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一話 思い出す

「あーーーーーーーーー!!」


 十二歳のある日。

 私は幼馴染と王子様の十五歳の誕生日を祝うパレードを見に言った。

 馬車に乗った威風堂々たる王とその隣で優しそうに笑う王妃様。剣を携えたたくさんの近衛たち。

 そして白馬に乗った金の髪の王子様――

 澄んだ青い瞳。穏やかな笑み。隣に付き従うのは乳兄弟であり近衛でもある黒髪の少年。

 二人の姿を見た時、突如前世を思い出したのだ。


「ヨアヒム様とフォルカー様だ!」

「ああ、そうだな」


 叫ぶ私の隣で幼馴染が相槌を打つ。


「ヨアヒム様とフォルカー様だよ!!」

「んなこと、みんな知ってる」


 何言ってんだこいつ。という冷めた目で私を見る幼馴染。


「いや、だから! ヨアヒム様とフォルカー様なんだってば!!」

「うるせえ! いちいち耳元で叫ぶな! ヨアヒム様とフォルカー様なのは見りゃわかる!」


 幼馴染は耳を塞いで私を睨む。


「そうじゃなくて!」


 なぜ、わかってくれないのか。

 彼らは私が前世でプレイした乙女ゲームの攻略キャラなのだ。線の細い美人系王子様と、彼を命がけで守る無口な近衛。推し二人を目の当たりにして誰が冷静でいられよう。


「なんでわかんないかなぁクルト。あのヨアヒム様と……ふごごご」


 興奮のままに叫ぼうとした私の頰を幼馴染のクルトが鷲づかむ。


「うるせえっつってんだろ。次叫んだら舌をひっこぬくぞ」


 ……下町育ちの幼馴染はちょっぴり口が悪くてバイオレンスだ。私はこくこくと頷いた。




 前世、私は若くして死んだ。記憶が確かなら高校生になったばかりの十五歳。死因は……覚えていない。学校帰り制服姿で道を歩いているところでぷっつりと記憶が途切れている。おそらく事故にでもあったのだろう。

 物心ついてから、ずっと既視感を抱えて生きてきた。どこかで見た街。どこかで聞いた国の名。どこかで聞いた名前。それが今日はっきりした。

 どうやら私は乙女ゲームの世界に転生したらしい。友達に勧められて始めた某スマホ用乙女ゲーム。

 剣と魔法の世界で、特殊な魔力を持った女の子が、特例で貴族の子弟専用の学園に通い、様々な男子と出会い成長し恋に落ちる。

 男子キャラのイラストの美麗さとイケメンボイスで囁かれる甘い言葉に、私はどっぷりはまった。なけなしの小遣いで課金もした。じゃないとキャラを全員攻略できなかったから。次のアップデートでまたキャラが増えると知って楽しみにしていた。

 なのにアップデートを待たず死んでしまった……と思ったら、乙女ゲームの世界に生まれ変わっていたのだ。

 さらに驚くことに、私はそのゲームのヒロイン、リーゼなのである。


「……その話を俺に信じろってか?」


 水路の縁に腰掛けて足をぷらぷらとさせながらクルトが半眼で私を見る。

 ヨアヒム王子たちが見えなくなってすぐ、私はクルトに半ば無理やりひっぱられ、いつも彼と会う水路に連れてこられていた。


「叫んだ理由を話せってクルトが言ったんじゃん」


 長年の疑問がとけたことと、推しを目にしたことで、テンションが上がりに上がっていた私は、彼に促されるままに喋った。喋り捲った。

 頭がおかしいと思われるんじゃないかとか、そんな考えは抜けていた。

 だって、大好きな乙女ゲームの世界にそれもヒロインとして転生しているのだ。なのに熱くヨアフォルを語り合った友人はいない。ならば目の前にいる幼馴染に聞いてもらうしかないではないか。


「前々からおかしいやつだとは思っちゃいたが……」


 クルトの目つきは完全に不審者を見るそれだ。


「いや、前々からって、どういうこと」


 記憶を取り戻したのは今日が初めてである。今までの私はごく普通の子供だったはずだ。


「お前……初めて会った時のこと覚えてるか?」


 クルトとの出会い。あれは確か今から六年前……。魔力が顕現したばかりの私はそれを使うのに夢中だった。この世界の人は誰でも魔力を持っている。火を起こしたり、風を吹かせたり、水を生み出したり、土を耕したり。ほとんどの人は火風水土の四属性を持っていて、けれどできることと言えば、薪に火を起こす、風で洗濯物を乾かす、飲み水を生み出す、畑を耕すといった程度のことだ。だけど中には強力な魔力を持った人々がいる。かつてそれらの人々は凶悪な龍や魔族と戦い国を守り、やがて貴族となった。だから今でも貴族の魔力は強い。ヨアヒム様はその優しげな外見に似合わず、強力な火の魔法の使い手で、火の大鷲を作り出し敵を殲滅するのを得意としていた。フォルカー様は風の魔法が得意で、ヨアヒム様の炎との合わせ技はえげつないほど。そして類い稀な剣豪でもある。

