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異世界の魔女と四大王国 〜始まりの魔法と真実の歴史〜  作者: 祐
第七章 ユウリとヨルン
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7-2. エスコート

 ユウリは、今、悶々としている。

 全ては、ナディアの一言から始まった。


『ユウリは、誰にエスコートしてもらうのかしら』


 早々とレヴィとの約束を取り付けた彼女が、ユウリに聞いたのだ。

 それまで、ユウリはパーティーにエスコートがいることさえ知らなかった。

 ナディアが言うには、誘うのは、親しい異性が好ましいらしい。

 参考までに、レヴィにどういう経緯でナディアのエスコートになったのか尋ねると、例の笑っていない、恐ろしく冷たい瞳でかわされた。どうやら、いつものように、ナディアから理不尽に押し切られたようだ。


 ——親しい異性


 ナディア以外、一般生徒の友達がいないユウリにとって、それは、カウンシル役員の内の誰かになる。

 レヴィは除外するとして、残り四人。

 ロッシは、ないと断言できる。何故なら、彼は最後まで欠席したがっていたからだ。他の四人が出席すると決まって、ヨルンが会長命令で出席を命じると、仏頂面で了承していた。そんな彼に頼むなんて、できるわけない。

 リュカは、なんといってもドレスを用意してくれた。けれど、パーティーでまで近親相姦だのなんだのと、好奇の目に晒されたくない。ユウリに甘いリュカのことだから、ドレスを盾に迫ることもないだろう。

 残るはユージンかヨルン。

 ユージンは……正直ちょっと怖い。だけど、ここ最近、少し優しいところも垣間見えた。普通魔法指導では一番お世話にもなっている。

 ぐだぐだと思考を重ねてはみるが、本音をいうと、ユウリにとって最も親しい、というより、親しくありたいと思う異性は——。


「ユウリ」

「わひゃ!」


 突然、背後から声を掛けられて、変な声が出る。

 振り返ると、キラキラとする銀の髪の下に、優しく微笑む顔があった。


「ヨ、ヨルンさん」

「どうしたの、ここ、しわ寄ってるよ」


 長い指が、ユウリの眉間を突つく。

 慌てて額に手を当てるユウリに、ヨルンはいつものように大きな手で頭をポンポンと撫でた。


「まだ体調、悪い?」

「いえ、大丈夫です……!」


 覗き込むように顔を寄せる彼に、ユウリの頰の熱が膨張する。

 それを見て、ヨルンは彼女の髪をくしゃっともう一度だけ撫でて、何か思案するようにその手を自身の顎へ持っていった。


「今、時間大丈夫?」

「はい、丁度執務室にお邪魔しようかと思ってたので……」


 今日の授業は全て終わったというユウリに、ヨルンは安堵したように呟く。


「じゃあユウリの部屋でも、問題ないよね?」

「へ?」


 ヨルンの外套に抱きすくめられると、相変わらずの速さで詠唱される。

 聞き返す間も無く、瞬きした途端、二人はユウリの部屋の真ん中に立っていた。


「ヨヨヨヨルンさん! 幾ら何でも、部屋の中に直接転移は……!」

「ごめん、ちょっと、座標が狂った……」


 照れたように口元を隠すヨルンに、なんという可愛さだ、とか、散らかったままの部屋を見られた、とか、色んな思考が交錯して、ユウリはただ、口をパクパクとさせている。


 転移魔法が、一度訪れた場所でないと発動しないことは知っていた。

 ということは、やはりあの晩、眠ってしまったユウリを部屋の中まで運び込んだのは、他でもないヨルンだったのだ。

 普通は正確な座標固定のために魔法陣を使うのだが、ヨルンが詠唱だけで部屋のど真ん中に転移できたということは、余程きっちりとユウリの部屋を記憶していたに違いなく、それもまた、彼女の混乱に拍車を掛けた。


「うああああ、汚くてごめんなさいぃぃぃ!」


 慌てて今朝起きたままだったベッドのシーツを直して、床に脱ぎ捨てたままだった寝間着をベッドの下に蹴りいれる。机の上に溢れた書物と書きかけのレポートは、この際見ないことにした。

 わあわあと騒ぎながら、狭い部屋を駆け巡るユウリに、ヨルンは申し訳なさそうに邪魔にならない壁際へ移動している。


「本当、ごめん……部屋の前に移動する予定だったんだけど……」

「ふ、普段から片付けてない私が悪いんです……! 狭いですけど、座っていてください。お茶、淹れます」


 ヨルンに椅子を進めて、ユウリはキッチンで茶葉の用意を始めた。

 小さなテーブルに備え付けられた、これまた小さな椅子に腰掛けると、ヨルンの身長では、足を横から投げ出さないといけない。

 四苦八苦してそこへ収まったヨルンの爪先に、コツンと大きな箱があたる。目をやってみると、床に置かれたその箱の中から溢れる柔らかなペーパーとロゴから、それがパリア製だとわかった。


