パパは早く帰りたい ~おかしな理由で異世界に召喚されてしまったパパは車と荷物を駆使して頑張ってみる~
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夏の夕暮れ。三十路を間近に控えた奥原佳二は買い物を終え、通い慣れた道を黒い軽四で家に向かっている。
そしていつもよりも長く感じたトンネルを抜けると――そこは戦場だった。
「どぅわああああッ! あぶないっ、あぶないっ、あぶないぃぃぃッ!」
突然の光景に、佳二はクラクションを鳴らす余裕もなくハンドルを切る。
大柄の筋肉質で髭面のむさくるしい男たちや馬に乗った騎士風の男。肌の露出が多い服装の女や魔女のような格好をした少女が悲鳴をあげて逃げるなか、佳二は誰にもぶつかることなく車を止めることができた。
「こらぁぁぁッ! お前たち、道の真ん中でなにやっ……てんだ?」
パワーウィンドウを下げた下げた佳二が声を荒げるが、その語尾は疑問形になってしまう。それは、その風景が佳二の知らないものであったから。
「ここ……どこ?」
舗装された道を走っていたはずなのに、今いる場所は中世ヨーロッパにあったようなどこかの小さな砦前の広場である。
目がテンになる佳二に、魔女のような格好をした少女が騎士が呼び止めるのも聞かずに走り寄ってきた。
「なんか間違えて変なもの召喚しちゃったみたいですけど、戦力になるのなら問題なしです! さあ、あの野盗さんたちを蹴散らしちゃってくださいっ!」
年の頃でいえば15から17ほどのコスプレ少女が佳二の目を見ながら野盗らしき男たちをびしっと指差す。
つられた佳二が男たちを見ると、手に剣や槍、弓を持った男たちが目を丸くしている。その反対方向には馬に乗った騎士と露出の多い女の姿があった。
どうやら、佳二は敵味方に分かれた真ん中にいるらしい。
「――は?」
少女に向き直った佳二がそう言うと、今度は少女も目を丸くした。
「いや、は? じゃなくて、あの野盗さんたちをやっつけちゃってください!」
「――なんで?」
「な、なんでって……。あの人たちは悪者だからです! この辺りの街道を荒らしまわるものだから、商人や町の皆さんが困っているんですよ!」
「ふ~ん……。つうかさ、撮影の邪魔だろうから俺帰るわ。悪いんだけどさ、出口教えてくれない? 今晩は一歳になった娘と花火をする約束をしてるんだよね」
少女は真剣な目をしているが、佳二にとってそれは迫真の演技に見えているようだ。しかし嫌な予感はしているようで、その顔はどこか引きつっている。
「撮影……って、なんですか?」
キョトンとする少女に、佳二の笑顔がさらに引きつる。
「ま、またまた~。映画かなんかの撮影でしょ? そういうのはいいから、監督さん呼んで……」
くれる? と言葉を続けようとした佳二は風を切る音を聞いた。と同時に頬に鋭い痛みが走る。
「痛って!」
頬を押さえて身を縮ませた佳二は、運転席のシートに刺さった矢を見た。そして頬から手を離すと、手の平には赤い血が……。
「やっぱり撮影じゃねぇぇぇっ!」
佳二の泣きそうな悲鳴が戦闘再開の合図となった。
「あの黒いやつからやっちまえ!」
頭領らしきスキンヘッド男の声で野盗たちが弓を弾く。放たれた矢は佳二――というよりも、見たことのない敵である車を狙ったものである。
「冗談じゃねえ! 十年乗った車だけど、あと五年は乗るつもりなんだ! こんなところで壊されてたまるかっ!」
ドアを開けた佳二は少女を車内に引き込む。そしてギアをバックに入れてアクセルを踏み込んだ。
「わわわわッ! なに!? なにこれ!?」
膝の上の少女が佳二にしがみつく。
ドアは開けっ放しなので危ないのだが、その急発進のおかげで佳二も少女も車も矢から逃れることができた。
「よしっ! このまま逃げるから、しっかりつかまってろよ!」
半身を後ろに向ける佳二は片手でハンドルを操りながら出口を探す。
一見すると石壁に囲まれた広場だが、どこかに出入り口があるはずなのだ。
