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第6話 星宮爽馬はぎこちない。

『お金を入れて下さい。お金を入れ……』


 機械的なアナウンスの声が響く、狭いプリクラ機の内部。ナンパ男に見つからないように神凪さんを連れてそこに駆け込んだ俺は、彼女の体と壁に挟まれてながらその状況を飲み込めずにいた。


(何やってんだ俺……本当に何やってるんだ!?)


 体が熱い。心臓がうるさい。頭の中が真っ白になって、何をすれば良いのかわからなくなる。こんな時はどうすれば……そうだ、まずは離れないと。


「ごめん! すぐ離れるから!」

「えっ? う、うん……」


 なんとか正気を取り戻し、俺は神凪さんの肩を持って自分の体から急いで引き離す。状況だけ見たらナンパとか通り越して完全に犯罪者(アウト)だ。


「ごめん、本当にごめん!! 急にこんなことして……」


 急なことだったとはいえ、もっとやり方があったんじゃないかと後悔しながら何度も彼女に謝る。


 いきなり腕を掴まれて密室に連れ込まれるとか、恐怖以外の何者でもない。嫌われても仕方ないだろう。そう思ったのだが……


「……何か、あったんだよね?」

「えっ?」


 冷静にそう聞き返してくる神凪さんに、俺は思わず間の抜けた声を出してしまう。彼女はあの男に気づいていないはずなのに……


「だから、理由……あるんでしょ?」

「それは、そうだけど……」

「……なら、謝らなくていい。びっくりしたけど……星宮くんなら、怖くないから……」


 当たり前だと言わんばかりにそう告げる彼女の声は、疑うような雰囲気は一切なかった。建前とかじゃなくて本当に思っていることが伝わってくるけど、それでもやはり申し訳ない。


「それでも、こういうのはやっぱり良くなかったというか。普通に考えたらアウトだし」

「はぁ……なら、こうすればいい」


 もう一度謝ると、神凪さんは小さなため息をついて俺の目を見ながらこう告げた。


「私は、()()()()()()()()()()()()()()()……違う?」

「はい?」

「私が、星宮くんにゲームで勝った分……プリクラ代を奢ってもらうの。何もおかしくない……よね?」

(……あぁ、そういうことか)


 どうやら気を使わせてしまったみたいだ。これ以上ウダウダ言うのも無粋だろうし、ここは神凪さんの優しさに甘えることにしよう。


『好きな背景を選んでね!』

「神凪さん、どれがいい?」

「じゃあ、この……星のやつがいい」

「サイズは?」

「普通ので、大丈夫」

『設定が終わったよ。撮影コーナーに移動してね!」


 プリクラ代の400円を投入して一通りの設定を済ませた俺たちは、今度こそ普通に中に入る。だけどまだ少し気まずくて、思わず彼女から半歩離れてしまった。すると……


「……星宮くん、写らないよ?」

「別に、大丈夫だと思うけど……」

「良くない。撮るなら、ちゃんと撮る」


 少し不服そうな顔で神凪さんに怒られてしまい、袖を引っ張られて無理やり近くへと寄せられる。


「神凪さん、近くない?」

「こ、これくらい……普通……多分、だけど」


 それは、少し動けば肩が触れ合うほどの距離感。思わず神凪さんから顔を逸らしたが、目の端に映る彼女の姿がどうしても目立ってしまう。


『そろそろ撮影するよ! 準備はいい?』


 急に会話が途切れてしまい、何をすればいいかわからないまま撮影の瞬間だけが近づいてくる。流れているコミカルな音楽をかき消すほどに、心臓の音がうるさくて仕方ない。


『一緒に笑って! 3、2、1……』


 溢れ出す恥ずかしさを押し殺し、ぎこちない笑顔を浮かべたその直後にカシャ、っと撮影音が鳴る。神凪さんは一体、どんな顔をしていたんだろうか。


(……まあ、俺がうまく撮れなかったのは確定だけど)


 プリクラを撮るなんて初めてだし、きっと俺の顔は緊張でガチガチになっていただろう。そう思うと、また神凪さんに申し訳なくなってきてしまう。


 ……だが、そんな考えは神凪さんの笑い声によって吹き飛ばされたのだった。


「ねえ、……星宮くん……見て、これ。ふふっ……面白い……!」

(やっぱり、変な顔してたのか……?)


 撮影された映像が映った画面を指差しながら笑う彼女を見て、笑われてしまうほどに上手に撮れてなかったのか……と悟りながら恐る恐るその画面に目を移す。すると、そこには……


「……っ、あははは! 確かに、これは……!」


 お互いに変な方向を見ながら、ぎこちない笑顔を浮かべて写真を撮っている俺と神凪さんが映っていた。その顔があまりに似すぎていて、俺も思わずケラケラと笑ってしまう。


「星宮くん、笑いすぎ……お互い様なのに……」

「恥ずかしいのが俺だけだと思ってたから、つい」


 さっきまでのどこか気まずい空気は無くなって、残ったのは意外なまでの安心感。一見ぎこちないこの写真が、今ではたまらなく自然なものに見えた。


『あと2回撮り直せるよ!』

「神凪さん、どうする?」

「……星宮くんは、どうしたい?」


 もしも今、もう一度プリクラを取ったらもっと自然な表情の写真が撮れるだろう。初めてのプリクラだし、どうせならもっと綺麗に決めたい気持ちもあった。でも……


「俺はこれがいいかな」

「……うん。私も」


 それでも、俺たちはそれを撮り直す気になれなかったのだった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「もう、こんな時間……今日はありがとね、星宮くん」

「こっちこそ。色々迷惑かけたし、クレーンゲームも見つからなかったし……」


 プリクラを終えて店を出ると、もう日が沈み始めていた。結局、神凪さんが欲しいと言っていた人形が見つからなかったことだけが気掛かりだったけど。


「ううん、大丈夫。アイちゃんのフィギュアなら、またいつでも取りに来れるし……」

((ミツメアイ)関連のグッズだったのかよ!)


 唐突に投げ込まれた衝撃の事実に心の中でツッコミを入れながら、俺は神凪さんの少し後ろをゆっくりと歩いていく。


 あれほど好きだと言っていたミツメアイのフィギュアを取り逃がしたはずなのに……神凪さんは、とても満足したような声をしている気がした。


「それじゃ、俺はこっちだから。今日はありがとう」

「うん、また明日」


 そうして彼女と別れた後に、俺はふとポケットの中に入れたプリクラを取り出す。落書きもほとんどしていないし、笑顔もやっぱり不自然なまま。何度見ても成功とは言えない出来栄えだ。それでも……


(……たまには、こういうのもいいよな)


 俺はその『失敗作』を、大事に手に握って帰ったのだった。

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