表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

第一話 プロローグ

更新はスローペースになるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

青草のむせ返るような匂い。初夏の風。色々な種類の花々が辺り一面に咲いていることが感じ取れる。


柔らかい日差しに包まれ、俺はゆっくりと目を開いた。


何故だか視界がはっきりとしない。まだ寝ぼけているのかも知れない。


どうやら俺は草原の上で昼寝をしてしまっていたらしい。


草原?変だな?俺はいつも通り…いつも通り?いつも通りならどこにいるはずなんだ?だめだ分からない…


取り敢えず体を起こそうか。まだはっきりとはしない頭で、自分の体を起こそうかと考える。


しかし、どういうわけか体がいうことを聞かない。腕で体を支えて起こそうとするのだが、なんというか…力のかかり方が、いつもとは違うのだ。


どうしたのだろう?寝ぼけすぎて、体の使い方を忘れてしまったのだろうか。


体の状況を確認しようとして自身の手に視線を送る。


相変わらず視界ははっきりしないが、物の輪郭がぼんやりと見え始める。俺の目に、毛の生えた何か棒状の物体が映る。


なんだこれ?なんか、動物の足みたいな。ん?動く…動くぞ…その棒状のものは俺の意思に従って動くようだ。


少しずつ頭がはっきりしてくる。今度は自身の体に視線を落とす…毛だ…え?毛?腹も…腕も…下半身も…毛、毛、毛…


服は…来てない。なんだこれ?どうなってるんだ?俺の体に何が起こったんだ?