しかし少女は佳二に抵抗する。
「逃げるなんてダメです! やっと野盗さんたちのねぐらをつきとめたんですよ。ここで一網打尽にしなくちゃならないんです!」
「こ、こらっ、顔を押さえるんじゃない! 後ろが見えないだろ!」
慌てて急ブレーキを踏む佳二。車は外壁すれすれで停車する。
動きを止めた車は格好の的なのだが――弓矢が飛んでくることはなかった。
それは、騎士と女が野盗たちと戦っていたから。しかも圧倒的な力の差で野盗たちを蹴散らしている。
「す、すごいなあの二人……。生でアクション映画を見てるみたいだ……」
佳二のつぶやき。
身軽そうな鎧を身に纏い、馬に乗った騎士風の男は槍を器用に操って野盗たちをなぎ払っている。
踊り子のような格好をした女も、腕につけているいくつかのリングを取り外して野盗たちに投げつけていた。主に狙っているのは弓を持った野盗たち。佳二たちの方に弓矢が来ない理由がそれである。
「槍使いのケリーさんと、舞闘家のニナさんです――」
むくっと上体を起こした少女が二人の説明をする。
「踊り子も出来るニナさんが野盗たちに近づいてねぐらを探り、そこにケリーさんが合流して野盗たちを討伐する――。もともとこの仕事はあの二人のものだったんです。私は協力を依頼されただけ――さあ、私たちも加勢しに行きましょう!」
「加勢って言われても……。あの二人がいれば十分じゃない?」
消極的な佳二に、やる気満々の少女がふくれる。
「なに言ってるんですか! 人間だけならまだしも、向こうにはトロルもいるから私に協力を頼んできたんですよ。サラマンダーじゃなかったけど、せっかく召喚したんだからお仕事はしてください!」
「なにがお仕事だ! 勝手に召喚しておいて……って、来たよ、来た来た! 来ちゃったよ!」
抗議しようとした佳二の目に、数人の野盗たちが武器を手にして向かってくるのが飛び込んできた。
どうやらケリーとニナには太刀打ちできないので、先に動きを止めた佳二たちを叩きに来たらしい。
「ばかっ、来るな! 来るんじゃないっ!」
佳二は咄嗟に何度もパッシングする。
クラクションを鳴らした方が良かったかな――とも思った佳二だが、それは意外にも効果があった。
「ぐあっ、まぶしいっ!」
「気をつけろっ! あの黒いヤツ、見たことのない魔法を使うぞ!」
足を止めた野盗たちは腕で目を守って警戒する。
しかしその無防備な姿はケリーの格好の餌食となり、あっという間になぎ払われることとなった。
「今何をしたんですか?」
「そんなのは後! ちょっとどいてくれ!」
佳二は膝の上の少女をどかし、後部座席の大量に買い込んだ物のなかから沢山の花火が入っているビニールバッグを掴み取る。
「まったく、娘の紙おむつを買い続けるのに月にいくらかかると思ってんだ。わけのわからないやつらに車をボコボコにされたなんて妻に言ったら……」
妻の鬼の形相を思い浮かべて青ざめる。
保険が有効かなんてことを考える暇はない。側面からまた数人の野盗たちが車へと向かってきているのだ。
胸ポケットに入っているタバコとライター。佳二はそのライターを取り出してロケット花火の束に火をつけた。
「花火を人に向けてはいけませ~ん!」
自分でも何を言っているのかわからないほど混乱している佳二の手から、ロケット花火が次々と発射される。
「弓もなしに矢を放っただと!? だかッ、そんなものは叩き落してくれるッ!」
腕に自信があるのだろう。向かってくる野盗のひとりが半月刀を振りかぶった。
しかしロケット花火はそんな男の目の前で破裂する。
「なんだッ、なんなんだコレは!?」
次々と鳴り響く破裂音に野盗たちは動揺。
その隙に佳二は次の花火を準備していた。
「わはははッ、くらえ煙玉っ!」
投げ放った色とりどりの玉から、赤・青・緑・黄色といった煙が噴出する。
夜だと楽しさが半分以下という花火なのだが、風に吹かれた煙は壁に囲まれた広場に広がり視界を奪っていく。
