第4話 2人の配信者は友達になる。
「ご、ごめん。ちょっと驚いちゃって」
「私も……言わなかったら良かった……恥ずかしい……!」
片方は驚きで、片方は恥ずかしさで何も話せなくなってから数分後。ようやくまともに話せるようになった俺と神凪さんは、改めて話を始めた。
「……で、それって本当?」
「うん、本当……ほら、これ、チャンネル管理者の……」
「思ったよりちゃんとした証拠が出てきて驚きだよ」
うん、この画面は確かに投稿者しか見れない画面だ。つまり神凪さんが言っていることは嘘でもなんでもない、真実ということになる。
「まさか本当に神凪さんがあの天野ツララなんて……」
「やめて、恥ずかしいから……!」
しかし本当に驚きだ。俺が言えたことじゃないかもしれないが、神凪さんと天野ツララの性格は正反対と言ってもいい。
大型新人Vtuber、天野ツララ。感情豊かでリアクションが面白く、トーク力もずば抜けて高いことで有名な雑談系配信者。こう言っては失礼かもしれないけど、普段の神凪さんからは想像もつかないキャラである。
(『恥ずかしい秘密』か……うん、すごく分かる)
他人から見たら確かに凄いことかもしれないが、やっている本人からすれば自分の配信を見られることは、特に知人だとかなり恥ずかしい。でも……
「……そんな重要な秘密、俺に言っても大丈夫だったの?」
俺とは昨日話したばかりで、まだお互いにどんな人物かさえよく分かっていない。それなのに、こんな特大の秘密を言ってしまっても良かったんだろうか?
「……うん。私を知ってもらうなら、これが1番いい……って、思ったから」
だから、本当に言ってしまって良かったのか疑問に思って神凪さんに質問すると、彼女は俺にこんな重要なことを教えた理由をポツリポツリと語り始めた。
「実は、私、こんな性格だけど……人と話すのは、大好きなんだ。明日のご飯のことでも、将来の夢でも、どんな話でも……人と話すのが、すっごく楽しい」
確かに、天野ツララの配信は見ているこちらも楽しいが、なにより配信している本人がとても楽しそうに見える。きっと、あれは本当の神凪さんの姿なんだろう。
「でも、いざ話そうとすると、それ以上に嫌われたり、退屈させるのが怖くて……だから、人と話したくても話せなかった。そんな時に見つけたのが……ミツメアイちゃんの配信だったんだ」
そうして俺の話になった瞬間、少しだけ神凪さんの声が明るくなる。本当に好きで見てくれてるんだな。
「最初は、こんな風に話せるようになりたい、っていう憧れだった。それでも、見て、聞いて、コメントしてるうちにだんだん楽しくなって……普通に、話せてた。もちろんコメントで、だけど……それがすごく、嬉しかった」
コメントでは話せる……ってことは、対面じゃなかったり、文字で打つぶんには別に普通に話せるってことか……ああ、なるほど。
「それで、私も話せるんじゃないか、って思った。面と向かって話すのは無理だけど、配信だったらみんなと楽しく過ごせるんじゃないかって思って……『天野ツララ』に、なったんだ」
「……だから、俺にこれを見せたのか」
神凪さんは、誰かと話したくてVtuberになったんだ。本当の自分を出せる場所が欲しくて、配信を始めたんだ……そして、本当の自分を出しているからこそ、俺にこのことを話したんだ。
ようやく神凪さんの真意に気付けた、そう思ったのも束の間……彼女から帰ってきたのは、予想とは少し違う返事だった。
「……半分、正解だよ」
「半分だけ?」
半分、ってどういう意味だろう。ただ、本当の自分がどんな風か教えるために見せたんじゃ……
「もう半分は、星宮くんなら受け止めてくれる……って、思ったから」
「……えっ?」
「星宮くんが……私と話すのが楽しい、って言ってくれたのが……すごく嬉しかった、から……」
「あ、ありがとう……」
もう半分の答えは、聞くだけでもとても恥ずかしいものだったけど……どこか心地よい恥ずかしさをしていた。
「というか、神凪さんも恥ずかしいなら言わなきゃ良かったのに」
