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第27話 神凪氷雨はいなくなる。

「おはよっ、爽馬!」

「なんで俺の家まで来た?」


 2学期の初めの朝、そろそろ家を出ようかと思っていた時のこと。インターホンが鳴って誰か来たのだろうかと扉を開けると、そこには女子の制服を着た日向がいた。


「新しい制服着てみたから、早く見せたくて! どう?」

「どう、って……まあ、似合ってるけど」

「けどって何なのさ! 素直に褒めなよこのくらい!」

「なんか褒めたら負けた気がする」

「ケチだなぁ……折角見せにきてあげたのに」


 実際似合っているのは事実だし、学校で新しい噂になってもおかしくないくらいには客観的に見て可愛いと言えるんだろうけど……ここで褒めたら日向にずっとからかわれそうだ。


「ほら、いじけてないでさっさと行くぞ」

「そんな急がなくても……って、なんか眠そうだけど大丈夫?」


 夏休み中はだらけにだらけていたせいか、まだ眠気が払いきれない。俺の朝9時起き深夜0時睡眠という天国はもう終わってしまったのだ。


「そりゃ眠いよ……昨日も寝るの遅くなったし」

「何時間くらい寝られたの?」

「5時間……ちょっとくらい」

「あー、爽馬にはキツいかもね」


 特に昨日は忙しかった。日向の宿題が終わるまで家の中に勾留し、終わった後はダッシュで家事を終わらせて、その直後に3時間の配信……結果、あまり寝ることができなかった。


「日向は大丈夫なのか?」

「ボクはきっちり3時間寝たらスッキリするからね! いつも寝てる爽馬より快眠してるよ!」

「お前、そんなショートスリーパーだったのか……」


 実に羨ましい。俺は最低でも7時間は寝ないと疲労が回復しないから、そういう体質には心から憧れてしまう。


「あっ、爽馬にもらったぬいぐるみの話なんだけど。あれってなんか普通のやつと違わない? 気のせい?」

「あー……製造エラーなんじゃないか? うん、そうだと思うぞ」


 とまあ、そんな風に他愛無い会話をしつつ俺たちは学校へと向かって歩いていく。すると……


「……あっ、雪月ちゃん! 今日は1人なの?」

「あらアンタたち、おはよう……って日向、印象変わりすぎじゃない!? もう完全に女子なんだけど!?」

「ボクは元から女の子だよ?」

「日向、そういう話じゃないと思うぞ」


 学校近くの曲がり角を曲がった先で、いつもは神凪さんと登校しているはずの雪月が1人で歩いていた。雪月も2週間で変わりまくった日向の印象に驚いているようだ。


「もしかして似合ってない……?」

「そんな顔しなくてもいいでしょ……可愛いわよ、普通に。すごく似合ってるわ」

「えっ、雪月ちゃんが手放しで褒めてくれた……!?」

「今すぐその髪むしり取ってもいいのよ?」


 だが、やっぱり変わらない性格の日向を見ていつもの調子を取り戻したようで余計なことを言った日向の胸ぐらを思いっきり掴んで脅迫し始めた……朝から元気そうで何よりだ。


「そういえば、神凪さんは休み?」

「それが、分からないのよね……今朝も待ってたんだけど、連絡つかないし。アンタは何か聞いてないの?」

「雪月が知らないのに俺が知ってるわけないだろ」

「もしかして、スマホ見てないのかもね」


 そういえば神凪さんが休むのは今日が初めてだ。しかも、夏休み明けの登校初日に……単なる偶然だろうか。雪月でさえ連絡がつかないってのも気にかかる……


(……何もなかったらいいけど)


 十中八九何か用事があるとか、スマホを見てないだけとかだろうけど……何故か胸騒ぎが収まらない。俺は楽しそうに話している日向と雪月の姿を見ながら、出来る限りそのことを考えないようにして歩いていったのだった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



(……おかしい、絶対におかしい)


 その日の昼休み、俺は自分の机でスマホをいじりながら未だに収まらない胸騒ぎを感じていた。というか、何かがおかしいのだ。ここ1週間、『天野ツララ』の配信が全く行われていない……先週まで、週2回は最低でもしていたのに。


「なあ、日向────」

「えっ、春川くんヤバくない!?」

「まさかあいつ、マジで女子だったとか……興奮するな」

「ヤバい……俺、新しい扉開きそうなんだけど……」

(……あれは無理そうだ)


 それとなく日向にも何か知らないか聞いてみようとしたものの、クラスの半数以上の人に包囲されているから話しかけるのはかなり難しそうだ。というか、日向と神凪さんは特に接点もないし……やっぱり、推測の域を出ない。


「LIMEも未読か」


 一応、朝の授業が始まる前にLIMEも送ってみたが既読すらついていない。まさか、事故にでもあったんじゃ……なんて恐ろしい考えが頭の中をよぎり思わず身震いしてしまう。


(……雪月?)


 そんなことを考えていると、教室の後ろの扉から雪月がこちらを覗いているのが目に入った。やけに切羽詰まった顔をしているが、もしかして何か分かったのだろうか?


「雪月、どうかした?」

「……ここでする話じゃないわ。来なさい」

(ここでする話じゃない……って、そんな重要な話なのか?)


 いつになく雪月の雰囲気が暗く、口数も少ない。本当に何があったんだろう……俺は頭の中で描いた最悪の予想が少しずつ現実に近づいてくるのをひしひしと感じながら、俯いたまま先を歩く彼女の後について行ったのだった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



(……なんで)


 カーテンを閉めた暗い部屋の中、私はベッドの上でうずくまる。春川さんも、雪月も……爽馬くんも、今頃は学校で楽しく過ごしているんだろうか。


(やっと……やっと友達になれたのに。なんで、また……)


 8年前にこの街に引っ越してきた時も、こんな気持ちだったのをよく覚えている。寂しくて、怖くて、辛くて……そして、何よりも悲しい。


(LIME……誰からだろう)


 もう1週間前からスマホは充電器に繋いだまま見ていない。見たくもない。今あのスマホを開いたら、画面に映ったその現実を受け入れないといけなくなってしまうから。


(配信もこんなに休んじゃったし、学校もズル休みして……私、何がしたいんだろう)


 ここに来てから、初めて慕ってくれる後輩ができた。ここに来てから、初めて秘密を明かしてくれた友達ができた。そして……ここに来てから、初めてもっと知りたいと思う人ができた。すごく……すごく、嬉しかったのに────


(……今更、外国で一緒に住もうって言われても……!!)


 ────私は、どうしたらいいんだろう。

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