「ほうれっ、次は25連発だっ!」
手に持った筒から、しゅぽ……しゅぽ……と飛んでいく火の玉。
攻撃能力はないに等しいのだが、それは敵味方関係なく視界を遮る煙の中から飛び出してくる火の塊――。
「どぅわあああッ!」
「な、なんとっ!」
「き、気をつけろッ! 焼かれちまうぞッ!」
「きゃっ!」
「ふ、伏せろッ、伏せるんだあああッ!」
この場を混乱させるには十分であった。
野盗たちの声のなかに驚くケリーの声とニナの短い悲鳴も混ざっていたのだが、佳二にそんなことがわかるはずもない。
「ふははははッ! どうだ、恐ろしかろう! これに懲りたら二度と俺の車に近づくんじゃないっ!」
高笑いをする佳二。なぜか涙目になっているのは、妻に怒られてしまった自分を想像してしまったからかもしれない。
「す、すごい。魔法も精霊召喚もなしにこれだけのことをするなんて……」
開いたままのドアに手をかけ、少女は混乱の様子に目を奪われている。
佳二はそんな少女の手を握る。
「キミ、今のうちに俺を元の世界へ戻してくれ!」
「え? で、でも、まだトロルが……」
「トロルなんてどうだっていいっ! こんなところにいたら死んじまうだろ!」
少女の言葉を遮って叫ぶ佳二。その時、突如突風が吹いて煙を拡散させた。
「てめえらッ、こんな子供だましになにをビビってやがんだッ!」
声を荒げたのは野盗たちの頭領。他の誰よりも体格が良く、その鋭い視線と風格は他の野盗たちとは比べ物にならない。
「相手はたった三人と変なバケモノ一匹だ! こんな奴ら、トロルの一撃で粉砕してやらぁッ!」
頭領は手に持つ水晶を掲げる。すると水晶が紫色に光り出し、その光に導かれるように砦からトロルが姿を現わした。
その体長は約5メートル。岩のような体に、手には軽四を一撃で潰せそうなこん棒を持っている。全てを敵視するような赤い眼が恐ろしい。
「と、トロルが出てきちゃった! こうなる前にサラマンダーで砦ごと焼き払いたかったのに!」
「……なぜ俺を睨む?」
恨みがましい目で見られた佳二は困惑。
その間にも戦いは再開されていた。
馬を操ってトロルのこん棒を躱すケリーは槍でその体を突くのだが、皮膚を少し切るのが精一杯でダメージを与えられていない。
それはニナのリングも同じで、外側が刃になっているようなのだが、トロルにはまるで効果がない。
その様子に、人数が半分以下になっている野盗たちは歓声をあげた。
仲間のピンチに、少女は慌てて車の中を覗き込む。
「なにか……、トロルを倒せる便利道具ってないんですか!?」
「無茶言うなっ、俺はどこかの青狸じゃないんだぞっ!」
ケリーやニナが圧倒的に不利なのは佳二にもわかる。しかしトロルのようなバケモノを倒せる道具なんて持ち合わせていない。
もしこの車両が戦車ならば砲撃で一発なのだろうが、あいにくこれはただの軽四である。
このままではらちがあかないと思ったのか、ケリーとニナがトロルから離れ、佳二の元へとやって来た。
「貴公、何か手立てはないのか?」
「このままじゃ私たちは全滅よ」
ケリーは顎髭を蓄えた騎士。髭のせいで佳二よりも年上に見えるが、実際はそう違わないかもしれない。
踊り子のような格好をしたニナは舞闘家だという。武道家との違いは投げ武具を扱うからだろうか。赤い髪をした美女である。
「――だったら逃げればいいじゃんよ……」
期待する目を向けられても佳二に策など思いつくはずもなく、ハンドルを握りながら肩を落とした。しかしすぐにある考えが頭をよぎる。
「そうだ! 今からサラマンダーを呼び出して、あいつらを一網打尽にしてもらえばいいんじゃないか!?」
我ながら名案――という顔をする佳二。だが少女は無念の表情で首を横に振る。
「召喚に応じなかったばかりか、召喚のチカラを別世界へと曲げてしまったサラマンダーはしばらく私には協力してくれないでしょう。たぶん、ここ最近頻繁に呼び出してしまったのでへそを曲げているんだと思います……」
「頻繁にって……そんなに激戦続きだったのか?」
