第33話 春川日向はウソをつく。
これは、とある嘘つきな女の子の話。
その子は少しだけ他の子よりも大人びていて……少しだけ、他の人の感情に敏感だった。
『おかあさん、ボク、このウサギさんの服がいい!』
『あら、こっちの服も似合ってると思ったけど……』
『……ううん、やっぱり電車の服にする』
『……ええ! すごくかっこいいわよ、日向!』
(おかあさんは、こんなボクがすきなんだ……)
その子のたった1人のお母さんは、かっこいいものが好きだった。かっこいいその子が好きだった。だから……その子は、嘘つきになることを選んだ。
可愛い人形が好きだったその子は、戦隊ヒーローのフィギュアで遊んだ。パティシエになりたかったその子は、警察官になりたいと語った。その子のお母さんが、喜んでくれるから。
(……ボクは、これでいいんだ)
その子は、たった1人のお母さんが大好きだった。その人が幸せなら、それでいいと思っていた。
────『彼女』と出会う、あの日までは。
『うわぁ、今日も全然人来ないなぁ……』
(この子、まるで……)
画面に映っていたその子と正反対な可愛い少女は、どこか自分と似ているような気がした。嘘つきなボクと同じ匂いがして……その少女に、憧れた。
(でも、すっごく可愛い……ボクも、こんなふうに……)
初めは高校に入る前に、ほんの少しだけ髪を伸ばしてみた。髪を纏めるヘアピンも、星がついた可愛いやつを買った。お母さんは、ちょっと悲しそうな顔をした。
そして、入学初日。ボクの人生に奇跡が起きた。
『えっと、ここ、男子の列なんだけど……』
(────っ!?)
憧れが、目の前に飛び出した。画面に映ったあの子とは全然違ったけど……ボクはすぐに同じ人だとわかった。だって、ボクと同じ匂いがしたから。
『あの、聞いてる?』
『あっ、その……ボク、男なんだ』
『そ、それはごめん!』
爽馬にとってボクは、女の子に見えたなんて……可愛く見えた、なんて……その日、ボクは初めて自分を好きになれた。
(ねえ、爽馬。気づいていないかもしれないけど……ボクはずっと、爽馬のことを……)
もしもボクの気持ちを打ち明けた後に、もう1度一緒にいたいなんて言ったら……爽馬はなんて答えるんだろう?
(……ううん、違うな)
考えなくたってわかる。嘘つきな爽馬はきっと、ボクを傷つけたりしない。嘘つきなボクはきっと、爽馬にそんなことを聞いたりしない。だから……
「────ほら、これで話は終わり。あとは爽馬が決めることだよ」
もう自分に嘘はつかないって言ったけど、お母さんよりも、ボク自身よりも、誰よりも爽馬が大切だから……ボクは、この思いにだけは嘘をつくことにした。
「……日向、本当にありがとな」
「どうしたの、急に。らしくないよ?」
「……ごめん。まだ言えないけど……ごめん」
「なんの話かな?」
爽馬は、やっぱり嘘つきだ。ボクには嘘をつくなって言ったくせに……まあ、お互い様だけど。
「いや、なんでもない。お前のおかげで……やっと、決心ついた」
「そう、なら良かった。きっと、爽馬なら────」
きっと爽馬はこれから神凪さんのところへ行って、ボクと同じように彼女を救って……完璧なハッピーエンドだ。ボクも2人が幸せなら、それで……
(あれ……これ、なんだろ?)
それでいいはずなのに……なんで、こんなに悲しいんだろう。こんな嘘何度もついてきたはずなのに、なんでボクは泣いてるんだろう。
「泣いてる!? ほら、とにかくハンカチを……」
(……っ、ズルいよ……馬鹿)
そんなこと、しないでくれよ。なんでボクなんか気にするんだよ。なんでそんなに優しくするんだよ。爽馬には、神凪さんが……
(……あぁ、そっか……ボク、やっぱり爽馬が好きだよ)
今すぐに目の前の爽馬を抱きしめたい。神凪さんよりもボクを選んでほしい。爽馬の隣で笑っているのは、ボクでありたい。その気持ちに、嘘はつけない。
「日向、大丈夫か?」
「……うん、目にゴミが入っただけ」
でもそれ以上に目の前の爽馬が愛おしい。後悔なんてしないでほしい。爽馬の隣で笑っていられるボクでありたい。その気持ちにも、嘘はつけない。
「本当かよ……目、痛くないか?」
「大丈夫、もう平気! ごめんね、時間取らせて」
ごめんね、爽馬。全部、嘘だよ……全部、本当なんだよ。
「そっか。じゃあ……俺、行ってくる」
「……うん」
結局、爽馬はもう行ってしまった。やっぱりボクは嘘つきのままだったけど、それでも……
(……あの時の思いは、本当なんだよ)
ボクは上手く笑えていただろうか。今から神凪さんの元へ向かう爽馬に、元気をあげられただろうか。爽馬に貰ったものを……ちゃんと返せているだろうか。
(爽馬のおかげでボクが変われたのは……他の誰でもない君に2度も救われたのは、本当なんだよ)
今でも一言一句覚えている。2年前、爽馬の配信で送ったあのコメントは、変わらない本当の気持ちだから。ボクにとって爽馬は、ずっと変わらずに憧れの存在で……元気をくれる太陽みたいな存在だから。
「ねえ、爽馬!」
走っていく爽馬の背中に届くように、ボクは大きくそう叫んだ。もしかしたら聞こえていないかもしれないし……聞こえたとしてもこんな顔を見たら爽馬は心配するだろうし、どうかこのまま振り返らないでほしい。
夏の空気は蒸し暑くて、息をするだけで体が熱くなる。話していただけなのに、心臓がドキドキする。爽馬を見ているだけで、こんなにも胸が張り裂けそうになる。
……そんな気持ちをかき消すように、もう一度大きく息を吸った。
「ボク、待ってるから! ずっと、待ってるから……行ってらっしゃい、爽馬!!」
もしも爽馬がボクに本当のことを教えてくれたら……その決心が付いたら、ボクも爽馬に教えてあげる。爽馬との約束をちゃんと果たして……本当のボクでもう一度爽馬に思いを伝えるから。
(もう……見えなくなっちゃった)
だから、それまでは待ってる。たとえその時、隣に誰がいたとしても……爽馬が笑ってくれるなら絶対に後悔しないって分かるんだ。
変わるきっかけをボクにくれてありがとう。この気持ちをボクにくれてありがとう。そして……
「……大好きだよ、爽馬」
ボクに、嘘をつかせてくれてありがとう。
……これは、とある嘘つきな女の子の話。ずっと爽馬のことが大好きな、ボクの話だ。
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