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1-15. カウンシルの王子達 ヨルン = ブルムクヴィスト

 もともと山頂付近のカルデラ地帯である《北の大地》は、人間が居住するにはやや魔力の影響が強く、魔物や魔獣が数多く蔓延る危険地域だったという。


 《始まりの魔女》が各国の有志達と共に魔法教会を設立するにあたり、この地を選んだのは、安易に攻め込まれない地形と、教会の本質である世界平和のための魔力の管理、研究、運営に適しているからだろう。

 教会がこの地を本拠地とし、人に害なす魔物や魔獣の生息地を特定、管理することによって開拓が進み、現在は最北に位置する教会のほか、居住区と《北の街》と呼ばれる下町、そこから最南にある学園へと、安全な大通りや移動魔法陣が整備されており、学園の北門を出てすぐにも、移動魔法陣管理所がある。

 学園の学生でも、学生課の許可を貰えば、魔法陣を使用して《北の街》や教会へ行くことができた。

 ただし、移動魔法陣の使用は、少々値が張る。

 《奨学生》として在籍するユウリにとって、それはあまり安くない出費だったため、彼女は一度も学園近辺から出たことがなかった。


 本日最後の授業とカウンシルでの課題を終えて、執務室で休憩していたユウリがそう零すと、長椅子でそれまでウトウトとしてヨルンが、行こう、と突然立ち上がり、そのままカウンシル権限なのか、会長権限なのか、許可証をすぐさま発行してもらい、管理所まで連れてこられたのだ。


「こ、これに乗ればいいんですね……?」

「いつまでやってるの、ホラ!」

「わあ!」


 今まで一度も移動魔法陣とやらを使用したことにないユウリが、恐る恐る魔法陣に近づいていたのを見て、ヨルンは強引に手を引いてその上に乗った。

 パラパラと光の粒子が集まって、視界を塗りつぶしていき、次の瞬間、ざわざわとした大勢の人が眼前に現れる。


「う、わぁ」

「ね、早いでしょ?」


 早さもさることながら、その人の多さにも驚く。

 《北の街》にある移動魔法陣管理所は、関門駅と同じような役割をしており、そこから各王国、もしくは各国境の関門駅まで移動できるようになっているため、終日多くの人で賑わっていた、


「あの、お金、よかったんですか」

「ん、大丈夫だよ。ほら、一応これでも王族だから」

「あ、あり、がと、ございます……」


 その美しい形の唇の端をにっと上げ、ばさっと外套を翻して片目を瞑るヨルンは、一応どころか、完璧なまでに王族だった。

 思わず頰が熱くなるユウリを知ってか知らずでか、さ、行こうか、と歩き出すヨルンは、いつものように、彼女を外套の中に納める。


「いや、ちょ、普通! 普通にしてください!」

「ん? これ、普段通りじゃない?」

「いや、そうですけども、あの……」


 ユウリは、こんなことなら、この行為を甘んじて受けるべきではなかった、と後悔するが、結局、ヨルンにされるがまま、街の雑踏へと踏み出すこととなった。

 流石に四大王国のうちの一国の王子であるヨルンは大層目立つ。

 ほんの少し歩いただけで、そこかしこからざわめきが起こり、ある意味外套に隠れていて良かったのではないかとユウリは自分を納得させた。


「この辺は、魔導具とか魔法書とかのお店、あそこら辺は、服飾や宝飾かな。あのカフェは、学園内にも出店してるよ」

「うわぁ……人も多いけど、お店もたくさんですね!」


 トラン村からあまり出たことのないユウリにとって、小規模の部類に入る《北の街》ですら、途方もなく都会に感じる。


「わ、ここ、凄いですよ! ヨルンさん!」


 駆けていくユウリを追いかけると、彼女は宝飾店のウィンドウを見ていた。


「綺麗ですねぇ……こんな大きなダイヤモンド、見たことない」

「入ってみようか」


 え、と思う間も無く、ユウリはヨルンの手を引かれて、店内へと足を踏み入れる。

 ウィンドウディスプレイとは比べ物にならない数の宝石達に、目眩がしそうだ。


「わ、私には、ちょっと場違いな……」

「まぁぁああ、ヨルン様! ようこそおいでくださいました!」

「うん、久しぶり」

「へ!?」


 店主と思われる、両手の指にユウリの目玉くらいあるんじゃないかというほどの宝石を散りばめた中年女性が、ヨルンに深々とお辞儀している。


(そ、そうか、王子様ですもんね)