「いえ。ここ三日ほど雨の日が続いていましたから、川魚が上手く焼けなかったんです。だから――」
「そんなことでサラマンダーを呼び出すなぁぁぁッ!」
当然ような顔をする少女の事情を察した佳二が声を上げた。
「だって仕方ないじゃないですか! 家でのお料理ならともかく、私たちは五日間も野宿をしているんですよ。せめてお腹に入れるものはおいしく調理したいのに、木の葉や枝は雨で湿っていたんですもん。もうサラマンダーに協力してもらうしかなかったんですよ」
「だからって、サラマンダーは便利屋じゃないだろっ」
「あは。お師匠様にも同じこと言われた気がします」
「いや、笑い事じゃないから……」
悪びれない笑顔に佳二は脱力。
「じゃあさ、風の精霊シルフに吹き飛ばしてもらうとか、地の精霊ノームに砦ごと地中に沈めてもらうとか出来ないの?」
「あれ? 意外と物知りなんですね。見たことも聞いたこともない方ですけど、やっぱりあなたも精霊なんですか?」
「俺は精霊じゃなくてただの人間だ」
「ふ~ん……そんな感じには見えませんけどね……」
「そんなことより! 早く他の精霊を召喚してくれよ」
TVゲームの話をしてもこの少女は理解できないだろうと思った佳二は他の精霊召喚を急がせる。しかし少女の発した言葉は佳二の想いを打ち砕くものであった。
「無理ですよ。私、まだサラマンダーとしか契約していませんもん」
「――――は?」
予想していなかった言葉に、佳二だけでなくケリーやニナも目がテンになる。
「ちょ、ちょっと待て。おぬし、自分を召喚士だと言わなかったか?」
顔が引きつるケリーを少女は見上げる。
「言いましたけど、でも私は『召喚士見習い』だって言いましたよね?」
「あ――」
そういえば――という顔をしたケリーをニナが「おい……」と睨む。
野盗たちに『木』の属性を持つトロルがいるということで、二人は『火』の属性を持つ精霊か召喚獣を扱える召喚士を探していたのだろう。
おそらく少女を探し出したのはケリー。『火』の属性を持つサラマンダーを召喚できるという言葉しか聞いていなかったのかもしれない。
「だったら、精霊でも召喚獣でもない俺がなんでこの世界へ来ちまったんだ?」
佳二の素朴な疑問に少女は指を立てる。
「それはさっきも言いましたけど、サラマンダーが召喚のチカラを精霊界から別世界へと曲げたか弾き飛ばしたんだと思います。こちらとあなたの世界が繋がった道にあなたが入ってきたから……だからその……言いにくいんですけど……」
「ま、迷子になったようなものだと?」
口もとがヒクつく佳二に、少女は誤魔化すような笑顔で頷いた。
「ふ、ふざけ――」
佳二が声を荒げようとしたのだが、それよりも早く頭領の怒号が響く。
「いつまでゴチャゴチャ言ってやがんだッ! 逃げる相談ならムダなことだ、お前らはここで全滅するんだよ!」
トロルの隣に並んだ頭領が勝ち誇ったように笑い出すと、それにつられて他の野盗たちも笑い出す。
トロルが出てきた事で形勢は一気に逆転。自分たちの勝利を疑う者はいないのだろう。
「耳障りな馬鹿笑いしやがって――」
佳二がフロントガラスごしに野盗たちを睨む。佳二は怒っていた。誰にというわけではない。あえていうのであれば、それは自分自身の運のなさへの怒りである。
たまたま開いてしまった異世界への道に偶然迷い込んだなんて笑い話にしかならない。しかしこれは笑える状況でもない。
そこへ、まるで自分を嘲笑うかのような野盗たちの笑い声――。今、佳二の怒りは野盗たちへと向けられつつあった。
頭領が水晶を佳二たちへと向ける。
「さあトロル! あいつらに止めを刺してやれッ!」
その言葉で水晶の紫色の輝きが増し、トロルが咆哮を上げた。
こん棒を振りかざし、一歩踏み出そうとするトロルに、少女とケリーやニナが身構える。
そこへ――
「でかい声でうるさいんだよバケモノがぁぁぁッ!」
苛立つ佳二が、その怒りを表すようにクラクションを鳴り響かせた。
