後編
怪我自体は大したこともなかったためか、退院はすぐだった。だが、任務はまだ終わったわけではなさそうだった。
ロビーに出ると、そこには相棒もいた。どうやら傷はさほど深くなかったようで、彼女も退院らしかった。が、近づくと開口一番「あなたに嘘ついていたわ」と言った。
「もしかして、司令官の娘って話?」僕はすぐに返した。実は少し疑っていたのだ。
「いいえ、それはほんとのことよ。実際のところは、訓練生を終えたばかりの新米なんかじゃないの。実戦経験は少しだけしかないけど、ある部署に所属していて、まあ諜報関係よ」
「どうりで、あのケガでも冷静だったわけだ」
「流石に少し焦ったけどね」気恥ずかしそうに言った。「どうも大したことはなかったみたい。それと腕のいい軍医はまだいるみたいね。おかげさまで私も退院よ」
「それはよかった」
「それにしても大変だったのよ。いろんなことをあなたに悟られないようにするのは」彼女は得意げな様子で笑みをみせた。「それで、本題ね。この任務にはもう一つ目的があったの」
「もしかして、あの衛生兵が関係するのかい?」
「あなた勘が鋭いわね。彼は、我が軍、というか我が国のテクノロジーの最高傑作と言えるべき存在よ」
「どいう代物だい?ジョークセンスはなかなかのものだと思ったけど」
「あのヒューマノイドは何で思考しているか見当がつく?」
「見当もつかないな。もしかして超小型量子コンピュータとか?」
「当たらずとも遠からずね」彼女は一呼吸間をおいて続けた。「使っているのは生きた脳よ」
僕は思わず口笛を吹いた。
「そいつは、まさしく傑作だ。つまり、ただのロボットじゃなくてサイボーグだったわけか。まるで八〇年代の映画みたいだね」
「サイボーグには違いないけど、そうそう単純なものではないらしいわ。高密度集積回路と生体脳のハイブリットという話で、生物学と電子工学の見事なまでのコラボレーションといったところね」
「それで、」僕の中で一つの疑問が浮かんだ。「人の脳みそを使うとしても、それはいったい誰の……」そこまで言いかけたが、彼女は遮った。
「それは軍の機密事項よ。詳しくは私も知らされていないわ。もっとも生きていた人間のものでなくて人工培養されたものだと考えられるけど」
「でも、なんで衛生兵なんだ?」
「司令部としては、さすがに武器を持たせるのはためらいがあったようね」
「まさか」僕は思わず鼻で笑った。「直感的判断と繊細な作業が求められるからなのか。でないとしたら、待遇の不満が出た時に反乱でも起こすと思ったに違いないな」
「もしそうなら笑えるわ」彼女はため息をつくと話を戻した。「もともとは回収しろと指示されていたんだけど。あの時、てっきり救援部隊がすべて破壊してしまったと思っていたの。まあ、混乱した状況じゃしょうがないわね。でも、見当違いだということが判明したわ」
「証拠があるのか?」
「そうね。正確には証拠がないのよ」
「は?」
ぼかんとしている僕をよそに、彼女は若干ゴーグルにも似たメガネを取り出して「あなたは眼にシステムを搭載してるのよね」と言いながらそれをかけた。
「ああ、わかった」それで彼女がしようとすることを理解した。「データベースにアクセスすればいいのかい?」
僕は聞き返した。
「そうね。今から映像を見せるから」
僕はこめかみを軽くたたいて操作するとアクセス画面を開いた。彼女の端末とデータリンクすると彼女の言っていた映像や画像ファイルが表れた。
「あなたが運転していたトラックよ」彼女は偵察ドローンで撮影されたと思われる最新のデータを見せてきた。「あの現場に残されていなかった。つまり誰かが移動させた」
「例の衛生兵というわけか」
「その可能性が高いと思われるわね。あの時、爆撃のどさくさに紛れて荷台にでも隠れたよ。きっと」
「そのあと砂嵐に紛れて移動した」
「そうね。こっちとしてもそういうふうに睨んでるわ」
「それで、その衛生兵を探しに、また二人でドライブでもしようというわけか?」
「なにその言い方、誘ってるの?」
「そうじゃないけど、」
「まあ、どのみち仕事の続きが待ってるってことね。次は私が移動手段を用意するわ。いずれにせよ準備を整えたら出発よ」
出発のために連れてこられたのは空軍の基地だった。しかも滑走路の方ではなくヘリの離発着場だった。
「今度は遊覧飛行ってとこかしらね」すこし自嘲気味に彼女は言った。
「君が操縦するのかい?」
「もちろんよ。なに?心配なの?」
「いや、そうじゃないが、意外に思っただけだ」本音を言うとヘリコプターは少し苦手だった。大型の輸送機や飛行機は何とも思わなかったが、ゆっくり飛ぶ ――飛行機と比較してのことだがー― ことにくわえて、時にアクロバティックな動きをするのにはどうしても慣れなかった。
それからしばらくして僕らはあの荒野の上空にいた。僕が使っていたトラックは偵察ドローンの情報と移動予測データから位置を割り出していた。まさしく誤差二パーセントのところにトラックは止まっていた。
近くにヘリを着陸させると僕らは、念のため銃 ――僕は標準的な九ミリ口径の拳銃、相棒の方は三〇八口径フルサイズのアサルトライフ―― を構えてトラックに近づいた。しかし、衛生兵の姿はなかった。無論、敵と思しき姿もなっかった。僕はトラックの状態を確かめた。運転キーはそのままになっていたし、燃料計はタンクがほぼ空であることを示していた。相棒は周辺の状況を観察していた。
「どう?なにか変わったことはある?」相棒が聞いてきた。
