19回目 強い怪物に遭遇したらもっと危険な事になっていた
働いて働いて、それこそ命がけで。
寝ずに頑張っても、手元に残るのはそう多くはない。
その事実は多くの者を絶望させるのだろう。
しかし、わずか5日で百万円単位を稼げる。
全部は使えずとも、半分は残せる。
考えてみれば、それはそれで凄い事だ。
「いや、これは凄い事なんじゃないか?」
新人は実際に手元に残る金額を見てそう考えるようになった。
間違ってはいない。
実際その通りだ。
今回の稼ぎ。
どのくらい換金するかにもよるのだが。
二ヶ月か三ヶ月は暮らしていけるだけの成果を得ている。
5日の労働でだ。
そう考えると凄まじいものがある。
通常、一ヶ月の労働で一ヶ月分の生活費が稼げる程度なのだから。
もし迷宮で一ヶ月寝ないで働いたらどうなるのか?
この数倍の稼ぎが得られる。
となれば、半年から一年くらいの生活費を一ヶ月で稼げる可能性がある。
あらためて考えると、そういう可能性にいきついた。
「でもな、なかなかそうもいかないんだ」
考え方をあらためはじめた新人に、ヒロトシが待ったをかける。
「確かに凄い事なんだけどな。
でも、それはあくまで雑魚相手にした場合だ」
そこで新人は、「あっ」と声に出す。
確かに今回の迷宮入りで戦ったのは、最弱と言われる昆虫型の怪物だけ。
それ以外とは戦ってない。
迷宮の奥にいるという、強力な個体とは。
「運が良かったよ」
しみじみとヒロトシは言う。
迷宮に出現する怪物の種類は様々だ。
その強弱にも違いがある。
最もよく見るのは、昆虫型と言われる怪物だ。
だが、それ以外にも怪物は存在する。
それらはたいてい昆虫型よりも強い。
植物型や獣型、人型などなど。
様々な形態を持つ迷宮の怪物。
その強さは昆虫型を上回る。
「ものによるけど、昆虫型の数倍は強いと思っておけ」
体感からヒロトシは敵の強さをそう評価している。
「その分、使わなくちゃならない魔力も増える。
利益だって減る」
魔力の消費が大きいというのは、経費がそれだけかかるという事だ。
利益もその分だけ削られてしまう。
「確かに強力な怪物は、その分魔力も大きい。
倒せば手に入る魔力も増える」
それが救いではある。
これで収穫が少ないのでは泣くしかない。
「けどな。
強いって事は、死ぬ可能性も跳ね上がる。
幾ら儲けが大きくなっても、割に合うかどうかは分からん」
結局こういった問題が絡んでくる。
かける手間に見合った収穫になるのかどうか。
確かに強力な敵を倒す事で得られる成果は大きい。
だが、費やさねばならない魔力と、かけねばならない命。
それらを天秤にかけた場合、果たして釣り合いがとれるのかどうか。
「そういうのに遭遇する可能性もある。
迷宮の奥に行けば行くほど、その可能性は高くなる」
今回、そういう強力な怪物に出会わなかった。
それは運が良かっただけだ。
「普通、一週間近くも迷宮の奥に居れば、一回は出くわすもんだ」
それが無かったのだから、本当に幸運だ。
もっとも、出て来たら出て来たでどうとでもなった。
新人はともかく、ヒロトシは迷宮の奥で活動してる熟練者だ。
強力な怪物との戦闘を何度もこなしている。
今更尻込みしたりはしない。
よほど運が悪くない限り、ほぼ確実に勝てる。
とはいっても、あまり気乗りはしない。
やれば勝てるというのと、楽に勝てるというのは違う。
また、必要の労力の違いも大きい。
出来るなら楽して稼ぎたい。
そういう点では、最弱の怪物を大量に相手にする方が楽なのだ。
確かに儲けは強いものに比べて少ないのだが。
それでも十分な稼ぎを得る事は出来る。
雑魚の相手というのは、決して実入りが悪いものではないのだ。
危険の少なさを考えれば、むしろ割が良い。
ヒロトシはそう考えている。
「この先迷宮に入るなら、このことも考えておけ。
弱い怪物だけじゃないってのを」
その事に新人は戦慄をおぼえた。
強めの敵というのはいったいどれくらい強いのか。
戦った事がないからそこが分からない。
そんな新人にヒロトシが声をかける。
「それを見るために、今度はもう少し深い所に行く。
覚悟をしておくように」
ありがたい申し出だ。
経験を積むことが出来る。
しかし新人は、うんざりした顔をした。




