表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/104

5回目 不便な場所にある便利な場所

 相変わらずの渋い換金率で魔石を現金にして。

 ヒロトシは町外れに近い所にある宿へと向かう。

 悪評が流れる前から仲が悪くなってる実家には向かわない。

 それよりも、町にいる間の拠点になってる宿の方が、まだ居心地が良かった。



 その宿も、繁盛してるとは言い難い。

 迷宮から遠いので、探索者の利用はほとんどない。

 かといって、町の外に繋がる街道からも遠い。

 おかげで町に出入りしてる商人達も利用しない。

 なんでこんな所で開業してるのか不思議な宿である。



 だが、そのおかげで値段は安く、新人探索者などにはありがたい存在だ。

 利便性よりも安さが必要な新人達にとって、こういう宿は強い味方だ。

 ついでに、長年うだつの上がらない盆暗にとっても。

 そのどちらでもないヒロトシにとっても、この宿は便利な存在だった。



「ちーす」

 軽薄な挨拶をしながら中に入っていく。

 受付には、愛想の欠片もない親爺が一人。

 じっとヒロトシを見つめて、

「……なんだ、生きてたのか」

と熱烈な歓迎の言葉を寄越してくれる。



 一事が万事。

 これがこの宿における極めて日常的な業務態度だ。

 これでよく利用者がいるものだと感心する。

 だが、その分来る者拒まずな所がある。

 犯罪者や悪党の類はさすがに撃退するそうだが。

 そうでなければ、どんなのでもそれなりの値段で寝床を提供してくれる。



 ヒロトシのように、身に憶えない悪評をたてられた者にはありがたい。

 何せ、まともに投宿させてくれるところなぞ、ここくらいしかない。

 他だと法外な値段を提示されるか、はっきりと断られるか。

 さもなくば、寝込みを襲われるかだ。

 預けていた品が盗まれる事もある。

 そんな事がないだけでもありがたいというもの。



 そんな親切な宿に敬意を払い、ヒロトシは最上の部屋を使ってる

 払えるだけの金がある場合に限るが。

 出来るだけそういった部屋を利用する事にしていた。

 他に利用者がいないから問題無く使う事が出来る。



 また、そういった性質の宿屋だけに、別の利点もある。

 似たような境遇の人間が集まるのだ。



 犯罪者や悪党でなければ誰でも寝床を貸す。

 言い換えれば、謂われのない悪評に苛まれる者がやってきやすい。

 そういう連中が集まってるのもこの宿だ。

 おかげでヒロトシにも居心地がいい。



 また、そういう人間同士だから、連携も取りやすい。

 少なくとも互いに攻撃し合う事は無い。

 積極的な連携はとらないにしてもだ。

 少なくともお互いに干渉しない、不可侵条約が不文律として存在している。

 そんな雰囲気が、居心地の良さを存外生み出している。



 そんな空気に引き寄せられたのか。

 入ってすぐの広間に、見慣れない顔があった。

 出入りする人間がほぼ固定な宿だ。

 迷宮に籠もってる時間が長いヒロトシでも、同じ宿にいる他人の顔をおぼえるくらいに。

 そんな中で新顔は目立つ。



(何があったんだか)

 何かをしでかしたのか。

 それとも、何かをされたのか。

 どっちなのか、どっちもなのか。

 理由は分からないが、こんな所に流れて来るだけの理由があるのだろう。



 あるいは、本当に新人の探索者なのか。

 金がないから、不便なこんな所を使うしかないのかもしれない。



 ただ、何にせよ、見知らぬ顔がそこにある。

 それだけでも珍しい。

(長居するような場所じゃねえしな)

 新人なら、稼げるようになってさっさと出て行く。

 そうでないなら、迷宮に潜ってるか、迷宮で死んでるか。

 そんな理由でいずれ顔を出さなくなる。

 何にしろ、そうそう長くいるような場所ではない。

(がんばれよ、新人)

 胸の中でそう応援して、部屋へと向かう。



 応援はするが、所詮は他人。

 関係がなければどうなろうと知った事ではない。

 それよりも久しぶりに安心して休める布団の方が大事だ。

 警戒は解けないが、それでもゆっくり休めるのはありがたい。



 人間の持つ三大欲求の一つを満たすべく、部屋へと向かう。

 六畳くらいの、この世界ではかなり広い寝床。

 一人用で使えるその部屋に置いてあるベッドに飛び込む。

 これまた意外なほどスプリングが効いて弾力のある感触を楽しむ。

 この世界ではかなりの贅沢品だ。

 場末にある宿に置いてあるのに、最初は驚いた。



 その感触に体を沈めながら目を閉じる。

 眠る直前に、魔力による警戒や警報を張り巡らし。

 それから眠りについていく。

 安全安眠は、なかなか得難い贅沢だ。

 それを満喫しながら、意識を手放していった。



 そんな平穏を久々に味わった翌日。

 ヒロトシは無愛想な親爺に面倒を押しつけられる。

「こいつを迷宮に連れていってやれ」

 顎でしゃくりながら示したのは、昨夜見た新顔だった。



「またかよ」

 そう言いながらも新人を見る。

 緊張してるのか顔が強ばってる。

 そんな新人に、

「やる気があるならついてこい」

とだけ告げる。

 その気があるなら、これだけでついてくる。

 そうでないなら、それまでだ。



 幸い新人は、「は……い」といってヒロトシの後ろについてくる。

 それなりにやる気があるようで何よりだった。

 その気が無いのが一番困る。

 訳も分からずだろうが、とりあえずついてくる。

 それだけでも良い。



 そんな新人をつれて、ヒロトシは広間の一角に座る。

「さて、とりあえずお話をしようか」

 まずはそこから。

 向かいに座った新人との面談を始めていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 活動、および生活支援をしてくれるとありがたい。
 書くのに専念出来るようになる↓
『執筆時間を与えてくれ/BOOTHでのダウンロード販売』
https://rnowhj2anwpq4wa.seesaa.net/article/483314244.html

【短編】小説ならぬ小話集
https://rnowhj2anwpq4wa.seesaa.net/article/484786823.html
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