9-9. イェルディスの決意
南の王国に足を運んだイェルディスは、王宮の庭園で書類を広げる友人を見つけ、声を掛ける。
「無事に終わったよ。最期に、愛している、と遺していった」
「そうか……」
フィニーランドは、自分の手元から顔を上げぬまま呟いた。げっそりと痩けた頬は、以前より心なしか赤みが増している。
イェルディスは、その隣に腰掛けて空を仰ぐ。
「教会は、魔女の消滅を隠蔽する」
「ああ……」
教会はこの一連の出来事を、《始まりの魔女》が狂い、封印せざるを得なかったと公表するに留めるつもりらしい。
はっきりと告げられた言葉に動揺しなかったのは、フィニーランド自身も予想していた結末だったからだ。
この世に平和をもたらした《始まりの魔女》——まだ平定から幾許も経っていない今、その存在が消えてしまうことは、世界の混乱を招くだろう。
だから、封印されたまま、その恩恵は続くと民衆に知らせ、平穏の継続を図ったということは容易に想像できた。
憔悴した様子のフィニーランドは、けれど、どこか晴れやかな顔でイェルディスを見た。
「彼女は、ユウリは、また、生きてくれる」
「そうだな」
「だから、俺たちは、あの人がくれたこの平和を、守っていかなきゃ」
《魔女》の消滅が決まってから、四大国王達は連日集会し、《魔女》不在の中で平和を保つための様々な取り決めを交わした。
教会の絶対的中立。小国の扱い。魔物、中でも危険種への対策。各国が持つ軍事力の使用条件。
その中でも、教育に関しては、《始まりの魔女》の教えと遺志を正しく理解し、活用できる人材が必要だと全員が考えていた。
「学校を、作ろうと思うんだよ」
「学校?」
「うん。四大王国を継ぐものと、それを補佐できる優秀な生徒達を集めて」
法皇と協議した結果、魔法教会設立魔法学園という形で幹部会へ提案する計画が進んでいるとフィニーは言う。
そうか、と呟いて、イェルディスは瞳を伏せた。
彼は、フィニーランドに全てを明かしてはいなかった。
——完全ではないかもしれないが
友人にそう告げたとき、 イェルディスは、《魔女》の記憶までは再生させないことを決めていた。
《始まりの魔女》の転生に、確実に数百年とはいえ、正確にはどれほどの時間がかかるかわからない。
彼女が目覚めた時、人間になってまで側にいたいと願ったほど愛したものは、もういない。
それに、たとえ転生しても、彼女は《魔女》のままだ。
愛するものの側にいることを許されなかった、無限の魔力を持つ《始まりの魔女》という事実は、消えないのだ。
彼は、哀れな《魔女》に、そんな絶望を生きて欲しいわけではなかった。
次の生では、幸せになって——願いを叶えて欲しいから。
——自分の子孫に受け継ごう
——魔女が幸せに暮らせるための、あらゆるものを残そう
イェルディスがそう決意して、機械時計を作り上げるのは、それからしばらくしてからだった。