プァァァァァァァ――という凄まじい騒音。
いまだかつて聞いたことのないその音に、少女やケリーとニナは耳を塞ぎ、野盗たちは身を震わせる。それは人間だけではなかった。
一歩踏み出そうとしていたトロルのまたクラクションに驚き、振り上げていたこん棒を落としていた。すると――
「ぎゃふんッ!」
こん棒は頭領の頭を直撃。
さらに仰向けに倒れた頭領の手から水晶がこぼれ落ち、落ちたこん棒がその水晶を砕いた。その途端トロルの雰囲気が一変する。
凶暴だった表情や赤い眼が、穏やかな表情と茶色の瞳へと変わっていく。
その様子に佳二はクラクションを止めた。
「お頭ッ、お頭ぁぁぁっ!」
野盗たちは倒れた頭領を心配しているがトロルにその様子はなく、自分がどこにいるのかわからないといったように広場を見回している。
そして囲まれた壁のある方向を見つめると、トロルはそちらに向かってゆっくりと歩き出した。
「ど、何処に行くんだ?」
佳二のつぶやきに答えられる者はいない。
壁際まで来たトロル。両手を壁につき、力任せに押すと石壁は簡単に崩壊する。そして壁の外へ出たトロルは遠くに見えている森へと向かって行った。
「なるほど……あのトロルは野盗の頭領に操られていたんですね」
少女がぽんっと手を叩く。
「操られていた?」
佳二の問いに少女は「はい!」と頷いた。
「野盗たちの頭領が持っていた水晶。あれは『魔力晶』といって、いくつかの簡易魔法を入れることでその効果を発揮することができる水晶なんです。人間をも操れる操魔術というのは高位魔法なので、本来あの水晶には入りきらないのですが、術式を少し変えた簡易魔法として入れた者がいるのでしょう。人間には効果はありませんが、知能が低いトロルならば十分に操れるでしょうし」
「その水晶が砕けたからトロルは魔法の支配から解放されたってことか」
合点がいった佳二に、少女は再び「はい!」と頷いた。
「ということは、あとは我々だけで十分というわけだな」
「ええ。さっさと野盗たちを片付けて、報酬をいただいちゃいましょう」
同じく合点がいったケリーとニナがにやりと微笑む。
トロルだけでなく頭領まで失った野盗たちはもはや烏合の衆でしかない。
なので、そこからの展開は早かった。
ケリーとニナによって次々と蹴散らされる野盗たち。
その一方的な戦いは――
「あ~あ。可哀相に……」
佳二も思わず同情してしまうほどであった。
◇
「では、我々はここで失礼する。この者どもを町の衛士隊へと引き渡さねばならぬのでな」
砦の外。
自馬に乗ったケリーが軽く手を上げて別れの意を示した。
野盗たちは手足を縛られてニナが準備した馬車に詰め込まれている。まさか略奪した物を運ぶ馬車に乗せられ、自分たちが牢屋へ向かうことになろうとは野盗たちも思わなかったに違いない。
「はい、ケリーさんとニナさんもお元気で。でも……こんなに頂いちゃってもいいんですか?」
少女は十数枚の金貨が入っている皮袋を申し訳なさそうに握りしめた。
「いいのよ――」
馬車に乗ったニナが、手綱を手に取りながらウインクをする。
「この野盗たちはいろんな町でお尋ね者になっているからね。衛士隊に引き渡せば金貨三百枚は貰えるんだ――むしろそれっぽっちの協力料で申し訳ないくらいさ」
ニナはペロッと舌を出す。
戦っている時とは違い、とても愛らしい仕草である。
「で、でも、私何もできなかったのに……サラマンダーの召喚にも失敗しちゃったし……」
肩を落とす少女をケリーが笑う。
「何を言う。サラマンダーよりも有能な者を呼び出してくれたではないか」
「え? お、俺?」
ケリーの視線を受けた佳二が自分を指差す。
「うむ。どこの世界から来たのかは知らぬが、貴公のおかげで一人の死者を出すことなく野盗どもを捕らえることが出来たのだ。サラマンダーに焼かれた野盗どもを突き出しても、衛士隊は簡単には信じてはくれまい。そればかりか野盗全滅の真偽を確かめるのに時間がかかり、我々は無駄な時間を町で過ごすことになる」
