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二話 人類の夢

 ゲームの中のリーゼは中途編入だった。

 本来学園は十二歳になる年で入学するのが一般的だ。そして十八歳になる年で卒業する。

 十五で入学したリーゼは平民出だというのも相まってそれはそれは苦労する……とナレーションで語られていた。プレイヤーから見れば、全部類まれな水の魔力で片付けちゃうわけで、苦労など殆ど実感できなかったけど。

 しかしここは現実である。しなくてもいい苦労はしたくない。

 つまり私は一刻も早く学園に入学する必要があるのだ。

 ヨアフォルも間近で見られるしね!



「そんなわけでクルト。手っ取り早く学園から勧誘が来るにはどうしたらいいと思う?」


 愛用の水上移動板(サーフボード)に乗って、クルトの職場を訪れ尋ねる。

 病弱な母親と二人きりのクルトは勤労少年である。親方について鍛治の修行の真っ最中だ。


「知るか。消えろ」


 クルトは今日もちょっぴり語彙がきつい。


「そうだ、これあげる、塩飴」


 私は袋を差し出した。中には半透明の飴玉が入っている。

 鍛治は大量の汗をかく。休憩中のクルトの髪にも服にも汗をびっしょりとかいたあとがある。


「なんだよ、そりゃ」

「前さ、仕事のあとに時々頭が痛いって言ってたでしょ? あれ、良くないんだよね」

「どういうことだよ」

「汗をかくと水分と電解質が失われるから、水とナトリウムを補給しないといけなくて」

「待て、意味がわかんねえ。とりあえず、それ食っときゃ頭痛が治るんだな?」

「水分もとってね」


 そう言うとクルトは目を眇めて私を見た。もともと少しばかり眼光が鋭いクルトがそんな表情をすると妙な迫力がある。


「お前の前世ってやつ、信じてもいいぜ」

「え!?」


 私は驚きの声をあげた。


「馬鹿なのに、時々妙に頭が回るからおかしいとは思ってた。その板だって、普通思いつかねえだろ。そんな使い方。馬鹿だけどな」


 大事なことだから二度言ったんですね……


「真面目にやってて良かった保健体育」


 副教科だと思って手を抜くなよー。が口癖だった体育教師の畑中先生に感謝を捧げたい。


「じゃあさ、じゃあさ。学園入学の夢も応援してくれる?」

「平民初のタウゼント学園入学か。いいんじゃねえの。お前が入れば前例になって次が出るかもしんねえしな」

「やったあー!」


 幼馴染の賛同を得て、私は拳を突き上げた。


「目指せ! タウゼント入学! 目指せ! 玉の輿!」


 瞬間、すっと隣の空気の温度が下がる。


「……玉の輿?」


 低い低いクルトの声。


「お前、玉の輿が目的で入学すんのかよ?」


 あ、あれえ?

 私、乙女ゲームの概要話したよね? ヒロインだって言ったよね?

 じっと緑の瞳で睨まれる。太陽の光を受けて緑に混じったヘーゼルが金に輝いていた。不思議な瞳だ。思わずその色に見入っていると、ふっとクルトが鼻で笑った。


「まあ、いいか。お前が選ばれるわけねえしな」

「ちょっと、それどういう意味!? こちとらヒロインだよ? 超絶……とはいかないけどそこそこ美少女だよ?」


 素朴な美少女とシナリオにあったように、今生の私の顔は整っている。ミルクティー色のウェーブがかった髪に、青い瞳。黙っていれば可愛いとよく言われる。


「黙ってりゃな」


 そう、こんな風に。


「黙ってたら可愛いなら、喋っても可愛いでしょ……」


 周囲の評価はいまいち納得いかない。


「まあ、いいや。ヨアヒム様はきっと私の魅力をわかってくれるから」


 逆境にもめげず健気に頑張る平民出身の少女に会い、己に媚びへつらう貴族たちに囲まれて凍りついたヨアヒム様の心は次第に解けていくのである。


「でさ、話は戻るけど手っ取り早く学園から勧誘が来るにはどうしたらいいと思う?」


 そう切り出したとき、「クルト!」と呼ぶ声が聞こえた。


「やべ、親方だ。じゃあな。これ、ありがとな」


 クルトは立ち上がると、服についた砂埃を払う。


「ちゃんと飴舐めて水分とってねー!」


 走るクルトの背中に、私はそう念押しした。



 一人になった私は、水上移動板(サーフボード)に乗って水路を移動し、海に出た。そのまま近くの岩場に向かう。

 十二にもなれば、女子なら行儀見習いに行き男子なら仕事を手伝うのが一般的だ。父が大工の親方で庶民としては比較的安定した暮らしを送っているといえど、私も働かねばならない。しかし私の場合はちょっと違う。器用に水を操れる技術を応用し、素潜りに勤しんでいた。

 まず、水に潜る時に体の周りの水を排除し空気をまとう。そして細い空気の通り道を常に確保しながら海底に潜るのである。呼吸を気にせず濡れもせず何十分でも何時間でも魔力が切れるまで潜れてしまう。貝採り放題である。


(……今気づいたけど、これ、前世で見たやつだ)


 頭にヘルメットを被り海底を散歩する姿を思い出す。それの全身版である。やはり知らず知らずこれまでも前世に影響を受けていたらしい。


(あれ? そういえばヒロインって貝採ってたっけ?)