「これ……」

「ああ、それ! サマーパーティーのドレスを、リュカさんが用意してくれたんです」


 ユウリから、二人分のカップとティーポットを乗せたトレイを受け取って聞いたヨルンに、彼女はパッと顔を綻ばせて答える。


「サマーパーティーのドレス……」

「素敵なんですよ! ナディアが言うには、パリアの有名デザイナーだとかで……本当、リュカさんってば、シスコンが過ぎますよね」


 照れたように笑ったユウリに、ヨルンはぎゅっと眉根を寄せた。


(あれ?)


 何か機嫌を損ねることを言ったのだろうか、と焦るユウリの耳に、ヨルンの沈んだ声が届く。


「ごめん、俺、ユウリがドレス持ってないって知らなくて」

「な、なんでヨルンさんが謝るんですか」


 気にかけてくれるのは嬉しいが、ヨルンの表情はまるで、自分が用意できなかったことを拗ねているようで、そんな顔と声で言われると、折角収まったユウリの頰の熱が再燃しそうになる。

 そんなユウリに、ふっと相好を崩して、ヨルンは短く詠唱すると、リュカがしたように両手に収まるくらいのベルベットで覆われた箱を出現させて、テーブルへと置いた。

 きょとんとするユウリに、彼はそれを開けるよう促す。


「本当は、ドレスに合わせた方がいいのかもしれないけど、ユウリに似合うように選んだから」

「う、わぁ……」


 ユウリがフタを開けるとそこには、夜闇を思い起こさせる真っ黒に輝く大きな宝石を中心に、細く扇状に小さめの同じ石が施されたビブネックレスと、お揃いのイヤリングが収められていた。

 それらがキラキラと光に反射すると、黒かったはずの石の中に光を灯したように違う色が見える。


「凄く、綺麗です……」

「ユウリの瞳の色と同じ。漆黒だけど、光の加減で、真紅にも見えるんだ」


そう言われて目を凝らすと、石の中に見えていた光が紅玉のようだとわかる。


「う、嬉しいんですけど、でも私、ネックレスは……」

「ああ、大丈夫、ほら」


 ユウリの言わんとすることを読み取ったヨルンが一番大きな宝石を捻ると、カチリと音がして石が取れ、空洞が現れる。これなら、機械時計を収められる。

 さらに、ビブネックレスの宝飾に使われいるのは、その黒い石と金剛石だと気付いた。

 美しい宝石に加え、ヨルンの心遣いに、ユウリは瞳の奥が熱くなる。


「こんな高価なもの……私、何もお返しできません」

「俺が渡したいから、いいんだよ。ユウリが、それを着けて、パーティーに出てくれるだけで十分」


 無造作な銀の髪の下から弧を描く銀の双眸が覗いて、ユウリの潤んだ漆黒を捉えた。

 条件反射のようにさっと染まる頰に、長い指が伸びてきて、ユウリの鼓動が痛いくらいに早まる。


 ——もしかしたら、同じ想いで


 淡い期待に、心の中で否定するも、その指先が髪先と頰に触れると、ユウリは思わず口にしていた。


「あの……っ」


 ん?と首を傾げるヨルンに、ユウリは多分、一生分の勇気を振り絞った。


「ヨルンさん、パーティーのエスコート、お願いできませんか」

「え?」

「私、これを着けて、ヨルンさんとパーティーに行きたいです」


 目を見開いたヨルンに、ユウリはしまったと思う。

 嬉しさと恥ずかしさの勢いで言ってしまったが、まるでこれでは、一方的な告白ではないか。


「いや、ご、ご迷惑ならいいんです! ナディアが、レヴィさんに頼んだっていうから、それで……」


 ブンブンと両手を赤面した顔の前で降りながらユウリが慌てるのに、ヨルンは可笑しそうに口元を歪ませた。


「誘う手間が、省けたよ」

「へ!?」

「《始まりの魔女》をエスコート出来るなんて、光栄です」


 立ち上がって優雅なお辞儀をして手を差し伸べたヨルンに、ユウリは指先まで真っ赤になりながら、そこに自分の右手を重ねる。

 ヨルンの顔を、真っ直ぐ見られない。


「よろしく、お願いします……」


 ぎゅっと握り返されて、限界を迎えそうな心臓を抑えるユウリは気づいていなかった。

 ヨルンの、その、苦悩に満ちた眼差しに。


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