「燃料タンクは空になっていること以外はなにも」僕は首を振りながら答えた。「そっちはどうだい?」
「足跡が一人分、きっとあの衛生兵のものよ」
「僕も見てみよう」
二人で足跡をたどってみたが、すぐ近くで途絶えていた。おそらく風でかき消されてしまったのだろう。あるいは衛生兵自身が消した可能性もあった。とすればどこに向かったか方向の見当はまったくつかないことになる。わざと違う方向に足跡をのことして、まったく逆の方向に進んだかもしれなかった。
「どうかしら?」相棒は僕の考えに懐疑的なようすだった。「まあ、特殊部隊の隊員や情報部の工作員とかならあり得るかもしれないけど。あの衛生兵の頭でどこまで考えが回るかによるわ」
「そうだ。もう一度データを見せてくれくかい?」
「いいわよ。なにか考えがあるの?」
「少しばかりね」僕はそう答えながらシステムをリンクした。
トラックの走行経路をみたかったのだ。データを参照すると思った通りで、ほとんどまっすぐに進んでた。まるで元居たところから少しでも遠ざかるかのような感じだった。それから足跡があったのはトラックの進行方向にたいして三時か四時くらいの方向だった。
「おそらく彼が向かったのはトラックの進行方向と思うけど、どうかな?」
「そうね、」彼女は僕の意見と、データ上に書き加えた線を吟味していた「確かに少し不自然ね。それじゃあなたの考えに賭けてみましょう。ダメならその時はまた引き返せばいいし」
再びヘリに乗り込むとトラックが先頭を向いている方向へ機首を向けた。
「もし、あなたの考えの通りだったら、かなり優秀な兵士ってことになるわね」
「でも、手間が増えたとこで、こんな荒野じゃ逃げ続けるのは難しいよ」僕は率直に言った。
「そうね。特にここら辺は起伏も乏しくて、隠れるには不向きね」
その時、地上に人の姿が見えた気がした。「待った!今人影が見えた」僕は叫ぶように言うと、眼のシステムを使って周辺像を拡大した。ついに見つけたのだった。あの衛生兵だった。
「きっとあの衛生兵だ」
「あなたの勘が当たったみたいね。近くに着陸するわ」
それから地上にいた彼から少し離れた場所に着陸すると、僕と相棒は歩いて近づいていった。
衛生兵と十メートル程度まで距離をつめた時だった。驚くべきことに彼は拳銃を手にしているのが分かった。
「武器の所持使用はできないんじゃなかったかな」
念のため少し離れたところから、僕は冷静を装って言ってみた。
「正確には武器ではありません」
そう言われて、彼の手にしているものをよく観察した。こめかみをたたいて眼のシステムも使って確認した。艶消しの灰色がかった黒色、それと銃身が異様に太く見えた。軍の装備品リストの一つと一致した。そう、それは信号弾を打ち上げるための専用銃だった。確かに、殺傷兵器という観点で見れば武器ではなかった。が、撃たれたところで死にはしなくても大怪我は免れそうになかった。無論、当たり所によっては死ぬ可能性もあった。僕の横では、万が一に備えて相棒がいつでも撃てるようライフル銃を構えていた。ただ、僕は彼の警戒心を刺激したくなったので何も手に持っていなかった。
「私は選択肢を自分で考えることができます」衛生兵はどこか語気を強めた様子だった。
「ああ、知ってる」
「今後、私をどうするつもりですか?あの時の爆撃のように吹き飛ばしますか?それとも、そのライフル銃で撃つつもりですか」
「そんなことはしないさ。一緒に基地に戻ろう」
しかし、衛生兵は手にしていた銃を自分の頭部に向けた。
「戻りたくありません」
「おい、何をするつもりなんだ?バカみたいな真似はやめろよ」彼はまさか自殺するつもりなのか。僕はそんなことを思った。僕が彼に近寄る暇もなく、彼は引き金に指をかけた。直後、銃声が一発響いた。衛生兵の手から信号銃が飛んでいき、彼はその場で身体をひねるように一回転すると倒れた。
「先手よ」
銃声は相棒のライフル銃のものだった。彼女の撃った弾が衛生兵の持っていた拳銃を見事に狙い撃ちしたのだ。
僕はすぐさま彼のもとへ駆け寄った。
「大丈夫か?」
「私は、まだ存在しているのですか」
「そうだ」
彼は上半身を起こすと周囲を見渡した。それから自身の手に視線を落とした。衝撃のせいか、拳銃を握っていた方の手先が少々破損していた。
「暴発でしょうか」相変わらず口調は抑揚のないものだった。が、彼は現状把握に戸惑って、呆然としているかの様子だった。
「私が払い落としたのよ。このライフルの銃弾でね」彼女もこちらに近づいてきて言った。
「そういうことですか」衛生兵はそれで理解した様子だった。
「もうなにもしやしないよ。さあ、一緒に基地へ戻って、さっさと休暇届でも出そうか」
「私も取れますでしょうか?その休暇というのは」衛生兵がそう言ったので僕と相棒は顔を見合わせた。
「メンテナンスを休暇と呼ぶならそうかもね」相棒が冗談っぽく答えた。
「さあ、ともかく基地に戻ることにしよう」
帰路についたとき、僕は「そうだ。僕たち三人でチームを組もうじゃないか」と言ってみた。
「どうかしら、本部からの許可が下りると思う?」相棒は聞き返した。
「どうかな。いい考えだと思うが」唐突な思い付きだったが、僕は良さそうな気がしていた。
「まあ、いいわ。戻ったら上に話をしてみようじゃない」
「ああ、そうしてみてくれ」それから僕は付け加えた。「最高のチームになる気がする」
「私もそう思います」衛生兵は控えめな口調で答えた。
彼とはいい友人にもなれそうな気がする。僕はそんな風にも思いはじめていた。




