第22話 星宮爽馬は思い出す。
「あっ! アンタたち、どこ行ってたのよ!」
「いやー、ちょっと近くのコンビニに! 振り込まないといけないやつがあってさ」
「良かった……何か、あったのかと……」
「……ごめん。すぐ帰るつもりだったんだけど」
日向の別荘に帰り着いた俺たちは、何事もなかったように2人に挨拶を済ませた後に部屋へ戻っていた。日向は備え付けられていたベッドの上、俺は倉庫から持ってきた布団で寝ることになっている。時刻はもう夜11時、今日はそれなりに遊んだし眠たくなってもいい時間だけど……
(……ダメだ、全っっ然眠れない)
さっきのことが気になりすぎて一切眠くならない。日向と何か話そうかとも思ったが、今は何故か話したくない。というか、ベッドに潜って黙りこくっているあたりもう眠っているのだろうか。
「仕方ない、あれ見るか」
こういう眠れない夜には、あることをするようにしている。俺はポケットの中からスマホを取り出しイヤホンをつけた後に自分のチャンネルを開く。そして、動画のアーカイブをずっと遡っていきあるものを探し出す。
「……これだ」
見つけ出したのは、2年ほど前の配信アーカイブ。俺がまだVtuberとして活動し始めた頃の1番印象深いとあるゲーム実況配信だ。
(この時の俺、本当に配信下手だなぁ……)
美少女になりきるのに必死でコメントもあまり拾えていないし、画面への注意も散漫。話も上手とは言えないし、ザ・配信初心者という感じで見るのも恥ずかしい。でも……
『……えっ、これ……スパチャ!? えっと、Springさん、《いつも見ていて元気を貰ってます────¥500》……あ、ありがとうございます!! 私も元気貰えました!』
この配信は、俺が初めてスパチャを貰った時の配信。その時にコメントをしてくれた人の名前も、内容も、全て一言一句間違いなく覚えている。
(元気を貰えたって言ってもらえて、すごく嬉しかったんだよな……確か、それでVtuberを続けてたんだっけ)
初めの頃は画面の向こうにいる人が楽しんでいるのか自信が持てなかった。自分が配信者としてちゃんと活動出来ていないんじゃないかと不安に思っていた。
でも……あのスパチャがきっかけで、俺は初めて配信に自信が持てた。だから、ありふれた言葉だけど忘れられない。
(見てもらえてるって実感できたから、今があって……あっ、そっ……か。もしかしたら、日向も────)
するとその瞬間、俺はふと日向のことを思い出す。日向はさっき、お母さんが喜んでくれればそれで良いと言っていた。でも……本当に、そうだろうか?
「なあ、どうなんだよ……『蒼井ハル』」
俺は画面に映った、日向の配信者としての姿……日向が自分で『女子の姿』だと言っていた蒼井ハルに向かって、答えが返ってこないことは理解しながらそう尋ねる。画面に映る彼女は心底楽しそうで、チャット欄にいる視聴者たちも楽しんでいることが伝わってくる。
(……イラついてたのは、このせいか)
さっき日向に苛立ってしまった理由にもようやく気づけた。それは、俺と同じだからだ。嘘の俺と同じで、ずっと本当の自分は隠して……それが鏡を見ているみたいで嫌だったんだ。
「日向、起きてるか?」
「……何? 恋バナ?」
「どうしてそうなった」
俺が日向の寝ているベッドに近づいて体をゆすると、日向は眠たそうな顔でこちらを見ながらそう返してくる。なぜさっきのことがありながら恋バナをすると思ったのか小一時間ほど問い詰めたい気持ちもあるが、今はスルーしておこう。
「恋バナじゃないならなんなのさ……ボク、眠いんだけど」
「さっきの話だ。付き合え」
「嫌だ、おやす────」
「逃がさないぞ?」
やはりあの話をするのは気まずいのだろう、話を断ち切ってさっさと寝ようとする日向の肩を無理やり掴んで俺はこちらに向いたままにさせる。ここで話さないと永遠にはぐらかされてしまうような気がする。
「……やめて、爽馬。怒るよ?」
「怒れよ。それで話せるなら安い」
「話も何もないって言ってるでしょ。ボクは今に満足してるから……お節介って言うんだよ、それ」
だが日向も頑固で、一筋縄では話そうとはしてくれない。目も合わせようとしないし、完全に会話を拒絶するポーズをとっているが……
「嘘だな。目が泳いでる」
「……っ、違うよ。これは……」
態度を変えたところで、クセを治すのは難しい。俺は狼狽える日向に対して畳み掛けるように話を続ける。
「お前、本当に辛くないのか? 嫌じゃないのか?」
「関係ない話でしょ、爽馬には」
「関係ある。お前が話したんだろうが」
言葉の節々に出ていた女子のような反応も、『蒼井ハル』としての配信も、俺に色々話してくれたのも……きっと、全部日向からのサインだったのだろう。
「大丈夫だって言ってるじゃん!」
「大丈夫じゃない! ずっと自分にも人にも嘘ついて……キツいだろ、それ! 自分でもどうすればいいか分からなくなってんだろ!」
「やめて! お願い、やめて……」
どれだけ拒絶されようと構わない。嫌われたって別にいい。それでも今は、日向から……作られた『日向』としてじゃなく、本当の彼女自身の言葉が聞きたい。
「答えろ、日向! お前は……」
「やめてって言ってるでしょ! 爽馬がボクの何を知ってるんだよ……何が分かるんだよ! 何も分からないくせに、そんなこと言わないでよ!!」
俺の言葉をかき消すほどの怒声が部屋の中に響いて、俺は思わず口を噤んでしまう。日向は怒りながら肩に置いた手を乱暴に振り解こうとするが、それでもその手を離す気にはなれない。だって……
「分かるよ、全部。気持ち悪いくらいに」
「……そんなわけ、ない……! なんで、爽馬に……」
「分かると思ったから、教えてくれたんだろ」
ずっと誰かの見たい姿であり続けることの苦労を、俺は知っている。身近な人にさえ嘘を吐き続けることの難しさを、俺は知っている。理想の自分からふと我に帰った時……求められているのは自分じゃないと気づいた時の孤独感を、俺は痛いほどに知っている。
だからこそ、分かる。日向が何を求めているのか、どんな言葉をかけて欲しいのか。それは……
「俺はお前に元気を貰ってる。一緒にいたら楽しいし、男子だろうと女子だろうと変わらない。だからこそ……俺は、本当のお前も見たい」
……きっと、こんなありふれた言葉なのだろう。