 

 私、リーゼはほとんどの人が持っているはずの火風土の魔法の適性がなかった。代わりに水の魔力が膨大でそのセンスが卓越しているのだ。

 ところでここは水の都とも呼ばれる王都カールスルーエ。所狭しと水路が張り巡らされ、人々は小さな船で移動している。前世で例えれば水の都ベネチアのようなものだ。行ったことないからイメージだけど。

 水の魔力に特化していた六歳の私は、この水路を自由自在に移動する方法を考えた。船での移動は櫂を漕がねばならず力も船を買うお金もいる。

 悲しいかなそんなものはない。そこで編み出したのが、水流を作り一枚の板に乗って移動する方法である。言ってみれば自分で波を起こしてのサーフィンだ。大工の父にねだって廃材で流線型の板を作ってもらい、それに乗って移動する練習をしていた。

 私には素晴らしい魔力があった。センスもあった。しかし何事も最初からうまくいくはずもない。波を大きく作りすぎて、板が跳ね、ちょうどたまたま橋の上を通りかかったクルトに突っ込んだのである。


「微笑ましい出会いだよねー」

「どこがだよ! 俺は死にかけただろうが!」


 ひどい。結構な速度で突っ込んだものだから、やばいと思って水球を作ってクッションにしたのだ。怪我はなかった。クルトは気絶したけど。


「言っとくけど、あの時俺はまじで花畑見えたからな」


 クルトは苛々した様子で髪をかきむしる。


「それからお前、俺の名前聞いてなんつった」


 目を覚ましたクルトに謝って、それから名前を教え合って友達になった。けど、なんて言ったかまで覚えていない。

 目を閉じて必死に思い出そうとしていると盛大なため息が聞こえた。


「俺の名前きいて『美味しそうだね』つったろうが」


 ぽんと手を打つ。当時の私はどうして自分でも美味しそうだと思ったのか分からなかった。


「クルトンだ。前世で好きだったの。コーンスープに浮かんだクルトン」

「……クルトンが何かはこの際どうでもいい。自分が前からおかしかったって自覚はできたか?」


 言われてみれば、どれもこれも前世が影響している。はっきりと全て思い出したのが今日なだけで、少しずつ記憶の鍵は緩んでいたのかもしれない。


「なるほどねー」

「何がなるほどねーなんだよ。つうか、お前の話じゃお前もそのゲームとやらに出てくる登場人物なんだろ? なんでヨアヒム王子とフォルカー様見て思い出すんだよ。自分見て思い出せよ」

「多分、ヒロインの姿があまり映されなかったのと名前を変えてたからだと思う」


 乙女ゲームのメインはイケメンである。ヒロインの人格が全面に出るストーリー重視のものもあるが、このゲームはそうではなかった。ヒロインに自己投影しやすいようにだろう、ヒロインのスチルは最小限。声もあてられていなかった。


「私の名前は確か……ちくわ大明神だったかな」


 ゲームを始めたとき、まさか自分があんなにハマると思わなかったのだ。シリアスな場面や甘いシーンに名前が出るたび何度後悔したことか。救いはボイスでは「お前」や「君」といった代名詞呼びだったことだろう。


「ちくわ大明神が何かは絶対聞かねえ」

「そうして」


 聞かれても困る。私にも何か分からない。


「お前のその信じられねえ話がもし本当なら、三年後に学園に入るのか?」

「そうなるね」


 今から三年後、街の一角が火事になる。その火事を消した功績と魔力の大きさにより、学園への入学が認められるのだ。


「一角ってどのへんだよ?」

「東町の方だね」

「お前……そこ……俺の家があるじゃねえか」


 東町はスラム一歩手前の下町である。小さな家々がひしめき合っている。火の手はあっという間に燃え広がった。大勢の人が焼け出されたはずだ。


「あ」

「あ、じゃねえよ! いつだ! いつ起こる! 今すぐ思い出せ」


 クルトは私の肩を掴んで激しく前後に揺らす。


「ええええええ日付は出てなかったよ。でも、多分私の誕生日前後だと思う。十五になってすぐに入学してるから」

「よし、じゃあ、十五前になったら東町ではっとけ。すぐに火が消せるように」

「ええ!?」


 思わず叫ぶとクルトは私を睨みつけた。ヘーゼルが混じった緑の瞳で。


「お前、まさか自分の学園入りと東町の住人の命を天秤にかけたりしねえよなぁ?」


 ゲームでは甚大な被害が出た。としか書かれていなかった。被害の内容なんて気にしたこともない。でも東町に生きている人々が沢山いるのを知っている。彼らを犠牲にして王子たちとイチャイチャしたいとは思わない。


「もちろん」


 私は力強く頷いた。

 火事を待つまでもない。他の方法で認められて学園に入学すればいいのだ。

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