プロローグ
久しく持ちえなかった感情、焦り。始祖神とも創造神とも言われている神が急いでいた。
始祖神となって初めて創世した世界・・その作業が終わり、小休止とほんの少し目を離した隙だった。神のほんのひと時とは、100年経過した世界を言うのだが・・・
『メビウスの輪』と呼ばれる時間軸。その片隅で初めて創った世界、周囲には他の始祖神達が創った世界がひしめていた。同じ時間軸には、数多の始祖神達が創世した世界がさらに分岐して生まれる並行世界により、始祖神への信仰をさらに集めていった。
時間軸の容量は無限ではない。創造に有利な場所は、先達たる始祖神達により占められており、もはやこれ以上分岐するのは限界かと思われる状態だった。
何気なく隣の世界を眺めてみた。
その世界には、枯れた『世界樹』と世界に満ちた人族、それに従属するように見える獣人族。各地に見える白亜の神像は、始祖神だろうか信仰が満ちている世界が見えた。
獣人を見た時・・英雄と呼ばれて戦いに終始した頃を思い出した。彼ら(獣人達)の助けなしにはいずれの戦いでも勝利は無かった。
『がんばれ』
始祖神は、他の始祖神の世界へ干渉が出来ない。やっかみから世界を破滅に導くことがあるためだ。しかし、声に出さないで思いを浮かばせる事が悪いとは言えないだろう・・・
そんな一時だったのだが・・・
思いもしない事が起こっていた・・・それが創造した世界を破滅と進めていた。
全ての世界は、三つの構成で出来ている。
第一は、『物質』と呼ばれている。火・水・木・生物・ウイルスから原子・中性子と呼ばれている物である。
第二は、『精神』と呼ばれている。神・精霊・幽体・魂・思考・記憶など、それ事態は存在しているだが実態を確認できない物である。死などで失われた精神は、神により再生成されると言われている。
第三は、『魔素』と呼ばれている。『物質』と『精神』の中間に位置する『半物質』である。
『魔素』は、『魔法』を行使する為の素材だと考えられている。それは間違いではないのだが、魔素を全て言い表しているとは言えない。
『魔法』には、二通り存在している。
通常の『魔法』は、『魔素』を介し『自然現象』を実体化する方法と言われている。
それに対して神の行う『まほう』は、『神代魔法』と言われ『魔素』を介さない『超常現象』を言う。代表的な『神代魔法』は、特殊な空間にアイテムを収納する事ができ『収納魔法』と呼ばれている。これは、収納魔具と呼ばれている神具で行う。
また、各地に残る魔法陣では瞬時に移動する事が出来る。
これ以外にも各地に独自の『神代魔法』が残っている。
失われた『神代魔法』もあると言われ、各地にその残滓が残っている。
『神代魔法』は、アイテムや魔法陣で現存しているだが現生の『魔法使い』や『魔術師』『魔導士』或いは『錬金術師』でも、それを新たに制作するのは不可能だと言われていたのだが。
始祖神が最初に創世した世界は、あまり良い環境ではなかった。その地は、魔素に満ち溢れていた。いや、通常の物質の殆ど存在しない世界。あらゆる構成が魔素により出来ている世界だった。
『神力』により創世した世界は、魔素を高度に凝縮する事から始まった。徐々に半物質から物質へと変化していく。出来上がった物質の一部を凝縮して太陽とした。種々雑多な魔素が物質化していく・・それに伴い周囲に散らばっていた『精神』を内部へ収集集約していった。その姿は、太陽に照らされた宇宙空間に漂うアメーバに見える。
やがて高度に集約して成長した精神は知性を持ち始める。高度に成育した知性体は、有り余る魔素を利用して『魔法』を作り出していった。
魔法は、自己成長に役立ったが・・・ある日、一つの変種が現れる・・その変種は、他者を排除する事に魔法を使いだした。排除した知性体を取り込み分裂し増殖する変種体。
その世界に現れた変種体は、周囲の知性体を取り込み己の勢力を強大化させる為ひたすら他者を侵略していった。一見、宇宙空間に漂う雲状のアメーバが付近のアメーバに接近して吸収合併する様は、幻想的ではあるが・・・・
この付近以外では、順当に成長していた。各地の知性体は、周囲の魔素と精神を取り込みながら穏やかに成長していき、己を創造してくれた始祖神を敬い感謝を捧げていた。
神の『神力』とは、この感謝から来る信心を蓄えた物である。従って争いだけで信心の無い世界からは『神力』は得られない。
ただ争うだけの世界は、一度発生しただけで 他の穏やかな世界に襲い掛かり急激にその勢力を拡大していく。
始祖神がその存在に気付いた時には手遅れになっていた。
争いの世界は、短時間で穏やかな世界を駆逐しようとしていた。
創世された世界で唯一の始祖神でも出来ない事がある。一旦起きた事象を無かった事には出来ない。例え『神力』を生み出さない世界が出来たとしても、それを過去にさかのぼって修正する事は出来ないのである。
始祖神は、唯一の太陽に近づく。世界創世の最初に創った星で、惑星を持たぬ小さな太陽だが、世界はこの太陽に依存するように創られていた。
杖を出し、太陽に突き刺すと己の『神力』を注ぎこむ。
急激に成長を促されると、巨大化しながらその命が尽きてゆく。
巨大な赤い太陽は、風船のように一瞬で弾けると世界を呑み込み消滅させてしまう。
『さて、どうしようかの。』
杖をその場にて、畳にのの字を書くように先端を回すと時間軸に飛び散った塵が集まってきた。
集まった塵は、99%が魔素、1%が物質。精神は広範囲に分散していた。
『ふむ、このまま作っても同じ事を繰り返すか、では。』
神は半分の『神力』を使い、魔素を物質へと変換してしまう。これで、魔素50%物質50%の塵ができた。
『そうじゃな、新たな世界に相応しい理としてみるか。』
メビウスの輪、その片隅に自分の理想とする世界の創世が始まった。