「み、見ないで……恥ずかしい……!」
どうやらそれはお互い様だったようで、神凪さんの顔が今までよりも露骨に赤くなる。それでも、普通の人に比べれば小さな変化だけど……とても大きな変化に感じたのは、俺の気のせいではないはずだ。
「でも、星宮くんと話してて楽しいのは……私も、だし….…」
「────っ!?」
どこか恥ずかしそうにそう告げる神凪さんの目を見た瞬間、俺の体が何かに貫かれたように熱くなる。恥ずかしい、なんて感情とは違う何かが、心の底から湧き上がってきて……心臓の鼓動が、速くなっていく。
「……あの、星宮くん」
「どうしたの、急に改まって」
「その……お願いが、あるんだけど……」
目の前で何かを言い淀むその人は、人形のように綺麗で……でも、確かに目の前に存在していて────幻想と現実が、交差する。
そんな錯覚に襲われている俺に、神凪さんは少し近づいてきて……
「もし、良かったら……私と、『友達』になってください」
まっすぐに俺の目を見て、今までで1番はっきりとした声でそう告げた。
その瞬間に俺の心を支配していた変な感情は消え、むしろ笑いが込み上げてきた。『友達になってほしい』なんて……どこまで不器用なんだ、この人は。
「何なの、その質問……!」
「私、何か変なこと言った……?」
「いや、本当に変わった人だなって。神凪さんらしいって感じがして、つい」
「……いいから、早く答えて……!」
さすがにからかいすぎたのか、少し怒ったような声で神凪さんが返答を急かしてくる。もちろん、俺の答えは既に決まっていた。
「……はい、よろしくお願いします」
「本当!? 友達……高校で初めての、友達……!」
(マジで嬉しかったんだな……)
何度も何度も繰り返し『友達』と呟く神凪さんを見て、俺は微笑ましい気持ちになる。まさか、『氷の人形』なんて呼ばれた彼女と友達になるなんて……昨日までの俺は、想像もしていなかった。
「……って、もう予鈴鳴ってる!?」
2人で話し込んでいたら、いつのまにか30分以上経っていたみたいだ。俺は急いで教室に向かおうとするが……
「待って!」
「神凪さん!? 待って、って……」
まだ話があるとしても、もう教室に向かわないと遅刻になる。そう思いながら急いで神凪さんのほうを振り返ると……
「その……これからよろしくね、星宮くん!」
そこには、ほんの少しだけ……しかし、この日1番の笑みを浮かべながらそう告げる神凪さんの姿があった。
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その日の夜のこと。家事を一通り終えた俺がベッドに寝転びながらスマホで動画を漁っていると、『天野ツララ』が配信をしていた。
(ゲリラ配信かな……?)
時刻はもう夜の11時、こんな時間から配信を始めるなんて珍しい。何があったのだろうと思い、その配信を覗いてみると……
『今日はすっごくいいことがあったから、なんか眠れなくて! ということで、お話しましょう!』
《ツララちゃん、今日めっちゃ機嫌良くない?》
《楽しそうというか、幸せそうというか……》
《なんだ? 惚気か?》
……そこには、アバター越しでも分かる満面の笑みと嬉しそうな声をした、神凪さんがいた。
(いいこと、か……まさかな)
もし、彼女の言う『いいこと』が俺だったら……そんなことを考えると、恥ずかしくも嬉しいような感覚がして思わず少し笑みがこぼれてしまう。
そうして始まった天野ツララの嬉しくて眠れない配信は、日が変わるまで続き……俺も、それを最後まで見届けたのだった。
少し蒸し暑い初夏のある日、いつも通りに授業が始まり、なんら変わりのない日常が過ぎると思っていたある日のこと…… 俺と神凪さんは、『友達』になった。
そしてその日から、俺の普通な日常は少しずつ変わっていくことになる────
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