第19話 星宮爽馬は頼まれる。
「夏だ! 海だ! バカンスだぁぁぁぁっ!!」
「うっさいわね! まあ、でも……確かにいい所じゃない」
「海、すっごく綺麗……魚とか、いるかな?」
「これだけ綺麗だったら結構いそうだけど……捕まえ方とか調べてみようか」
目の前に広がる白い砂浜、ゆったりと響く波のさざめき。学校近くの駅から電車に揺られること2時間、日向の叔母さんが経営しているという海の家がある海水浴場まで俺たちはやってきた。
「あらあら、皆さんお元気で。いつも日向がお世話になっております、日向の叔母です」
「こちらこそ。今回はお招き頂きありがとうございます」
「あら、こんなにしっかりした男の子がお友達なんて……今日は存分に楽しんでいってくださいな」
日向の叔母さんに挨拶を済ませ、早速俺たちは海の家の近くにある更衣室に向かう。平日ということもあり中にあるロッカーはあまり使われておらず、今日は人が少ないことを表している。
(……よし、着替え終わりっと。えっと、確か日向がテント立ててくれてるんだよな?)
色々と事情がある日向は服の下で着替えを着用していたようで、先に浜辺に行ってテントを立ててくれているらしいが……あっ、いた。
「おーい爽馬、こっちこっち! どう、似合ってる?」
「うん、似合ってる……けど、それ水着じゃないよな?」
「水着になったら2人に女の子ってことがバレちゃうし、そもそもボクは泳げないからね!」
「胸を張って言うな」
組み立て途中のテントの近くで手を振っているのは、インク柄のTシャツとオーバーサイズ気味なグレーのズボンを着た日向。全く泳ぐ気が感じられないが、まあ色々と複雑だし仕方ないか。
「あとはここをこうして……日向、そこにおもり置いといて」
「やっぱり力仕事は爽馬に任せた方がいいね。1人でやろうとしたら全然できなかったし……」
「2人ともちゃんとテント建ててるじゃない、感心ね」
そうして2人でテントを立てていると、次にやってきたのは赤色のヒラヒラとした水着を着た雪月。俺は少しそっちの方に目をやった後、続けてテントの設置を再開する。
「ちょっと! 似合ってるとか可愛いとか言いなさいよ!」
「なんというか親戚の子供を見てる感じというか、普通に似合ってるとは思うんだけど……」
「うーん……雪月ちゃん、可愛らしいね!」
「アンタたち、溺れるか埋められるか選んでいいわよ」
その後もへそを曲げてしまった雪月を横目に黙々と作業を続けていき、最後に少し位置を調整してテントの設営が完了した。すると、ちょうどそのタイミングで……
「あっ、氷雨先輩……えっ、やば……!?」
「いやー……あれは、もう……凄いね」
ちょうどテントで死角になっているところを見ながら、日向と雪月の2人が口をぽかんと開けてただただ感嘆の言葉を述べ始めた。何を見ているのだろうと思って、俺もそっちを見ると……
「どう? 似合ってる、かな……?」
「氷雨先輩! 写真撮りましょ、100枚くらい!」
「なんか……もう、言葉も出ないんだけど……」
(神凪さん、別格すぎないか……!?)
そこには、以前ショッピングモールで一緒に買った真っ白なワンピースに身を包んだ神凪さんがいた。前に一度見てはいるものの、やっぱり何度見てもよく似合っていて……綺麗な白い砂浜と合わせて、何かの映画のワンシーンのようだ。
「でも、泳がないんですか? 水着は持ってきてたのに」
「大丈夫……下に、着てるから。その…‥肌、ちょっと弱くて」
「日焼け止め塗りますよ! ほら、アンタ達2人はどっか行ってなさい!」
「なんでさ! 折角テント建て終わったばっかなのに!」
「諦めろ日向、俺たちじゃ雪月には勝てん」
そうして少し慌ただしい雰囲気の中、俺たちの海水浴は始まったのだった。
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「先輩! ここに塩入れたらなんか出てきますよ!」
「なにこれ……可愛いけど、気持ち悪い……?」
「どれどれ!? ボクも見たい!」
巣穴に塩を注ぎ込むと飛び出してくるキモ可愛い貝、マテ貝を見ながら楽しそうにしている神凪さんたち3人をテントから眺める。泳いでいる時に少し足を切ってしまったようで、血が止まるまで休憩というわけだ。
「はい、消毒液です。ちょっと深いですけど、すぐまた遊べますよ」
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「いえいえ、これが仕事ですから」
俺は日向の叔母さんが持ってきてくれた消毒液をハンカチに少し付けて傷口に強く押し当てる。少し傷に染みて痛いが、処置をせずに下手なことになる方が厄介だから我慢することにしよう。
「……どうですか、日向は」
「どう、とは?」
「すみませんね、突然。ただ、あの子が学校でどんな風にしているのか気になってしまいまして」
すると、まばらに聞こえてくる元気な声の中で日向の叔母さんが隣から静かにそう聞いてきた。その質問は一見なにげないものだったが、俺には何か含みを持っているように聞こえた。なら……
「学校でもあの通り、いつも元気な『男の子』ですよ」
「あら……わざわざありがとうございます。まだ、あの子に直接聞く勇気がなくて」
「大丈夫です。色々と複雑なのは知ってますし……俺も、つい最近教えてもらったばかりですから」
恐らく、この人も日向の事情を知っている1人なのだろう。俺が『男の子』と言った途端、さっきまでは穏やかだった表情にほんの少しだけ影が刺したような気もしたが……すぐにそんな兆候は無くなって、また元の笑顔に戻る。
「そうですか、あの子が……そう言うことを話せる友達が出来たんですね。安心しました」
「それなら良かったです」
「……少し、お話させていただいても?」
「……お願いします」
そして楽しそうに遊ぶ日向のことをじっと見つめながら、神妙な声で日向の叔母さんがそう切り出してきた。一体、何を言われるんだろうか。
「詳しいことはあの子が話すでしょうから、これは私からのお願いです。どうか、どうか日向を……本当のあの子を見てあげてください。あんな性格してますけど、根はとても優しい子ですから……自分を後回しにしてしまうほどに」
あまりに抽象的で何を言っているのかよく分からないが、もしかして日向が男装している理由と何か関係があるんだろうか。多分、聞いても答えてくれないだろうけど。
「後回しって、日向は誰かのために男のフリを?」
「それは……私より、あの子に。きっと聞いてほしいと思っているでしょうから」
「……分かりました。見ておきますよ、ちゃんと」
「ありがとうございます……日向は、本当に良い友達を持ったんですね」
やっぱりはぐらかされてしまったが、否定もしなかった。つまりは、そういうことなんだろう。それが分かっただけでも収穫だ。
「爽馬……って、2人でなに話してるの? 恋バナ?」
「そろそろおやつにしようか、言うとったんよ。大きいスイカ、取っといたんやけど……食べる?」
「本当!? 雪月ちゃん、神凪さん! スイカだって!」
(ちゃんと見てあげて、か……)
俺はまるで小学生のような元気でそう叫ぶ日向を見ながら、日向の叔母さんから頼まれたことを何度も反芻するように考える。その時に食べたスイカの味は、なぜだか分からないがやけに甘く思えたのだった。