102回目 古くからの因縁の一つを潰して面倒を一つ消す 3
逃げ出した者達も無事というわけにはいかない。
その場から逃れようと走り出したのは良いのだが。
そうなると自然に奥へと進むことになる。
入り口方向にヒロトシがいるからだ。
それがどれだけ危険な事なのか。
迷宮探索者の彼らが分からないはずがない。
しかし、それよりも危険なヒロトシが入り口方向をふさいでいる。
(こうなったら……)
危険を覚悟で彼らは逃げていく。
その方向がより危険だったとしても。
人間の本能なのだろう。
目の前にある小さな危険よりも、すぐ近くにない大きな危険を選んでしまう。
間違ってるというわけでもない。
確実に存在する危険を避け、遭遇するかどうか分からない危険に向かうのは。
上手くいけば、危険に出会わないで済む。
多分に運試しになってしまうが。
そんな元仲間、というか憎たらしい敵の背中を見送り。
ヒロトシは苛立ちを募らせる。
「根性見せろよ」
かつて言われた言葉を吐き捨てて。
辛いからなんだ──。
危険だからなんだ──。
それに立ち向かっていけ──。
根性を見せろ──。
かつて近所の連中に無理矢理連れていかれた時に聞かされた言葉だ。
無理や無茶を強要され、それをする理由として出て来た言葉。
根性────。
それを理由に無茶苦茶な事をさせられた。
なのにだ。
今、それを強いた連中は逃げ出している。
ヒロトシから逃げていく。
どこにも根性というものは見られなかった。
「だらしねえな」
こうして逃げるなら、根性と言っていたのはなんだったのか?
無駄や無理を強いていたのは何だったのか?
全てが無意味だったという事でしかない。
それ以外の結論はありえない。
そうした連中を見て怒りが生まれる。
嫌々ながら付き合わされ、無理や無茶をさせられ。
その挙げ句、させてる方は逃げ出す。
何なのだと言いたくもなる。
「その程度か」
ただのかけ声でしかなかった。
ただ口にしてるだけだった。
そこに何の意味もなかった。
それをありありと感じていく。
だとしてもだ。
やってくれた事が消えるわけではない。
無意味どころか危険な事に放り込まれた。
怪我はもちろん、下手したら死んでいた。
そんな事に付き合わされた。
強制された。
「落とし前はとってもらうぞ」
でなければやってられない。
魔力を使う。
能力を底上げする。
逃げていった連中を追いかける。
どこに向かったのかはすぐ分かる。
気配が残ってる。
強化された感覚で検出出来る。
それを辿ればいい。
強化した身体能力で追いかける。
一気に追いつく。
一人一人を叩きつぶしていく。
「──っ!」
悲鳴も上げられずに、次々に倒れていく。
「どうした?」
逃げていく者達の背後。
あえて追いかないで煽っていく。
「その程度か?
逃げないとまずいぞ」
すぐに追いつけるが、そうやって嘲笑していく。
「それにさ。
根性はどうした?
強敵でも逃げずに立ち向かうんじゃないのか?」
そうも言う。
近所の連中が常に口にしていた事を。
だが、それに応える者はいない。
止まれば死ぬ。
ヒロトシが殺しに来る。
その事を近所の連中も分かっている。
説得や交渉は出来ない。
ヒロトシはそんな事しない。
そういった駆け引きをヒロトシは求めてない。
ヒロトシの要求は一つ。
近所の連中の死。
それだけだ。
その事を、近所の連中は感覚的に察知していた。
自分達を許すつもりなど、ヒロトシは持ってない事を。
何より。
それが出来る力をヒロトシは持っている。
分かってるから逃げる。
そこには脅威に立ち向かう根性など欠片も見あたらない。
逃げる事に全身全霊を注いでいる。
「使い方が違うだろ」
呆れてしまう。
敵に立ち向かうために根性は用いるものだったはず。
それを、敵から逃げるために使っている。
どうしたんだ一体、としか言いようがない。
しかし、近所の連中はそれどころではないようだ。
能力強化も行わずに、ひたすら逃げていく。
「しょうがねえな」
埒があかないので、片付ける事にした。
不可視の壁を、逃亡してる連中の足下に設置する。
それに躓いて、勢いよく転んでいく近所の連中。
顔から、ろくに受け身も取れずに床に突っ込んでいく。
近所の連中のほとんどがそれで捕まった。