 ゲームは十五歳から始まるが時折、ヒロインの過去について語られていた。


(確か花が好きで花屋で働いていたって記述があった気がする)


 ヨアヒムに花言葉を教え、「永遠の愛」の意味を持つ花をプレゼントされるのだ。花を捧げるヨアヒムのスチルは、ゲーム中で一二を争う素晴らしさだった。


(大変。花言葉覚えないと、あのシーンが見られない! ……貝言葉ってないかな?)


 海のチーズと言われる見事な二枚貝をぽいぽいと収穫袋に入れながら、私は真剣に考えた。

 腹も満たされない花より、売れてなおかつ食べられる貝の方が魅力的に決まっている。



「今日も大量大量」


 私の他に採るものがいない場所での素潜りはいつもすぐに袋がいっぱいになる。

 ふんふんふんと鼻歌交じりに水上移動板(サーフボード)に乗り、移動する。水路へ向かう途中、海の上に紫色の大きな布が漂っているのに気づいた。


(洗濯物でも飛ばされてきたのかな)


 あまりに綺麗な紫だったので、私は興味を惹かれて布に近づいた。


(でかっ)


 布は驚くほど大きかった。

 シーツにしては細長く、カーテンにしては丸っこい。端には何本かロープが結ばれている。

 ロープの先を目で辿り、近くの岩場に打ち上がっている妙な物体を見つけた。

 目を凝らしてぎょっとする。人間だった。

 うつ伏せで上半身を岩場に横たえている。波が寄せるたびに、白く長い髪がゆらゆらとたゆたう。

 私は急ぎ水上移動板(サーフボード)を走らせた。


「あのー、生きてますか?」


 恐る恐る肩をつつく。


「う……」


 うめき声が聞こえた。ひとまず生きていたことにほっとする。


「大丈夫ですか」


 再び肩をつつくと、瞼が震える。やがて白髪の人物が目を開けた。白い髪とは正反対の黒い瞳でじっと私を見ると、手をついて、体をおこす。顔に張り付いた長い髪をかき上げ、首を傾げた。


(女性かな? それとも男性?)


 どちらとも取れる中性的な美貌の主だった。

 白い髪に負けないほどその肌も白い。いっそ病的なほどだ。


「ここ、どこ?」


(男のひとだ……)


 声を聞いてようやく性別がわかった。そう思って見ると胸はぺったんこだし、心なしか体格も骨ばって見える。


「海です。カールスルーエの近くの」


 私は背後にそびえるカールスルーエの街を指し示した。

 男はきょろきょろと辺りを見回し、波に揺られる紫の布に目を留め、ぽんと手を打つ。


「そうか。実験途中に落ちたんだ」

「実験? もしかして最近流行りの気球ってやつですか?」


 この世界ではやっとこ気球の試作に乗り出したところだ。炎は空を飛ぶ魔力を産み出せる、という少しばかりずれた認識でカールスルーエの研究家たちは気球の開発に精を出している。浮力を失い落下した気球による被害が出たため、街の上空を飛ばすことは禁じられているが、町の西側に広がる草原の上空では、よく色とりどりの気球を見ることができた。

 まだ無人の段階のはずだが……


「おしい! 僕が研究しているのは少し違うんだ。気球は球状の布に火の魔法を集めるだろう? 僕は風を使う。楕円の布に椅子を括りつけて、継続的に風を送り、一人で空を飛べる画期的な乗り物を考えたんだ。」


 ……モーターパラグライダーかな?


「人類の夢だよね。空を飛ぶのは」


 男は目を輝かせる。まだ叶っていない夢のように語るが、実はすでに空を飛べる人はいる。しかも生身で。フォルカー様だ。彼は風の魔力が非常に強く、コントロール能力にも長けている。彼はその力で自由自在に滑空できた。

 あれは入学半年後のストーリー。貴族たちの反感を買ったヒロインは罠にはまり暴漢に拐われる。馬車に乗せられ、カールスルーエから連れ出され、あわや国外に売られる。絶体絶命のピンチにフォルカー様は空を飛んでやって来て、暴漢たちをなぎ倒す。

 普段は静かなフォルカー様のあの時の鬼神のごとき迫力といったら、まさにギャップ萌え。このストーリーで一気にフォル担が増えたらしい。


「風の魔力は足りてるんだけどね。どうも微調整がうまくいかなくて、布が膨らんでくれないんだよ」

「それなら、たぶんすぐ解決できますよ」

「ええ!? 本当!? どうやって?」


 昔、旅行先で空にいくつものパラグライダーが飛んでいるのを見たことがあった。

 あんな布でどうやって空を飛ぶのだろうと、すぐさまスマホでパラグライダーの構造を検索した。前世の私は気になることはすぐさま調べる検索魔であったのだ。

 私はロープをひっぱり、布を手繰り寄せた。やはり一枚構造だ。


「布を二重にするんです。前後は開けたまま二枚を縫い合わせて、細長い空気の通り道を作ってあげたらいいんじゃないかと」


 指で縫い目を表しながら説明する。

 男の瞳がどんどんと輝きを増していった。


「確かに、それならいけるかもしれない。すごいな、君。一目見ただけでわかるなんて」

「いやー、それほどでも」


 私は照れ隠しにへらりと笑った。

 すごいのは私じゃないけれど、いいってことにしとこう。

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