流れ星を捕まえられたなら……
1-
「もし、流れ星を捕まえられたなら……」
と彼は言った。
2-
あれから何年もの月日は流れ、私は老いた。
夢に向かって、遠く宇宙に旅立った彼のことを思う。
夜中になると、私はいつも空にある星々を眺めた。
彼はそこにいるのだろうか、便りの無い彼のことを心配する。
あの日の約束だけが、私と彼を結び付けているように思えた。
3-
ある朝目覚めると"彼"がそこにいた。
「ずいぶん待たせたね」
と彼は言う
「ちょっと遅かったじゃない」
と私は言う。
「もうすっかりおばあちゃんよ」
と私は微笑む。
「それでも、君は綺麗だよ」
と彼は言う。
彼は思い出話を沢山聞かせてくれた。
宇宙の事、仲間の事、沢山の発見があったこと
そして沢山、夢を叶えたこと
やがて、彼は寂しそうに俯いた。
「流れ星を君に渡す約束だったのに」
と彼は言った。
「そんなの本気にしてませんよ」
と私は答えた。
彼があんまりに落ち込むものだから、私は可笑しくってケラケラと笑う。
「私にはこれで十分ですよ」
私は、あの日もらった星のペンダントを、指でさすった。
そうすると彼は何かを閃いたようだった。
「そうだ。今度は二人で宇宙に行って、君に似合う星を一緒に探そうじゃないか」
私は彼が何を言い出したものか、と驚いた。
けれど、すぐに思い直した。
「それもいいかもしれませんね」
と彼に告げた。
彼は大変に嬉しそうだ。
「そうだ。そうしたら、すぐにでも出発するとしよう」
と立ち上がり私の手を引いた。
「そんなに急がなくても」
私はそう言いながらも、ようやく待ち続けるだけの日々が終わることに安堵していた。
彼の手のひらのぬくもりに、あの日の約束がようやく果たされたことを、はっきりと感じていた――
4-
ある町で一人の老婆の葬儀が行われていた。
彼女は、安らかな表情でそこに横たわっていた。
その首元には星の形をした黒ずんだペンダントがかけてあった。
彼女は穏やかで気立てがよく、街の皆に愛されていた。
昔は町中の男たちから言い寄られていたほどであったが、生涯彼女が夫を持つことはなかった。
――昔話によれば、彼女は とある青年と若いころに恋に落ちたらしい。
あるときに青年は夢を追いかけて遠く宇宙へと旅立ち、そのまま帰ってこなかったそうな。
その日から彼女は毎晩、夜空を見上げてじっと立ち尽くすようになった。
町の者たちはそんな彼女の様子を心配したが、彼女は"ただ星を見るのが好きなだけよ"
とにっこりと笑うのであった。
5ー
その日は、すごく星が綺麗だった。
私と彼はいつものように庭の草むらに座って、彼が大好きな宇宙を眺めた。
私は彼とこうしているのが好きだったけれど、明日彼が旅立ってしまうことを思うと胸が痛んだ。
でも夢を追う彼の姿が大好きだったから、私は彼が宇宙に行こうとするのを最後まで止めることはなかった。
しばらくそうしていると、スーっと流れ星が夜空を流れていった。
「あっ、流れ星」
私は彼に喜んで告げた。彼は流れ星が大好きだった。
けれど、彼の方を見ると、彼は見たこともないほどに真剣な表情をしていた。
私は、彼が何かを話し出すのをじっと待った。
やがて、私が少し集中が途切れて、星に見とれている様になったころ、声が掛かった。
「あのさ」
「うん」
「明日から俺、とても長い間キミに会えなくなってしまうんだ。」
「うん、知ってる」
「だから、言わなくちゃダメなことがあるんだ」
「……うん、なに」
「あのさ……」
彼が喉を詰まらせたように言葉が出てこない様子を見て、私はなんだか可笑しくなって笑った。
「笑うなよ。今、真面目な話してるのに」
「うん、ごめん。なんだか見てたらおかしくって」
夜空にまた星が流れた。
「あっ、また流れ星」
私は立ち上がって空を見上げた。
すると幾つもの星が夜空を何度も何度も流れていった。
「うわぁ……凄い流星群だ。」
彼も興奮したように立ち上がって、夜空を見つめた。
そんな彼の様子が愛おしく思い、私は彼の手を握った。
「どうせ帰ってきたら、結婚してくれーって言うんでしょ?」
「えっ、ひどい。なんで俺から言わせてくれないんだよ」
「ほらね。やっぱり」
私は彼の手を少し強く握った。
「そういうこと言うと、なんだかキミが帰ってこない気がして、嫌なんだよね
――だから、そういうのは無しにしようよ」
私は囁くような声で彼に告げた。
私は、彼が今日までにしてきた大変な決意を踏みにじってしまう罪悪感を胸いっぱいに感じていた。
けれど、私を置いて宇宙に行ってしまう彼への当てつけをしているのだと心を落ち着けた。
彼は少し寂しそうな顔をしながら、夜空を眺めていた。
「じゃあさ。こうしようか」
そう、彼は言う。
「流れ星を捕まえてきてやるよ」
「へっ?」
私は彼があまりにも素っ頓狂なことを言いだすものだから、驚いた。
「急に何言ってるの?」
「いや、だから宇宙で流れ星を捕まえてくるからさ」
彼はにっこりと笑う。
「俺が流れ星を捕まえてきたら、俺と結婚してください」
「……」
私はすっかり不機嫌になって、頬を膨らませて彼を見ていた。
「なんで、こんな大事なとこでふざけるのさ」
「ふざけてないよ。俺、流れ星を捕まえるのが夢なんだよ」
「ふざけてるよ。無理だよ、そんなの。私たち一生結婚できないよ」
「いや、ほんとだって。じゃあもし捕まえられなかったら……」
「捕まえられなかったら……?」
私は答えによっては一発ぶん殴ってやろうと思った。
「そのときは、一生お前の傍にいるよ」
「……それって結婚とどう違うの?」
「もう、寂しい思いはさせないってことさ」
彼がそう言って私に笑いかけるので、私は嬉しさと恥ずかしさでなんだか体中がむず痒く感じた。
「そうだ。じゃあこれだけは貰っといてよ。……目を瞑って」
彼の言われるがままに目を瞑ると、彼が私の背後に立った。
私の胸の前に背後から手を持ってくると、何かを私の首に取り付けようとしているのが分かった。
"あれどうやって取り付けるんだこれ"という声を上げながら、おぼつか無い彼の様子が可笑しかった。
「目を開けていいよ。」
わたしがようやく目を開けると、胸元にキラキラと金色に光る星のペンダントが見えた。
「うわぁ、綺麗……」
「喜んでもらえた?」
「ええ、とっても」
そう告げると、彼はとても安心した様に見えた。
「俺がほんものの流れ星を持って帰ってくるまでの間は、そのペンダントで我慢しといてよ」
彼が、はにかみながら言った。
「本当に持って帰って来なかったら、絶対に結婚してあげないからね」
私が意地悪くそう返すと、"そのペンダントより遥かに大きいのを持って帰ってくるよ"と彼は笑った。
その後、私たちはまた黙って、夜空を見上げていた。
彼の右手から伝わるこの熱の感触は、ずっと覚えていようと思った。
もし、流れ星を捕まえられたなら -終-