7回目 周りの状況
迷宮に入り、そのまま奥へ。
ある程度のところまでは、乗り合い馬車や自動車が走ってる。
迷わずそれに乗り込んでいく。
歩いて進むなんて面倒な事はやらない。
一緒に乗ってる他の探索者の視線が痛い。
いずれもヒロトシへの敵意に満ちている。
いつもの事なので気にしない事にする。
不愉快きわまりないが。
ただ、一緒の新人はそうもいかない。
ヒロトシの事は話には聞いていた。
どういう状態なのかも噂程度の内容は知っている。
しかし、それに巻き込まれる事までは想像してなかった。
そして、そうなってみてヒロトシが置かれた状況を垣間見る事になる。
面と向かって何か言ってくるほどのバカはいない。
そんな事をすればどうなるか。
それは、過去にヒロトシが起こした行動で把握されている。
とはいえ、敵意や蔑視を向けるくらいはやってくる。
そんなものに巻き込まれて、新人は困惑した。
ヒロトシと一緒にいるから仕方ないのだろうが。
そんな新人にヒロトシは、
「気にするな」
と声をかける。
それなりに大きな声で。
「馬鹿な話を真に受けてるバカ共だ。
まともな頭なんか持っちゃいない。
そんなの相手にしてたら身が持たないぞ」
居合わせた連中全員に伝わるくらいの声だ。
空気が一気にはりつめる。
新人もそれを感じ取る。
だが、それで何らかの行動が起こるわけでもない。
むしろ、それを契機にヒロトシに向けられていた視線が消える。
でないと面倒な事になるのを誰もが理解していた。
それを見て新人も何となく察していく。
ヒロトシに従っておいた方がいいと。
でないと自分も悲惨な目にあいかねないと。
そう察するくらいに、周りの態度は変わった。
(いったい何をしたんだか)
そう思う。
噂は少しは聞いているが。
なにせ新人もこの迷宮都市で生まれ育った者だ。
それなりに話は聞いている。
しかし、具体的な事は分からない。
だが、他の者の態度から色々と察する。
何かとんでもない事があったのだろうと。
聞いてるだけの噂もそれほど間違ってないのだろうと。
(余計な事はしないようにしよう)
そう決意した瞬間である。
もとよりそのつもりだったが。
現実を実感してより強くそう思った。
そうでなくても、迷宮で生き残ってる強者である。
下手に逆らったら命が幾つあっても足りない。
実際、魔力を大量に抱えてる探索者は、それだけで危険な存在でもある。
そんな連中に楯突くようなバカはまずいない。
それでもヒロトシについてきたのは、親爺からの進言があったからだ。
無口で無愛想なオッサンであるが、必要な事は伝えてくれた。
「迷宮に行きたいなら経験者は紹介する」
そう言って紹介されたのがヒロトシだ。
噂は聞いていたので大丈夫なのかと不安だったが。
それが顔に出たのだろう。
親爺は更に言葉を続ける。
「実際に会ってみろ。
でないと分からん事もある」
そうして今に至っている。
分かったのは、ヒロトシを取り巻く状況が噂通りという事。
そして、穏やかとは言い難い態度をとる者達に、ヒロトシが強気で出る事。
なにより恐ろしいのは、それに反発する者がいないという事。
時に傍若無人に振る舞う迷宮探索者がだ。
それだけヒロトシが怖いのだろう。
でなければ、探索者が黙ってるわけがない。
危険な迷宮できったはったをしてる連中だ。
荒くれが多い。
そんな連中が黙って何も言わないのだ。
そうさせるだけの何かをヒロトシが持ってるという証拠である。
(とんでもない人についてきちゃったな)
今更ながらそう思う。
だが、もう遅い。
既に迷宮にまで来てるのだ。
引き返すわけにもいかない。
行ける所まで行くしかない。
そんなヒロトシと新人を乗せて、乗り合い馬車は迷宮の奥へと向かっていく。
ヒロトシにとってはいつもの事だが、不穏な空気を乗せながら。