差す彼の方にもう一度近づくと、今度は滑ったように彼がすっ転んだ。
「ちょっと!? こっちとは、どういう意味ですの? わたくしの話ではないですの?! このわたくしは端役ではありませんことよ?!」
回りすぎてふらつく頭で、私はまた彼の目の前でコテリと転んだ。
「お、お持ちなさい!」
「ははは、早く来なよ。まだ舞踏会は始まったばかりさ」
その後も、仮面舞踏会の中心で、私たちはまるでサーカスのような追いかけっこをしつづけた。
乱痴気爛々、仮面舞踏会。
陛下が暗殺者に狙われて泡吹いて倒れたり、帝国復興の一派が捕縛されたり、宰相が間違って自分の娘に求婚したり、第二王子が二十も年上の伯爵夫人に手を出して流血沙汰になったり、大層な事件がいくつもあったにも関わらず、その日一番目立っていたのは1組の滅びた帝国の礼服を纏った男女だった。
百年の尊敬と、憎悪と、怒りと、憧れの視線を集めながら彼らは仮面舞踏会の中心で踊った。
決して触れ合うことはなく、一人ずつ踊っているのに、まるで二人で手繋ぎで踊るように息ぴったりだった。
二人はそのまま夜が明けるまで狂った道化師のように踊り続けたという。
ナーロッパで見かけない宮廷道化師を書いてみました。
高評価よろしくお願いいたします。
【下記ラストシーン裏話】
「なぁ、褐色たわわってどう思う?」
王王太子の言葉に近衛衛兵隊員フェルデノートは絶句した。
助けを求めてアークファルト隊長の方を見ると彼は完全に王子を無視して、捕縛した帝国復興派達の連行に精を出している。先行したサドベリーは主犯格の男以外には致命傷になるような傷を与えなかったようで牢へ連行する人数が多くて大変そうだった。サドベリーのやつは拷問する価値もない下っ端ばかり残して、主犯だけは一刀両断したのだ。
本当に誰の味方なのか怪しいところだと、フェルデノートは同僚に怒りを感じながらも呆れた目で王子のほうへ向き直った。
「フェル。聞いてるか?褐色たわわだよ。褐色たわわ」
「王子?性癖の開示は付けいる隙を与えますよ。まだ三人目の王妃候補が空いているのに」
「普通、日焼けしないんじゃないか?たわわ部分は」
王子はフェルデノートの忠言を無視して話を続けた。
「元から肌が褐色の人もいます」
「観測するまでわからないということか。つまりマルバーテ嬢が褐色たわわの可能性もあると」
「マルバーテ様はどこからどう見ても色白です。巨乳でもありません。胸部だけ日焼けすることはないでしょ。何が言いたんです?」
フェルデノートが意味がわからなさそうに王子の方を見ると、王子は酷く悲しそうな顔で床を見つめていた。
「せっかく今日は親父も気を失ってるし、!誰も二人を見てないんだから好き勝手してくれてもいいのに。サドもマルバーテ嬢も真面目だからどうせ何もないんだろうなって」
「わかってますか王子。あの二人が本気で組んだらこの王国は転覆しますよ。若くして社交界を思うがままにしている公爵家の狂才と、世界中に散らばる元帝国民の人心を今だに集める皇帝です。二人の子供などできてしまえば、この王国の1番の正当後継者たりえます」
「フェルデノート、知ってるか?その二人、どっちも俺を頼ってくるんだよ。対処をミスれば本当にそうなりかねないんだよなぁ。あー、心労で禿げそう」
王子がポンと自分の頭を叩く。
フェルデノートは色白な王子のツルツル頭を想像し、吹き出した。
「それじゃ王子じゃなくて玉子ですよ」