過去からの誘い
うちの校舎が大きいと思ったことはないが、それでも第二教材室までの道のりは長く感じた。なぜならその部室は俺がいた一般棟から渡り廊下を挟んだ向かいにあるからだ。しまいには最上階ときた。今年71になると言っていた文芸部の顧問は、さぞかし大変なことだろう。階段を登りきるといよいよ部室が見えてくる。横開きのドアに手をかけゆっくりと開いていく。その瞬間、強い風が吹いて、カーテンがばさばさと音をたてるほどに揺れていた。まったく、最上階の教室の窓を開けっぱなしにするなんて、飛んだバカだな。改めて周りを確認するが、人の気配はない。大きさ的には他の教室とかわらないのだが、とにかくなにかしらの教材が積まれているため狭く感じられる。その中でほぼ定位置と化している窓際のなが机に陣取り、スマホをひらいた。やはり、誰かからメッセージが届いてなどいなかった。次に友人たちのSNSを見ようとアプリをひらこうとしたときだった。閉めていたドアが開き、一人の女子生徒が入ってきた。その高校生とは思えないような背格好と一際長く伸びた黒髪ですぐに誰かの認識ができた。「うっす」
「うーっすぅ」
そっけない挨拶にそっけなく返してくる彼女もまた、我が文芸部員の一人だ。
「唯織が一番乗りってなんか珍しい気がする。」
「そうかも、いつもはここまで来るのが億劫で行こうか迷ってる時間があるからかな。てか、谷川は今日は一人できたのか。」
「あー、壮治は今日補修くらうってさ。美湖も今回は危なかったわ」
幼なじみである長壮治と常に行動を共にしている谷川美湖が今日は一人で来たから少し違和感があったが、その理由が谷川たちらしくておもしろい。この二人とは中学からの付き合いで、俺たちは三年間ずっと同じクラスだった。谷川によると、保育所のころから中学卒業までの11年間壮治とクラスが離れたことがないらしい。親同士も仲がいいらしく、幼いころからよく遊んでいたとも聞いている。
やっぱり一人でここ来ると長く感じる、と谷川は言ったので、それな。とだけ返しておく。すると、再びドアが開く音がした。
「こんにちはーってあれ、まだ二人だけなんてすか。」そう聞いてきた一年部員の椿沙奈だった。やはり彼女も壮治がいないことに違和感を覚えたらしい。