 店主に傅かれることに慣れている様子のヨルンに、ユウリは王族の凄さを目の当たりにした気分になった。


「今日は、また、品質チェックですか? それとも、お買い物で?」

「ただ、この子が綺麗って言ってたから、顔出して見ただけだよ」

「あらあら、まあまあ、可愛らしい方をお連れで。店主のアーネと申します」

「あ、ユ、ユウリと申します……」


 外套に巻きついてしまいたほど、ユウリはこの場に削ぐわない気がして、困ったようにヨルンを見上げる。


「ああ、ごめんごめん。ユウリ、初めてだよね、こういうお店」

「はい……」

「外で、あんまりユウリの目がキラキラしてたから。この際だから、ゆっくり見たら」

「改めて見ると、煌めきが凄いですね。こんなとこに躊躇いなく入れるヨルンさんも、凄いです」

「馴染みの店だったからね」

「え?」

「あれ、知らなかったのかな?」


 ヨルンの出身国フィニーランドは、自然豊かな国で、土地の豊かさを強みにした産業が盛んである。

 有名レストランではこぞってフィニーランド産の食材を使うし、上流階級の贈答用果物なども大抵はそうだ。

 またその次に有名なのが、鉱物だ。数々の宝石類もフィニーランドが世界一の産出を誇り、パリアの宝飾デザイナー達もその品質好んで、フィニーランド産でなければ宝石と呼ばない、と言うものまでいた。


「特産物としては知ってましたけど、まさか、ヨルンさん自ら品質チェックしてるなんて」

「たまに市場調査として、学園から一番近いここにきてるんだよ」

「そうなんですね」

「ほら、これなんかは、フィニーランド産でも特に輝きが美しいでしょ」

「ふぁああああ、ほんとだ」

「良かったら、お着けになってご覧なさいます?」


 店主から勧められて、ユウリは固辞する。とてもでないが、買える値段ではない。


「あげるよ」

「あげっ!? 無理無理無理、ヨルンさん、値段見た!?」

「えー、よく似合いそうなのに」

「無理です!」


 こういうところが、王子だとユウリは頭を抱える。

 ユウリに断固として拒否されるが、それでも何かを贈りたいと主張するヨルンに、店主がそれならば、と装飾されたペンを勧める。外側は艶やかな漆黒の金属製で、極小のブラックダイヤモンドがペン尻に埋め込まれていて、ペンとしてはかなりの値段なのだが、ユウリでも頑張れば買えない程でもなかった。


「ユウリみたいな、綺麗な漆黒」

「……っ! そ、そういうことを、さらっと言わないでください……」

「《北の街》初訪問記念に、贈らせてよ。俺の顔を立てて」

「う……そこまで、言うなら……というか、素直に嬉しいです。ありがとうございます」


 店を出てからそのペンを大事そうに抱えて、子供のようにはしゃぐユウリの頭をぽんぽんと撫でながら、ヨルンは笑った。


 莫大な魔力を放出させた《始まりの魔女》。

 こうやって無邪気にはしゃぐ少女。

 二つの全く異なるように思われる性質が、この小さな身体に詰まっている。


 なんだかそれが、可笑しかった。


 多くの子供達にとって、そしてヨルンの幼少時も例外でなく、《魔女》とは恐ろしいものだった。

 四大王国成り立ちの物語の最後で、必ず狂い封印される《魔女》。


 それなのに、現実の《魔女》は、辛い時でも凛として、それでいて無垢で純粋で、よく笑う。


 ——変な()


 文字ではない、実際に目の前で生きる《始まりの魔女》。

 ヨルンはその少女を、もっとよく知りたいと思った。


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