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異世界の魔女と四大王国 〜始まりの魔法と真実の歴史〜  作者: 祐
二章 前途多難な学園生活
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2-9. カウンシル塔

 今日は水魔法の様々な応用を習ったのだが、やはり『蒸発』が上手くいかず、空き時間に手伝ってもらおうという魂胆で、ユウリは午後の実技授業の終わりに、ナディアとカフェテリアでお茶をしながら復習をしていた。


「そこは、こういう感じ」

「そうやってるつもりなんだけどなぁ。えいっ」

「ああっ、ユウリ、それだと」


 水に浸したハンカチから勢いよく飛沫が上がり、あたりに噴射する。


「ああああああ、ごめん!」

「いいのよ、貴女に濡らしてもらえるならこの上ない光栄」

「キモい、ナディア」


 もう慣れてしまったナディアの熱視線を軽く交わして、ユウリはもう一度ハンカチを濡らす。

 数回試して、ようやくハンカチの真ん中だけ『蒸発』出来たが、辺りは水浸しである。


「今日は暖かくてよかったわね」

「ううぅぅうう、ごめんね、付き合わせて」

「ユウリの頼みとあれば、いつでもどこでもどこまででもお付き合いするわ」

「ありがと。申し訳ないんだけど、乾かすの、やってもらえる?」


 にっこり笑って綺麗な発音で水魔法を詠唱するナディアは、相変わらず美しい。

 ユウリは彼女に、いつもそんな感じにしていればいいのに、と言ったことがあるが、ぎゅうぎゅうハアハアされながら、貴女が可愛いのが悪いのよ!とか何とか余計に酷くなったので、その言葉は封印した。


「ああ、カワイイ仔猫ちゃんが二人」

「ぎゃあ!」


 ふ、と背後から耳元に息を吹きかけられて、ナディアがら美少女らしからぬ声を上げる。


「でででで出ましたわね」

「おや、そんなに俺のこと待ち焦がれていたの」

「そんなわけありますか、この妖怪色情魔!」

「リュカさん、本当に懲りませんね。親衛隊の皆さんはどうしたんですか」

「ヤキモチ焼く仔猫ちゃんも最高にキュートだよ」

「……そのポジティブさ、ちょっと羨ましいです」


 言葉に反して、むしろ蔑むような眼差しでため息をつくユウリに、リュカはただ笑うだけだ。


 四六時中神出鬼没なちょっかいをかけるリュカを、ナディアが追い払えたのは、ほんの数日だった。

 しばらくして、殺意のこもった視線と声音に慣れてしまったのか、ナディアも含めて構うことにしたらしいリュカに、ユウリは半ば諦めの境地に達しているのだが、今だに激しく噛み付くナディアと意にも解さないリュカの攻防を眺めるのが、彼女の日課となっていた。


「仔猫ちゃん、そろそろ執務室に行く時間だろう? 俺が迎えに来てあげたんだよ」

「あ、本当だ」

「まぁ、それは大変」


 二人分の鞄を抱えて、ナディアがきっとリュカを睨んだ。嫌な予感がして、鞄を取り返そうとするユウリの手を掴んでナディアが宣言する。


「私がユウリを連れて行きます!」

「ナナナナナナディア」

「リュカ様と二人きりなんて、ユウリの貞操の危機だわ!」


 楽しそうに喉の奥で笑うリュカと右腕に巻き付いたナディアに挟まれて、ユウリは、何で今日に限って指導してくれるのがあのユージンなんだろうと泣きたくなった。




 ***




 カウンシル執務室は、学園長室のある白亜の塔のそばにある、カウンシル塔の一角にある。


 カウンシル塔は、一階に警備室や整備室、倉庫や書庫、二階に専用ラウンジおよび食堂やダンスホール、三階以降にあるカウンシル役員たちの居住区と色々な設備、そして最上階にある執務室、と分かれている。

 その構造からもわかるように、カウンシル役員ならびに関係者——警備団や各王子達の使用人、整備員や料理人といった学園従業員など——以外は、基本的に立ち入り禁止である。


 入塔は『(ゲート)』と呼ばれる認証魔法のかけられた扉と一階の警備室で厳重に管理されており、学園長の許可を受けた者やカウンシル役員達が招待した生徒しか足を踏み入れることは不可能だ。

 その不可侵さがまたさらに、特別許可の出ているユウリへの反感を呼ぶ結果となっている。


 結局、毛嫌いしているリュカの計らいでナディアは初めてこの塔の中に入ることが出来たのだが、彼女はお礼もそこそに、ユウリしか目に写っていないようだ。


「中はこんなに綺麗なのね。でもユウリの何千億分の一にも及びませんけど」

「ナディア、ウザい。でも、確かに数百年前に建てられたのに、結構綺麗で広い」

「そりゃあ、そうだよ。ユウリ、まだ歴史の講義はあまりやってないのかな」


 リュカに言われ、ユウリは首を振る。


「そっか。じゃあ、ここが代々四大国王が学園在籍期間に使用する居住塔だったとは知らないの?」

「へぇええ、そうなんだ」

「だから、カウンシル役員は基本的に、次期王位継承者しか選ばれないんだ。それぞれの役職はいわば人気投票みたいな感じ」

「え、でも」


 ユウリは鋭い紺色の目を思い出す。


『ユージン= バストホルム、ガイア王国第二王子、学園カウンシル副会長』


「ユージンさんって()()()()ですよね?」


 第二、の辺りで、犬猿の仲のはずのリュカとナディアから見事な連携プレーで口を塞がれたユウリは、目を白黒させる。

 二人とも苦笑していて、ナディアは困ったように声を潜めた。


「ガイア王国は第一王子のウェズ様と第二王子のユージン様の間で、熾烈な派閥争いがあったと言われているの」

「え?」

「ウェズ様は現国王陛下ご嫡男なのだけれど、前王妃様はご病気でお亡くなりなられ、ユージン様はその後再婚された現王妃様のお子様なの。ただ」

「ユージンは、めちゃくちゃ優秀なんだよねぇ」


 リュカが口を挟む。ユウリも、何となくその背景が見えてきた。


 ユージンの兄ウェズは、熟練クラスへの昇級試験を五度も落ちたことで有名なのだとナディアは言う。

その後卒業試験を受けるもそれすら突破できず、現在上級Aクラスで彼女と同級だが、大まかな単位は修め終えていてあまり授業では目にしないらしい。

 一方ユージンは、入学当初の測定ですでに上級クラスへ入り、その一年後、兄の頭を飛び越えて、あっさりと熟練クラスへ昇級、カウンシルの役員にも問題なく選ばれた。

 ガイア国内での評価は総じて、ユージンが次期国王で間違い無いとされているようだ。


「はっきり言って、ウェズ様はさほど気にしていらっしゃらないようなの。でも前王妃様の関係者は面白くないようで、ユージン様に酷く反発しているみたい」

「そうなんだ……」


 居丈高な態度の裏に、そんな事情があっただなんて。

 今日のお説教は素直に聞こう、とユウリは執務室の扉を開けた。


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