標本
三題噺もどき―ひゃくななじゅうよん。
お題:骨格標本・寝台・共通点
(ん……)
意識が戻り。
視界に飛び込んできたのは。
ずらりと並ぶ筒のようなものと、箱のようなもの。
(……?)
そのどれもが、液体で満たされている。
色は様々。黄色だったり青だったり、紫だったり。―実のところそれは、その容器の後ろにあるライトの色だったのだが。今の私には、そこまで思考が回らない。
(……??)
見える、それらにある一つの共通点。
目の死んだような生物や、骨のみになった魚が浮かんでいる。
―すべて、死を見せている。
どろりとした瞳でこちらを見やり。空洞の瞳でぎろりと睨んでいる。すべて固定されたように、身じろぎもできず、時の流れなど皆無だというように。
じっと息をひそめ、死に続けている。
(……??)
骨の身が泳ぐそれらには、その名前と共に「骨格標本」という文字が躍っている。視力はいいほうなのだ。細かくともある程度は見える。―というか、ああいうのは知識としてある。見たのは初めてだったが。
骨を並べ、元の形を再現し、その死を固めて、見世物にしているもの。
見世物は言いすぎかもしれないが―というか普通に言い過ぎか。しかしまぁ、そういうものだろう。
(……???)
しかしなぜ、私が、ここに居るのか分からない。
今得た情報は、今見える範囲のことだ。
視界を動かそうにも動かないのだ。身体も何かに固定されているように、動かない。頭も動かない。首も回らない。口は開かない。瞬きもできない。指も曲がらない。関節すべてが固定されている。
(……??)
皮膚が何かに触れている感覚もない。
息を、呼吸をしているような感じもない。
むしろ、心臓そのものが動いていない気がする。
血の巡りが死んでいるような気がする。
(……??)
けれどなぜか、腰のあたりには、激痛が走っていたりする。
(……??)
正直その痛みに嘆きたいぐらいなのだが。
泣き叫びたいぐらいなのだが。
先に言ったように、口も開かない。瞳も動かない。涙も溢れない。
痛みに悶えることなんてできない。
(……??)
何が起きているのか。
私が今どうなっているのか、まったくもって分からない。
ただひたすらに混乱し、惑っている。
―そこに、一組の親子が視界に入り込んできた。
(たすけ―)
と、声を出そうにも、もちろん喉は震えない。
―言うのを忘れていたが、ほんの数分前?から、視界の隅を親子連れや独り身の人などが、横切っていた。各々、魚や生き物の骨格標本を眺めながら。
そして今。その親子連れが一番近くによってきた。
その子供が、私を指さし、大声で告げる。
『すごい!!人魚の剝製だって!!』
(人魚の…はくせい……???)
『すごいねぇ…』
―どこで見つかったのかなぁ?
そういう子供の無邪気な声はもう耳に届かなかった。
(人魚の剥製??)
どういうことだ?
私を見ていったのか?
私を指していったのか?
何が起こっている?
状況が分からない―
何が、あった―?
(―――ぁ…)
私は、今になって思いだす。
この景色を見る前。
その前に見た景色。
(――――あぁ…)
目に痛いほどの明かりに照らされて。私は寝台に寝かされていた。意識は朦朧としてる。ただ下半身が冷たい。足の感覚が不思議とない。腰の周りに違和感がある。ゆっくりと視界を動かす。いかにもな人がたってた。何か楽しそうに嬉しそうに眺めていた。
私を。
私の下半身を。
なんといっていたか。
たしか―
(「ようやくせいこうした」)
なにがだったのだろう。
何に成功したのだろう。
私はそれを確認する間もなく、意識を手放したのだ。
そして。
(そして―)
意識がもどると、ここにいた。
(あぁ―――)
そういうことだったのだろうか。
こういうことだったのだろうか。
私はもう。
何もできないままに。
ここに居るしかできないのだろう。