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第11話 白姫雪月は分からない。

(氷雨先輩、今日はいっぱい付き合ってくれたなぁ……)


 もう既に暗くなってしまったいつもの帰り道。氷雨先輩と別れた後、私はその道を今日撮ったプリクラを見ながら1人で歩いていた。


 先輩と知り合ってから、毎年私の誕生日はこうやって私の好きにさせてくれて……本当に、今日は楽しかった。大好きな先輩と、好きなだけ遊べた最高の誕生日だったと思う。でも……


「氷雨先輩……こんな時まで、あの男の話をしなくたって……!」


 それでも、ひとつだけ許せないことがあった。それは、あの男……星宮爽馬の存在だ。あの男と知り合ってから、先輩は私といる時もその話をするようになって……本当はもっと、私を見て欲しいのに。


(やっぱり、この写真をばら撒いちゃえば……)


 ……うん、やっぱりそれがいい。それが1番手っ取り早い。私がやったなんて疑われることはないだろうし、あの男にもそれを言う勇気があるとは思えない。


 そう思って私はポケットの中のスマホを取り出し、とりあえず氷雨先輩のLIMEに送ろうとする。でも……


「……やっぱり、いいわ」


 何度も送ろうとした。何度もばら撒こうとした。それでも、なぜかその度に指が止まってしまう。何でこんなにモヤモヤした気持ちになるのか……私には、分からない。


「それにしても暗いわね……ちょっと遊びすぎたみたい」


 時間はもう夜の9時をとっくに過ぎている。街灯の光も心もとないし早く帰ろう。そう思って、小走りで帰り始めた……その、少し後のことだった。


「いたっ……ごめんなさい! 急いでて……」

「……ううん、大丈夫だよぉ」


 曲がり角から出てきた男の人とぶつかり、私は反射的に謝る。顔は暗くてよく見えないけど、なんだろう……なぜか、胸騒ぎがする。


「じゃ、じゃあ失礼しますね! それじゃ────」


 少し失礼かもしれないとは思ったものの、私はその直感に従って急いで歩き去ろうとした。だけど……目の前の男は、そんな私の手を掴んで離れられないようにした。


「その声……君、りんごちゃんだよねぇ?」

「な、何のこと……ですか……」

「やっぱり! その声、大好きなんだよなぁ……」


 目の前でしゃくりあげるように笑うその男の目は、どこか不気味で……身の危険を感じて逃げ出そうとしても、手がしっかりと掴まれて動けない。


「やめて……ねえ、やめてよ! 離して、気持ち悪い!」

「おっほ、生の罵倒! 最高だぁ……」

「離して、離してよ……!」


 気持ち悪い。怖い。手が震えて、足が動かなくなって何もできなくなる。夜遅い道には、もう人通りもない。助けは来ない。このまま、私は……


(誰か、助けて────)


 視界が涙でにじんで、全てを諦めて目を閉じようとしたその瞬間。


「────さっさと……手、離せよ!!」

「ぶへぇっ!?」


 おぼろげな私の視界に映ったのは、道の向こうから急いで走ってきた『誰か』……他でもない、私が大嫌いなあの男の姿だった。


(どう、して……?)



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「────さっさと……手、離せよ!!」

「ぶへぇっ!?」


 走り込んだ勢いそのままに、俺は目の前にいる気持ち悪い男の顔を全力で殴る。男は気持ち悪い声を上げて倒れ込み、その間に俺は白姫さんとその男の間に割り込むようにポジションを取った。


(見失った時はどうなるかと思った……!)


 少し目を離した隙に帰るスピードを上げたのか、1度は住宅街の中で彼女を見失ってしまったけど……曲がり角から聞こえてきた声で、何とか手遅れになる前に見つけることが出来て良かった。


「……じゃ、邪魔をするなよ! 僕は、りんごちゃんに会いに……!」

「誰だ、それ。コイツは俺の後輩だよ」

「違う! 僕はその子のファンなんだぞ! お前なんて、お前なんて……!!」


 そう言って立ち上がりながら不審者は俺に掴みかかろうとしてくるが、その顔を今度は全力で真正面から殴り飛ばす。


「ファンじゃなくて……ただのストーカーだろうが!!」

「ぶふぉっ!?」


 かれこれ2年近くクソ重い機材を全身に付けて配信してるんだ、ピッ○ロ式のトレーニング方法によって付いた筋肉を舐めるな。


「気持ち悪いんだよ! 勝手に人の住所特定して、気持ちも考えずにストーカーして……お前みたいな奴がファンを名乗るな!!」

「くそ……くそ! 覚えてろよ!」


 次こそは……と言わんばかりに、その男は鼻血を出しながら俺たちに背を向けて逃げ去っていく。


 まあ今頃は、()()()()匿名の通報で呼び出された警察官たちが周囲を巡回している頃だろうから……『次』があるかどうか見ものである。


「白姫さん、立てる?」


 俺は後ろでへたり込む彼女の方に手を伸ばし、立ち上がることを促す。だが彼女は立ち上がることなく、俺に不安げな声でこう質問してきた。


「……どうして?」

「何が?」

「どうして……私を、助けたの?」


 どうして、って言われても……そんなの、答えは決まっている。


「だって、放っておけないから」


 行動に移す前は、打算とか仕返しとか色んなことを考えていたけれど……結局、終わってみたらそれが理由だった。ただ、放っておけなかったんだ。


「……わけ分かんない……私、アンタを嵌めようとしたのよ?」

「しっかり写真まで撮られたもんな」


 俺だってわけが分からない。別にこの後輩を助ける義理もないし、俺に利があるわけじゃない。それでも、気づいたら動いていた。


「アンタを氷雨先輩から引き剥がそうとしたのよ?」

「毎日監視に来るくらいだったしな」


 俺を嵌めて、神凪さんから遠ざけて、監視して脅迫を続けたこの後輩を……それでも放っておけないと思ってしまったのは、きっと……


「じゃあ、なんで……!!」

「……なんとなく、その気持ちも分かるから」


 彼女を俺と重ねてしまったからかもしれない。置かれている状況も、神凪さんと話したいって気持ちも、そして今回の出来事だって……程度の違いはあれ、白姫さんは俺とどこか似ている気がした。


「……分かんない」

「今、なんて……」

「分からないの……何がしたいの? 何が目的なの? 何なのよ、アンタ……本当、分かんない……!」


 少しの静寂の後、吐き捨てるようにそう呟いた白姫さんは、急に走り出してそのまま見えなくなってしまった。彼女の様子を見るに、まだまだ大変なことはありそうだけど……


(……とりあえず、サイ○リヤ行くか)


 今はそれより先に、この腹の虫を抑えることにしよう。

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