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三話 コネを逃す

「岸まで送りますよ」


 布を纏める男性にそう言うと、彼は首を傾げた。


「そう言えば、君、どうやってここに?」


 ふっふっふっ

 よくぞ聞いてくれた。私は父お手製の水上移動板(サーフボード)を立てかけて胸を張る。


「この水上移動板(サーフボード)でです」

「櫂は? 流されたのかい?」


 男性はキョロキョロと辺りを見回す。


「違いますよ。波で動かすんです」


 百聞は一見に如かずである。

 私は水上移動板(サーフボード)に飛び乗って波を起こした。

 岩の周りをぐるっと一周。


「すごい! ただの板なのに。風で波を? いや、違うな、水魔法か!」


 男性の反応は想像以上だった。

 気を良くした私は特別に最近習得した水上ジャンプ(エアリアル)を決め……ようとして盛大に海に落ちた。


「大丈夫かい?」


 板に掴まり男性の待つ岩に戻る。


「だい、じょぶ、です、う、げっほ」


 男性は噎せる私の背中をさすってくれた。


「そんなわけで、送りますよ。安全運転しますから」


 鼻水をかむと、意気揚々と申し出る。

 久しぶりに水上移動板(サーフボード)を褒められたのが、嬉しかったのだ。なにせ、昔は私が何をしようと「すごいぞ、リーゼ」と褒めてくれた父は、近頃「お前ももう十二なのだから、少しは女らしくできんのか」としか言わない。

 クルトには「すげえ――。馬鹿」と褒められてるのか、貶されてるのかよく分からない物言いをされる。

 こんなに便利なのに……


「じゃあ、カールスルーエまででもいい?」


 布を丸めて膝の上に置くと男性は私の後ろに乗る。


「どこでも!」


 こうして私は男性とタンデムでカールスルーエの水路に向かった。



 移動中の男性は終始テンションが高かった。


「すごいすごい。もっと速度を上げてほしいな」


 とご機嫌だった。調子に乗ってスピードを上げ、曲がり角で男性を振り落としてしまっても……


「いやあ。楽しいねえ」


 笑顔で水上移動板(サーフボード)に這い上ってくる。楽しい水上散歩だった。


「あ、次の分岐右にお願い」


 男性の指示にしたがい水路を進むことしばし――

 見慣れない風景に私は困惑していた。


「本当にこっち?」


 恐る恐る背後の男性に尋ねる。

 水路の両端に建ち並ぶのは、驚くほど立派な家々だった。真っ白な壁に美しい装飾の施された窓。

 すれ違う船は美しく塗装され、どこも剥げていない。

 貴族街に入り込んでしまった。そう気づいて血の気が引いていく。ゲームではヒロインで、力と功績を認められて学園に入学していたけれど、今の私はただの平民の子供。勝手に入り込んでいい場所ではないのだ。


「うん、次は左ね」


 男性は平然と告げる。

 ちらちらと男性を観察する。日に焼けていない白い肌。手入れの行き届いた長い髪。着ている物も上等だ。間違いなくここの住人。すなわち貴族だ。そもそも趣味の研究などに打ち込めること事態、有閑貴族である証に他ならなかった。


「貴族の方とは知らずに色々と申し訳ないことを……」


 三回も水に落としてすみません!

 この世界は現代日本とは比べ物にならない階級社会である。貴族とその他の間には大きな壁が存在する。


「何言ってるの、君は命の恩人だよ。それに子供がそんなことを気にしない」


 縮こまる私に、男性は朗らかに笑った。


「あ、そこで降ろしてくれる?」


 男性は水路に作られた階段を示す。


「本当に助かったよー。ああ、申し遅れた。僕はヴィリ。ヴィリバルト・ジーゲルだ。君は?」

「リーゼ・ローエです。ジーゲル様」

「やだなあ、命の恩人だって言ったでしょ。ヴィリでいいよ」


 男性……ヴィリは、今度は少し悲しそうに笑った。


(本気で悲しんでる?)


 ゲームの中は別にして、敬われなくて侮られたと怒る貴族は見たことがあったけれど、悲しむ人は初めてだ。

 彼が貴族だと気づくまで、年の離れた友人ができたみたいで楽しかった。こんな別れかたは嫌だ。


「それ……」


 私は紫の布を指差した。


「完成したら、見せてね。ヴィリ」


 ヴィリは花が開いたように笑う。


「ああ! もちろんだとも。できたら一緒に飛ぼう!」

「いや、それはいいわ」

「そんなあ」


 間髪入れず断ると、ヴィリは情けない声を上げた。かと思えば、あははと大声を出して笑いだす。

 呆気にとられたけれど、屈託のないその笑い声を聞いているうちに、何故だか私まで楽しくなって一緒に声を上げて笑った。


「こんなに笑ったのは久しぶりだよ。楽しかった」

「私も楽しかった。完成楽しみにしてるね」

「期待してて」


 ヴィリに手を振り水上移動板(サーフボード)を走らせる。

 ふと、何かにひかれるように背後を振り返る。ヴィリはまだ水辺に立ってこちらを見ていた。白い長い髪が風に靡く。


(どっかで見たような……)


 その光景に既視感を覚えた。

 ヴィリの背後に赤い屋根の尖塔が見える。タウゼント学園だ。

 私は息をのんだ。


(ジーゲル学園長!?)


 タウゼント学園には学園長が存在した。攻略対象ではなかったけれど、お約束のようにイケメンだった。冷たい眼差しが一部の女子に人気で、なぜ彼が攻略対象じゃないのかと嘆く声が上がっていたものだ。ジーゲル学園長は絹糸のような真っ直ぐな長い白い髪に、黒い瞳。ヴィリの特徴にがっつり当てはまっている。


(いや、でもヴィリバルトなんて名前じゃなかったような……)


 それに雰囲気も随分違う。


(親戚とか?)


 腕を組んで水上移動板(サーフボード)に乗りながら考え込み、帰宅してから気づいた。


(タウゼントに入りたいって言えば良かったー!)

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