40回目 選べる道
場末の宿に戻ったヒロトシとミナホ。
広間で飯を食べ、そこから話をしていく。
内容は極めて事務的というか職業的な事だ。
今回の新人教育でさせた事、その意味。
それで何が出来ようになったのか。
最低限、なにが出来るようになって欲しいのか。
そして、今後はどうしていくつもりなのか。
探索者として必要なのは何なのか。
そういった事を話し合っていく。
その中で、何が駄目だったのかなどは一切出さない。
言うだけ無駄だ。
駄目だしなど、人を潰すだけで何の効果も価値もない。
それよりは出来る事を無難に伸ばしていく。
その方が効果がある。
細かい事を言い出せば、そこにも更に色々と注釈がつく。
しかし、大まかな方針はそんなものだ。
それで無難にやっていく事が出来る。
それらを話したところで、ヒロトシは本題に入っていく。
「どうだ、今なら元の探索集団に戻ってもやってけるんじゃないか」
ヒロトシはそれを提案していく。
今回、ミナホが解雇・追放になった原因は、動きの鈍さにある。
その原因は低下していた視力だ。
そこが解消されて問題はなくなった。
迷宮内で動きを見たが、問題らしい所は見つからない。
むしろ、動きはかなり良くなっている。
その状態なら元の場所に戻る事も出来るはずだった。
原因が消えてるのだから。
人間関係に問題が発生してるわけでなければ。
それに、聞けば解雇・追放にあたっても、そんな酷い対応をされたわけでもない。
相手もそれなりに気を遣ってる。
ならば、やり直せる可能性はある。
「その気があるなら、一度顔を出してもいいと思うぞ。
それが駄目だってんなら、ここの連中と一緒にやればいいけど」
そういって、別の道も示していく。
実際、この場末の宿を拠点としてる探索者集団もある。
そこに入る事も出来る。
色々な事情をもって流れ着いてきた連中のたまり場である。
訳ありなもの同士で固まって迷宮に挑んでる。
ミナホを邪険にする事はないだろう。
元の所に戻るつもりがないなら、そういった道もある。
「他の探索者達の所にはいるってのもあるし」
それも選べる道の一つだ。
募集をかけてるところがどれだけあるか分からない。
しかし、今のミナホなら、どこでも採用されるだろう。
それだけの能力はある。
問題は、募集を今してるところがあるかどうかだが。
それなら募集が出て来るまでここで頑張ってればいい。
そうしてこの場末の宿から卒業していった者もいる。
そういった道が今のミナホにはある。
ここにいる必要もない。
そう聞いたミナホも考える。
これからどうしたいのか、どうすればいいのかを。
そこでミナホは魔力を使った。
智慧や思慮を増大し、これからの事を考える。
考える材料は少ないが、そこから様々な事を予想し、可能性を考えていく。
今の自分にとって、もっとも良い答えを求めて。
そうした魔力の使い方は、ヒロトシが教えたものだ。
魔力による能力増幅。
それがもたらす可能性。
単なる戦闘力の上昇だけではない。
能力が上昇する事で得られる可能性の数々。
その説明を聞いていたミナホは、今の段階で考えられる最善を考えていった。
確かにヒロトシの言うとおりではある。
戻ろうと思えば戻れるだろう。
問題の原因は消えたのだから。
しかし、完全に消えたわけではない。
視力の補強には魔力が必要だ。
根本的な機能の改善にも。
それをやるには、更に多くの魔力が必要になる。
その魔力を手に入れられるかどうか。
前の探索者達の所に戻っても、それが可能なのか。
それはさすがに無理だと分かってしまう。
今までの探索者達の所では、実入りが少ない。
分け前が少ない。
生活するだけならともかく、視力の補正に必要な魔力の確保が難しくなる。
それならば、まずはここで魔力を稼いだ方が良い。
視力の補強にしろ、生活にしろ、ここで頑張ってる方がまだ実入りは良い。
もし以前の所に戻るにしても。
別の探索者達の所に行くにしても。
視力の問題が片付いてからでも良い。
むしろ、この問題が片付かなければどうにもならない。
そういった事を含めて、様々な可能性を考えていく。
もっと材料があれば、様々な判断が出来るだろうが。
今現在考えられる範囲で出て来る最善は一つだけ。
そこに辿り着いたミナホは、答えをヒロトシに伝える。
「ここで頑張ります。
その方がいいですから」
「そうか」
ヒロトシもそれ以上は何も言わなかった。
「ただ、出来れば仲間と一緒の方がいい。
一人だと、何かあった場合にまずいから」
「そうですよね」
そこはミナホも同意していく。
もし、迷宮の中で倒れたらそれで終わりだ。
救助してくれる仲間がいなければ死ぬしかない。
それを避ける為にも、同行者は欲しい。
「それについて親爺に言ってくれ。
ここにいる連中に話をつけてくれる」
「分かりました」
それにはミナホも素直に頷いた。
ただ、宿に残ってる探索者は他におらず。
今はまだ迷宮内で活動中。
帰ってくるまでまだ時間がかかる。
すぐに戻って来るなら、それまで宿でゆっくりしてればいいが。
あいにくと、それまで一ヶ月ほどはかかる。
いずれもヒロトシの薫陶を受けた者達だ。
長期間の迷宮滞在が基本になってる。
その為、一度出かけると長期間留守にしてしまう。
一応、親爺に要件は伝えていくが。
戻って来るまで手ぶらというのももったいない。
なので、しばらくはヒロトシと共に迷宮入りする事になった。
「よろしくお願いします」
「はいはい」
元気よく頭を下げるミナホ。
ヒロトシは多少の呆れを含んだ笑みを浮かべて応じた。