なんとか四つん這いの姿勢で体を起こし、俺は混乱を鎮めようと視線を上げる。目に入ったのは、一面の草原だった。俺には見覚えのない場所。


なぜ俺はこんなところにいるんだ?だめだわからない…


俺は呆然として立ち尽くしてしまっていた。さっと穏やかな風が吹き抜けていく。色々な草花の匂いが風に乗って運ばれてくる。


何故だか妙に匂いに敏感だな。そう思いながらも、その風に幾分冷静さを取り戻し、俺は周囲に誰かいないか確認することにした。


「おーい」そう叫んだはずだった。しかし、自身の口から出た声は、俺の予想とは違うものだった。「ワン」


ワン?ワンだって?これじゃまるで…まるで…そこまで考えていた思考が、自身の敏感な嗅覚によって遮られる。


後方から何者かが近づいてくる匂いを嗅ぎ取ったのだ。振り返るといくつかの黒い影がこちらに向かって走ってくる。


直感的に影の正体と、こちらへの敵意を感じ取る。灰色の犬のような姿をした生き物。普通の犬と違うのは、目が赤く光っているという点だ。


あっという間に俺は、三体のヘルハウンドと呼ばれる魔物に取り囲まれてしまった。


おいおいおい!まずいぞ…こっちはまだ自分の状況も分からないってのに!周りを見回すが、自身を助けてくれそうなものは何もない。


「ウ~~~~…」ヘルハウンドは牙をむき出し、俺の周りをじりじりと回りながら、こちらを威嚇してくる。どうやら俺をナワバリへの侵入者だと思ったらしい。


俺としては、こいつらに危害を加える気は一切ないんだが…しかし、逃げ道は塞がれてしまっている。


体格としては、中型犬よりやや大きいくらいだろうか…これくらいなら戦えるか?嚙まれたら痛いのかな…?痛いんだろうな…


三体のうちの一体が別の一体に顎で合図を送る。どうやら群れのリーダーらしい。


合図を送られた一体は、唸り声をあげながら、俺との距離を詰め始めた。まずは下っ端で様子見ということなのだろう。こちらとしてはそれでもたまったものではないが…


ええい。他に選択肢はない。何も状況は分からないが、こいつらを倒さなければ、やられるのはこちらなのだ。


俺が覚悟を決めるのとほぼ同時。「ガウッ!」と声を上げてヘルハウンドが飛び掛かってきた。俺は腕を振り上げ応戦しようとするが、うまくいかない。


ならばと思い、思い切って体当たりを繰り出す。「キャヒッ!」意外なことに身体がぶつかると、吹き飛んだのはヘルハウンドの方だった。


よし、思ったよりも体が動く、それに向こうが吹き飛んだということは、体格で勝るのはこちらということだろう。


俺はその事実に少し勇気を得て、改めて身構える。相手は少し怯みながらも、数で押し切れると判断したのか、今度は一斉に飛び掛かってきた。


俺はなりふり構わず、自身の体を振り回した。状況が分からない今、頼れるのは、相手よりもこちらの方が体が大きいという点だけだ。


必死に体を動かし、相手の体に自身の体をぶつけていく。何度か噛まれ、爪を立てられた。そのたびに身体には激痛が走る。だがこんなところでやられるわけにはいかない。


痛みをこらえ体当たりを繰り返すうちに、相手も徐々に弱っていく。頼む!早く、早く倒れてくれ!呼吸が荒くなる。噛まれたところが痛む。それでも体当たりを繰り出すことをやめない。


どの位の時間そうしていただろうか。不意に相手が動きを止めた。俺は今や全身はズタボロで、まぶたが腫れたのか、視界が効いていなかった。


頼む、もう諦めてくれ。ガクガクと震える足で、自身の体を支えながら、勝利の小さな可能性に希望を抱く。


しかしその考えが甘かったことにすぐに気が付く。ヘルハウンドたちは一斉に口を開き、その奥底に赤い光をたたえ始めたのだ。


まずい!炎を吐く気だ!そう思い至るが、体はケガと疲労で鉛のように思い、クソ!とにかく数を減らせ!俺は手近な一体に体重を預けるように身体をぶつける。


「グギャ!」その一体は、俺の体重をまともに受け、どうやら気を失ったらしい。なんとか…一体。


身体を起こし、残りの二体に目を向ける。ああ、遅かったか…二体の黒い魔犬は、口の中でエネルギーをためこみ、今まさに炎を吐こうとしているところだった。


ちくしょう…こんな何もわからないままやられるなんて…極限の状況に置かれ、却って冷静になったのか、俺は自身がずっと舌をだらしなく垂れていたことに気が付いた。


まったくしまりがないな…情けない…二体の魔犬が同時に火球を吐き出す。なすすべなく呆然と自身に迫る火球を眺める。


こんなときだというのに、どこか他人事のような感覚に陥る。ああ、こんな何もわからない状況で、俺は死ぬのか…衝撃に備え、目を閉じる。自身の息遣いが妙に大きく聞こえた。


静寂が辺りを包んだ。何も聞こえない。火球はどうしたのだろうか?俺はもう死んだのだろうか?少しづつ感覚が現実に戻ってくる。


俺は…生きている…火球で焼かれたわけでもない。鼻先に今までに感じていなかった匂いを感じる。俺は恐る恐る目を開けた。


見知らぬ人影が俺の前に立ちはだかっていた。両手には短剣が握られている。何をどうしたのか、火球は影も形もなくなっていた。その人物は、両手に持った短剣を構え直し、ヘルハウンドへと向かっていく。


あっという間の出来事だった。二体の魔犬は攻撃を繰り出す間も、逃げる暇も与えられずに短剣の餌食となっていた。


「お嬢様。済みました」その人物は、短剣の血を拭いながら、何事もなかったかのような調子で後方へと声をかける。「ご苦労様でした。ミスティ」後ろからそう声が聞こえてくると同時に、俺の体を何か柔らかいものが包み込んだ。


俺は警戒し、体を捩って脱出を試みた。「お嬢様!」短剣使いが慌てて駆け寄る。「大丈夫、大丈夫よ」俺を包み込んだ何者かは、声で短剣使いを制す。


「ヘルハウンドを三体も相手に…よく頑張ったわね…」ゆっくりと声の主へと振り返る。初夏の日差しに、よく映える金色が揺れている。


「私はアイシャ。アイシャ・クロード・フォン・エルネスト。今日からあなたの主人よ。」柔らかい風が少女の髪を揺らしていた。


邪気のない笑顔に、力が抜けていく。途端に猛烈な疲労感に襲われる。ああ…疲れたな…少し…眠ろうか…


膝を折り、少女の膝枕に迎えられる。ふわりと、良い匂いが鼻先をくすぐる。ゆっくりと意識を手放しながら、俺は最後に彼女の声を聞いた。


「これからよろしくね。ワンちゃん」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