一不思議争奪戦
「七不思議って七つもいらなくないか? 一つあれば十分だろ」
コウタの言葉に僕は思考を整理する。
七不思議とは、土地や建物といった特定の場所に纏わる不可思議な出来事の総称を指す。
多くの場合、『学校の』と付くだろう。
大抵、学校というものは同じ場所に在り続ける。歴史を積み重ねれば、それだけ様々な出来事を蓄積しているに違いない。不思議な話が七つ集まるくらいには。
僕とコウタが通う、霧が丘学園もご多聞に漏れず、そういう話に事欠かない。
だからと言う訳じゃないが、この学園にも七不思議があると聞いた時は、「ああ、やはりそういうのってあるんだなあ」と僕は思ったものだ。
だけど、コウタにとっては違うらしい。
「学校っていう限られた範囲にだぜ。不可思議な出来事が七つも起きるってどうよ? 詰め込みすぎだろって」
「七つ揃って拍が付くみたいなところあるじゃない」
「だとしても、だ。一つ遭遇したら他のも一気に来るだろ?」
「ホラー作品とかそういうイメージあるけど……」
「だろ? 特別感が足りてない気がするんだよ」
あくまでイメージの問題でしかない。現実に七不思議と遭遇するとしたら、どれか一つが精々なのではと思わなくも無い。
尤も、コウタが言うように、限られた場所に全て揃っているなら、連鎖的に遭遇してしまえそうではある。
特別感にはピンと来ないけど。
「だから言ってやったんだ。一つあれば十分だろって」
「え?」
七不思議のイメージについて考えていたら、コウタの発言を聞き逃してしまった。
「だーかーら、七不思議は一つで十分だろって言ったの」
「誰に?」
「トイレの花子さんに」
トイレの花子さんってあの『トイレの花子さん』? 七不思議定番の?
「え、えーと、トイレの花子さんに会ったの? 本物の?」
「本物っていうのはどの花子さんを指すのか分らんけど、霧が丘にいる花子さんには会ったぞ」
歴史の長い学校の七不思議には大抵、トイレの花子さんが存在しているから、それぞれ別の花子さんでもおかしくはない。が、今気にするべきはそこではない。
「会ったって……。それでどうしたの?」
「何回言わせんだ。七不思議を一つだけにしろって言ったんだよ。多いからって」
「よく言えたね。もっと、驚くとかするものなんじゃ……」
「仕方ないだろ。他の七不思議も同時に押し寄せて来たんだから。情緒も何もあったもんじゃねえ」
七不思議全てと遭遇するだなんて驚くべきことだと思う。そもそも、七不思議が実在していたこと自体に驚きだ。
「で、その後はどうなったの?」
「まだ結論は出てないみたいだ。昨日の晩も随分騒がしかったみたいだし」
「騒がしいって、話し合いでもしているの? と言うか、その前に、昨日の晩? 校舎に忍び込んだの?」
「まあ。落ち着けよ。順を追って話すぜ」
混乱する僕を一息吐かせてからコウタは話し始める。
「あの日は忘れ物をしてな。一度学校へ戻ったんだ。勿論、忍び込むだなんて真似はしていない。夕方頃でまだ学校も開いていたしな。ただ、そんな時間でも出るものなんだな、七不思議ってやつは。流石に俺だって驚いたんだぜ? 最初はな。立て続けに七回も来てみろ、『もういい』ってなるだろ。だから、言ってやったんだ。『一つで十分だろ』ってな。そしたら、向こうも予想外の反応だったみたいで、俺そっちのけで相談をし始めて。仕方ないから俺はそのまま帰ったってわけだ」
そんな事があったとは。確かに情緒も何もない。
「じゃあ、昨日の晩っていうのは?」
「どうなったか気になりはするけど、態々あいつらが出て来るのを待つのも面倒だと思ってな。仕掛けたんだ」
「何を?」
「盗聴器」
それってどうなの? 学校に盗聴器を仕掛けるだなんて。
「可能な限り生徒のプライバシーには踏み入らないように設置してるから」
「そういう問題じゃないでしょ」
僕の糾弾する視線から逃れるようにコウタは顔を逸らす。
「兎に角、結論は出てない。それどころか、誰が一つの席に座るか争っているみたいだな」
「争い……。それで騒がしいって」
「当分は決着つかないんじゃないか?」
コウタは他人事のように言う。自分の発言が切っ掛けな自覚あるのかな。
このまま、『一不思議』の座を巡る争奪戦が続いたら、それが新しい七不思議として噂が広まりそうだ。
いや、それこそが、霧が丘学園一不思議となるのかもしれない。