55回目 話など聞くな、どうせ大した事は言ってない
「助けてくれ!」
盗人達から命乞いが飛び出す。
しかしそれは、要望という形をとった脅迫である。
自分に都合の良い方向に話を進めようとする。
ヒロトシはそれを察していたので聞く耳など持ってないが。
それに気付かず盗人達は声を上げ続ける。
「俺達には家族がいるんだ」
「養わないといけない奴がいるんだ」
概ねそんな事を口にしていく。
ヒロトシはそんな連中に、
「そういう嘘は簡単に見破れるから」
と返していく。
「魔力を使えば、嘘か本当か何て分かるから。
そういう嘘を言っても意味無いぞ」
なので、ヒロトシは微塵も同情しない。
むしろ、そうやってお目こぼしを得ようとする魂胆に怒りをおぼえる。
「それが本当でも、だから何なんだ?
だったら迷宮で稼げばいいだろ。
それを盗みに入ってきたんだからな。
ふざけんな」
なんでそんな手段に出るのか、理解が出来なかった。
「ふざけんな、この人殺し!」
ヒロトシの言葉を聞いた連中は、方針転換をしてくる。
「迷宮に放り込むなんて、どういうつもりだ。
死ねってのか!」
「死ねよ」
にべもなく言い返す。
「死んで何が悪いんだ?」
ヒロトシの正直な感想である。
命がけで戦って持って帰った魔石。
それを売って得た稼ぎ。
それを横取りしようとする連中を生かしておく理由はなんなのか?
「命は平等なんかじゃねえよ。
お前らの命が、まともに生きてる連中と同じだと思うな」
働いて得た稼ぎを奪う。
そんな事をする連中を野放しにする。
そちらの方がよっぽど危険だ。
そんなのを放置していたら、安心して暮らせない。
「助かりたいからって脅迫するのも気にくわない」
それもある。
「お前らを殺したとして、それの何が悪い?
俺らから生きてくのに必要なもんを奪おうとしやがって。
それで俺達が食っていけなくて死んだらどうするんだ?
この人殺しが」
盗みなどの悪事の問題はこれである。
悪事とは相手に損害を与える。
損害とは、何にせよ相手に死ぬ方向での害を与える事だろう。
それが即座にやってくるのか、時間をかけてやってくるのか。
その違いがあるだけだ。
程度の大小なんてのも関係が無い。
適切な対価が支払われない。
そんな一方的な損失を強いる事。
それはそのうち大きな損失になる。
結果として命を失う事になるし、様々な機会や可能性を見逃す事にもなる。
そんな事を強いる者達を生かしておく理由は無い。
「頼む、助けてくれ!」
ヒロトシの冷淡さに盗人達はようやく察する。
相手が全く自分達を許すつもりがないのを。
それでも更に命乞いは続く。
彼等はその可能性に賭けていく。
「もうやらない、これからはまっとうに生きるから」
「嘘吐くな」
これまたにべもなくはねのけていく。
「そういう反省しますって嘘はどうでもいいから。
そんな殊勝さがあるなら、最初から盗みなんてしないしな。
悪さなんてしない」
人間、そんなもんである。
やる気があるなら、とっくに別の何かをやってる。
というより、最初から悪さなんてしない。
そもそも、悪さをしようなんて発想がない。
「まともに考える奴なら、覚悟を決めて迷宮に入るわな。
そうしないって事は、そうするつもりがないって事だ」
これまで何人も新人を見てきた。
それ以外の連中も。
それで気付いた事である。
まっとうに生きていこうとする者は、迷宮行きを覚悟する。
そもそも悪事を働こうなどとは考えない。
だが、悪事を働く者はそうではない。
なぜか他人から奪う事。
それを考える。
他の手段を全く考えずに。
発想からして違うのだ。
命がけになっても自分で稼ごうとする者がいる一方で。
他の誰かから奪うことしか考えない者がいる。
前者はともかく、後者を助ける謂われはない。
そんなのを野放しにしていたら、いつ誰が被害にあうか分からない。
「だいたい、人間が反省するわけねえだろ。
人間、絶対変わらない。
それが変わるなんて言っても誰が信じるか」
前世も含めた人生経験。
そして、今生で見てきた様々な人間。
魔力を使って考えを読むことが出来るのもあって、ヒロトシはそう考えるようになった。
少なくとも例外は今まで存在しない。
まっとうに頑張ろうとする奴は最初から頑張る。
そうでない、悪事に走る者は最初から悪事に走る。
その違いがはっきりしてるので、ヒロトシは決して容赦はしない。
それでも最後の慈悲として、わずかなりとも生き残る可能性を与えていく。
「集まってくる怪物を倒せ。
そうすれば生き残れるぞ」
不可能に等しい条件だ。
だが、出来ないと決まったわけではない。
最弱の怪物ならば、素手で撃退出来る可能性もある。
あくまで可能性があるだけだが。
その可能性が高いかどうかは別だ。
正直、成功率は低い。
全く無いと言ってよい程に。
それでもまだどうにかなる可能性はある。
問答無用でこの場で処分してないだけでも温情というものだ。




