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8-1. 仕掛けられた魔導具

 サマーパーティーを終えた後の学園は、ぐっと生徒の数が減る。

 授業自体も、補習のようなものばかりとなり、いよいよ夏季休暇に入るのだ。

 実家に帰る生徒や避暑地へ旅行するもの、また、休暇中でも強化実習や集中講座などの特別授業も開催されているため、学園に残る生徒もそこそこにいる。

 特に予定のないナディアだったが、今年はユウリの補習と実技強化実習に付き合って、休暇の前半は学園に残ることを選んだ。


「ユウリ、ナディアちゃん」

「あ、ヨルンさん!」

「ご機嫌よう、ヨルンさん」


 実習を終えた二人に声を掛けたヨルンは、ふふ、と笑ってナディアに言う。


「畏まらなくて大丈夫だよ、ナディアちゃん」


 一方、小首を傾げて微笑むナディアの、目が笑っていない。


 ヨルンが自身の正妃候補を把握していないと聞いて、ナディアは怒り狂った。

 ユウリは、だからこそ、彼が心から自分を選んでくれたのだ、と嬉しかったのだが、ナディアは違った。

 把握していないということは、()()()ということとイコールではない。

 現国王陛下が、もし仮に、ヨルンのあずかり知らぬところで候補を募っていた場合、それは紛れもなくユウリの障害となる。

 ナディアは、そんなことを許すわけにはいかない。


 よって、補習に付き合うという大義名分の元、ナディアはユウリとヨルンを邪魔しまくっていた。

 朝も早くからユウリの寮へ迎えに行き、執務室にも送り迎えをし、夕食も一緒に、と、文字通りユウリを囲い込もうと必死だ。

 ユウリは、彼女の心配もわかるため、なるべくそれに付き合いつつ、繰り返し大丈夫だとナディアを説得していた。


「もぉおおお、まだそんな目するぅ」

「私、正式に決まるまで、ユウリのこと諦めませんからね」

「私はナディアの恋人かなんかなの……」


 ヨルンから視線を外さず、なんなら、結構ガン付けたまま、ナディアはよくわからない宣戦布告をする。

 正式に、と言う彼女の言葉の中にある、正式に正妃になるまで、という意味を正しく理解して、ナディアがそれまで付き纏うつもりなのだろうかと、ユウリとヨルンは顔を見合わせて苦笑いした。


「認めてもらえるよう、頑張るよ」


 未だ睨みつけるナディアに微笑んで、ヨルンはユウリを外套に包むと、額に口付ける。

 幸せそうにはにかむユウリに、ナディアが叫んだ。


「きぃいいい! 羨ま悔しいぃぃぃ!」

「何それ……」


相変わらずのナディアに呆れ顔のユウリは、それでも心が温かくなる。


(幸せだなぁ)


 自分が《始まりの魔女》であるとわかって、記憶が戻ると、ユウリの周りには沢山の仲間が出来ていた。

 シーヴと同じ色で守ってくれる学園長、落ちこぼれでも文句一つ言わずにサポートしてくれたカウンシルの皆んな、どんな自分でも友達だと慕ってくれる親友、そして——大好きな男性(ひと)

 学園に入学した時、自分の魔力の正体と、その制御の方法さえわかればいいと思っていたのに、まさか、こんな時間が手に入るとは思わなかった。


「さ、ユウリ! 貴女、次の授業があるでしょ!」

「あ、うん。ヨルンさん、また後で」

「いってらっしゃい。俺は執務室にいるから」


 ナディアにヨルンの外套から引き剥がすように促されて、ユウリは名残惜しそうに駆け出す。

 それを見送るヨルンの目に、一瞬、パリ、と空気中に走る魔力が映った。


「……ッ! 二人とも、止まれ!」


 ヨルンが叫ぶ。

 何事かと振り向いたユウリたちの両側の茂みからバチバチとした音が聞こえたかと思うと、鋭い閃光とともに、大規模な雷撃が二人を襲った。


「きゃあああ!」


 二人の悲鳴と、雷撃の破裂音が重なる。


「ユウリ、ナディアちゃん、大丈夫!?」


 地面に呆然と座り込む二人に、ヨルンが駆け寄った。


「二人とも、怪我は!?」

「だ、大丈夫です……」

「一体、何が……」


 放った障壁が間に合ったようで、ヨルンはホッと息をつく。

 警戒しながら探索魔法を詠唱して辺りを窺うが、誰の気配もしない。けれど、魔法の痕跡は両の茂みに色濃く残っていた。


「ヨルンさん、何だか、人じゃないみたい……」

「うん」


 ヨルンと同じように辺りを探索したらしいユウリが、機械時計を握りながら紅い眼で呟く。

 頷いて、ヨルンは茂みを探った。地面に穿った金属が見える。


「これは……魔導具? 誰が……」


 ただの悪戯にしては、魔法の規模が大きかった。杭のようなそれを抜き取ってみて、ヨルンは眉根を寄せる。

 あまり目にしたことのない、複雑な造りの魔導具。ヨルンですら直ぐには判別できないが、『失われた魔法』に似た気配がする。

 こんなもの、一般の生徒が手に入れられるのだろうか。

 だが、ヨルンは一番に浮かんだ可能性を否定していた。

 いつも主張していた金の紋章は、どこにも見当たらないのだ。


(これは……どういうことだ)


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