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異世界の魔女と四大王国 〜始まりの魔法と真実の歴史〜  作者: 祐
第七章 ユウリとヨルン
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7-14. 始まりの朝

 微睡みの中から、ゆっくりと浮上していく。

 滑らかなシルクのシャツに包まれたユウリは、まだ夢見心地で薄暗い窓の外に目をやって、身体に気怠さを感じながら寝返りを打った。

 自分以外の温もりを感じて眠たげな目を擦ると、優しげな銀の双眸にかち合って、ぎょっとする。

 ユウリの唇に啄ばむような口付けを落として、ヨルンが微笑んでいた。


「おはよう、ユウリ」

「おおおおおおはよう……ございます……」


 羞恥のあまりに視線を落とすと、逞しい胸板が目の前に現れて、ユウリは頰に上る熱を抑えられない。

 自分の頭を支えるものが枕でなく、ヨルンの腕だと気付いて、鼓動が早まる。


「体、辛くない?」


 心配そうに覗き込んでくるヨルンに、ユウリはブンブン首を振った。

 急激に覚醒した頭で、昨夜の出来事を反芻して、ヨルンの顔が真っ直ぐ見られない。

 腕の中で顔を覆ってしまったユウリの額に、ヨルンは優しくキスをした。


「……ごめんね」


 彼の声は、強張っていた。ゆっくりと顔を上げたユウリは、潤む銀の瞳に囚われる。


「怖かったんだ」


 ——失うことが


「ユージンに、先に言われちゃったけど」


 ふにゃりと微笑んだヨルンの顔は、いつものそれで、けれど、言われた言葉に、ユウリの胸に温かいものがこみ上げた。


「君は多くの謎を抱えていて、それに翻弄されながらも、一生懸命に立ち上がっていた。理不尽を物ともせず、降り掛かる危険を跳ね除けて、取り戻したいと泣いていた記憶も、自分の力で勝ち取った」

「それは、違います! カウンシルのみんなや、ナディアや、私を助けてくれる人達がいてくれたから……」

「そういう君は、一度でも俺達に『助けてくれ』って言ったかな」

「そ……れは……」


 ユウリが、出来ることならひとりで闘いたいと、ずっと願っていたことは事実だ。

 自分のせいで誰かが傷つくことが、耐え難かったから。

 それでも、結局は色んな人を巻き込んだ。

 何度咎められても、許されても、ユウリの心は痛む。


 押し黙ってしまったユウリに、ヨルンは優しく続けた。


「責めてるんじゃないんだ。ただ、それが無性に悲しくて……だけど、触れてはいけないような高潔さで。俺はずっと見守っていようと思った」


 ——目を離さなければ、例え彼女が呼ばなくても

 ——自分のこの手を、差し伸べられる


 ただ、ヨルンは、()()()()()()()()()、ということを考えてこなかった。

 初めから、その想いの先は決まっていたのだ。


「……俺は、ずっと、ユウリに惹かれていたんだと思う」


 囁くように吐き出された言葉は、こんな距離でなければ、聞き逃しそうなほど小さくて。

 けれど、ユウリの耳には確かに届いて、彼女の瞳を濡らした。

 ずっと追い求めていたものが、ようやくその手に届いた感覚に、ユウリは言葉を紡げない。

 ヨルンは、長い指でユウリの涙をすくうと、濡れる漆黒の瞳を見つめ返す。


「だから、もう一度謝らせて。ごめんね、ユウリ。ユージンの話を聞いて、俺は焦ったんだ」


 打算的なようでいて、真っ直ぐと芯の通ったユージンの主張。

 ユウリが《魔女》であるからと言い訳している、自分の方がよっぽど打算的だと。


「完全な八つ当たりで、酷いことを言った。それに……君を傷付けたウェズを、殺そうと思った」


 地下室で、ウェズがユウリを組み敷いているのを目にしたヨルンは、室内であるため多少の制御はしたものの、本気の殺意で攻撃魔法を放っていた。

 ユウリとフォンが止めなければ、多分その場で、ヨルンの放った炎によって、ウェズは焼き尽くされていただろう。

 あまりの怒りで、次期王位継承者という自分の立場や、フィニーランド王国に対する義務や責任など、忘れ去っていた。

 ただ、ただ、ユウリを傷つけるものを許せないという感情に支配されて。


「怒りに身を任せたまま、一番傷ついているユージンにも当たった。……最低だよね」

「そんなこと……!」

「それでも、君は、俺のせいでたくさん傷付けられたのに……俺を受け入れてくれた」


 ヨルンの大きな手が伸びてきて、ユウリの髪を優しく掬い上げた。


「愛してるよ、ユウリ。君が《始まりの魔女》であろうと、俺が知って、惹かれたのは、紛れもない君自身だ」


 ユウリは、これは夢ではないかと思う。

 その胸中を察したのか、ヨルンは彼女の頰に触れ、優しく撫でた。

 感じる甘い感覚は、紛れも無い現実で。


「ヨルンさん、大好きです。ヨルンさんがいたから、私、頑張れたんです」


 止めることの出来ない涙で頰を濡らしながら、震える声で言うユウリの頰を、ヨルンが大きな手で包み込む。

 窓から差し込んでくる朝日の中、まるで厳かな儀式のように、二人は口づけを交わした。


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