第24話 神凪氷雨は星を見たい。
(……やけに遅いな)
もう3人が家の中に入ってから10分以上経った気がするが、未だにウッドデッキに戻ってくる気配はない。もしかしたら俺を忘れて眠ってしまったんじゃないだろうか……そう思い始めた時のことだった。
「ごめん、ちょっと手間取っちゃって!」
「3人とも、何を……って、雪月と神凪さん、大丈夫? 顔色悪いけど」
日向を先頭にしてようやく3人が戻ってきて、俺は忘れられていたわけではないと分かり安堵する。だがしかし、どうやら日向以外の2人の調子はあまりよくなさそうだ。
「大丈夫よ、ええ……ちょっとこの世界の不条理を認められないだけだから」
「知らない……私、あんなの知らない……!」
「何があったんだ……」
絶望したような声で2人は不穏なことを呟いているが、一体日向は家の中で何をしたというのだろう。まるでこの世のものではない何かを見たような表情をしているし……
「別に、ただちょっと証拠を見せただけだよ?」
「あんなの証拠じゃなくてただの暴力よ! 布がかわいそうだと思わないの!?」
「ああ……地面が見える……」
「……これ以上は聞かないでおくよ」
うん、何となく察した。これ以上聞いたら色々と問題になりそうなので俺はなにも聞かなかったことにしよう。2人は日向とお話して女子だと納得した、それだけだ。
「えっと……2人は、日向のことはもう大丈夫なのか?」
「……まあ、信じるわ。今更どうってこともないけどね」
「春川くんが、春川さんに……覚えた。多分」
「なんかすんなりしすぎててボクの方が驚いてるよ」
雪月と神凪さんもどうやら日向の事情は受け入れてくれたようで、特に変ないさかいもなくて済みそうだ。日向もどことなく安心したような顔をしているし、とりあえずは一件落着と言ったところだろうか……
「……いや、まだお母さんのことが」
「それはボクが自分から言うよ。頼ってばっかりじゃダメだし、今なら……言える気がする」
「そっか。なら良いんだけど」
まだ一抹の不安要素は残るものの、今はとりあえず日向と仲直り出来たことを喜ぶとしよう……とは言っても、もう日が変わりそうだからさっさと寝たい。
「じゃあ、そろそろ寝室に……」
「……あっ、あそこ」
迫り来る眠気に負けないうちに布団へと帰ろうとした瞬間、ふと神凪さんが空の方を指差して驚いたような声を上げた。今度はなんだ……?
「ほら、流れ星が今……」
「あれ飛行機じゃないですか?」
「あっ……初めて見れたと思ったのに……」
「流れ星はねー、運が良かったら見えるかも?」
流れ星と飛行機を間違えるって……まあ、これだけ綺麗な空気なら流れ星の1つや2つあってもおかしくはないかもしれない。というかそもそも流星群以外で流れ星なんて見えるものなのだろうか?
「爽馬、流れ星なんて見えないだろって顔してるね?」
「どんな顔だよ。合ってるけど」
「ここはちょっと田舎だし、街の明かりがないからたまーに流れ星が見えるんだよ。都会っ子は知らないでしょ!」
「お前も住んでるところそんな離れてないだろうが」
教えてくれたのはありがたいが、なぜか少し腹が立つ。しかし、改めて見ると夜空は息を呑んでしまうほどに綺麗で……1人で見るのも悪くないが、やっぱりみんなと見た方が少し楽しいような気がする。
「都会だと……見えないんだ」
「ちょっと難しいかもね。明るすぎると思うし」
「先輩にもこういうのを見せたい人とかいるんですか……へぇ、ふーん……」
「雪月、般若みたいな顔になってるぞ」
また嫉妬により殺気が滲み出ている雪月を宥めながら、俺は少し物寂しげな表情で星空を見上げる神凪さんの横顔を見つめる。その眼差しは夜空の中にここにはない何かを探しているようで、それを見ていると……
(……モヤモヤする)
なぜだか、少し変な気分になってしまう。体験したことのない気分だ。不快感、に似ている気がしなくもないが……
「……アンタには言われたくないわね。何でそんな悲しそうな顔してんのよ」
「俺、そんな顔してたか?」
「ええ、気持ち悪かったわ」
「もはやどんな表情をしたら気持ち悪がらないんだよ」
なんか前も似たような理由で顔が気持ち悪いと言われた気がする。自分ではそんな変な表情をしているつもりはないんだけど……あれ、なんか自分に自信がなくなってきたぞ?
「雪月ちゃん、ツンツンしてるね〜」
「何よ日向。ツンデレみたいに言うのやめてくれない?」
「ボクが受験で沈んでた時も『落ち込んでる顔なんて似合わないからやめなさい』って……痛い痛い痛い痛い!」
「余計なこと言った方が悪いのよ!!」
あれ、励ましだったのか……分かりづらすぎる。というか、日向が女子だって分かった後も容赦なく首絞めて落としに行っている雪月の姿はむしろ尊敬に値するだろう。
「はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」
「安心して、自分の手は汚さないわ」
「ボクは後輩の倫理観が心配で仕方ないけど、そう言いながら何もしないのが雪月の良いところ────」
「前言撤回よ!!」
「いだだだだだだっ! ヘッドロックはヤバいって!」
よし、もし日向に何かあったら俺が証言しよう……そう思いつつやけに静かな神凪さんの方を見ると、いつのまにか椅子の上でウトウトとしていた。隣で人が死にかけているのによく眠れるな……いや、もう眠気が限界なのか。
「俺は神凪さんを部屋まで運んでくるから、2人も早く戻ってこいよ」
「まって、そうま……くる、じ……」
「分かった、落とし終わったら行くわ」
会話があまりにも不穏すぎるけど……まあ、最悪明日の朝に扉を開けたら絶叫が聞こえるだけだから良いか。
「神凪さん、起きて。部屋行くよ」
「爽馬、くん……? ここ、私の……部屋……」
「はぁ……じゃあせめて動かないで」
「分かっ、た……」
ダメだ、もう意識がほとんど夢の中にトリップしている。起こしてしまうのも可哀想なので、俺は椅子に座っている神凪さんの上半身を背中にもたれかからせておんぶする形で持ち上げた。
(軽すぎだろ……男子とは大違いだな)
高校に入って一度、クラスの男子をおぶって保健室に連れて行ったことがあったが神凪さんはそれよりも遥かに軽い。完全に意識がないわけではないから俺の負担が少ないのもあるのだろうが、それを差し引いてもやはり驚きの軽さだ。
「流れ星……見たい、なぁ……」
半ば反射的に肩に手を回してきた神凪さんが落ちないようにしっかりと支え、ゆっくりと玄関の扉へと歩いていく。ヘッドロックをかけられている日向の叫び声はうるさいが、もうほとんど夢の中にいる彼女には関係のないことなんだろう。
俺はそう告げてドアノブを回し、最後にもう一度夜空を見ておこうと後ろに振り向いた。すると……
(…………今度は、4人で見られますように)
ほんの一瞬、一筋の流れ星が見えたような気がした。
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