「そうそう。そうなったら美味い酒を飲んでもつまらないしね。そんな手間を省く結果になったのはこちらとしてもありがたいのさ。それに、お嬢ちゃんは旅の途中なんだろ? 先立つものは金だよ。いいからとっておきなよ」
ケリーとニナの言葉に少女は微笑み、
「では、ありがたくいただいておきます。ありがとうございました!」
二人へ頭を下げた。
「縁があればまた会おう。さらばだ」
「じゃあね~」
少女と佳二へ微笑み、二人は夕日に向かって馬を進ませる。
頭を上げた少女は、しばらくその場で手を振り続けていた――。
・
・
・
「映画のラストシーンのようなところ申し訳ないんだけど、早く俺を元の世界に返してくれないかな」
竹筒を傾けて水を飲んだ佳二が、口もとを拭いながら少女へ話しかけた。
「あれ? まだいたんですか?」
「まだいたんですかって……キミが帰してくれない限り俺はどこへも行けないよ」
キョトンとする少女に、佳二はため息を吐いてまた水を飲んだ。
「大丈夫ですよ。あなたはこの世界の人ではありませんし精霊界の住人でもありません。それぞれの世界は生き物のようなものなので〝異物〟は強制的に排除されます。だから、もう少し時間が経てばきっと自分の世界に帰ることが――って……何してるんですか?」
「ん? 水飲んでるの」
佳二はもうひと口水を飲む。
興奮したり大きな声を出したりで喉がカラカラなのだ。
「そ、そんな……なんてことを……」
「別に独り占めしようってわけじゃないよ。まだ砦のなかにいっぱいあるからさ、キミの分も持ってきてあげようか?」
わなわなと震える少女に、佳二は砦を指差した。
自分ばかり水を飲んで――と佳二は思ったようなのだが、少女の様子はそうではないらしいということに気付く。
「どしたの? 水が欲しいんじゃないなら、出来れば今すぐ俺を帰してくれるとありがたいんだけど。家で妻と一歳になった娘が待ってるんだよね」
「あ、あはははは……。ざ、残念ですけど、今すぐっていうか、しばらくは元の世界に帰ることは出来なくなってしまったみたいですね……」
引きつった笑顔を見せた少女。
佳二は思わず水を吹き出した。
「な、なんでさ!? 今ほっといても帰れるみたいなこと言ってたよね!?」
「だって、それを飲んじゃったから……」
「これ? ただの水だよ?」
「ええ、私にとっては普通の水です。でも、それはあなたにとって異世界の物質なんです。それを体内に入れてしまったことで、あなたはこちらの世界を受け入れたということになっちゃいました~」
「いやいや、受け入れてなんかいないって」
焦る佳二に少女は「ふぅ」と一呼吸の間を置く。
「あなたの意思は関係ないんです。体内に摂りこんで体の一部としたことで、この世界はあなたを〝異物〟ではなく、この世界の一部であると認識したはずです。よって、あなたが元いた世界へ帰りたいと望むのならば大魔導士ティル・エーベルトを頼る他はないでしょうね」
「き、キミじゃダメなの? 召喚士なんでしょ?」
「さっきも言いましたけど、私はまだサラマンダーとしか契約していない『召喚士見習い』なんですって。残りの四台元素である地の精霊ノーム・水の精霊ウンディーネ・風の精霊シルフとは契約出来ていない半人前以下なんですよ。どこにあるのかもわからないあなたの世界とこちらを繋ぐなんて、私にはムリムリ」
「そんなこと言ったって、キミの召喚術で俺はこっちに来ちゃったわけでしょ?」
「私は精霊界との<扉>を繋げようとしただけです。そしてサラマンダーはそのチカラを精霊界の外へ出したわけですけど、それがどこの世界と繋がったかなんて、きっとサラマンダーも知らないでしょうね」
「なんてこった……。それじゃ、そのティル・エーベルトって人に頼んでみるよ。その人はどこにいるの?」
「知りません」
「おい――」
我関せずといった顔で即答した少女に、佳二の声が低くなる。
少女はまだ子供で半人前。だから無理なものは無理――。そんな少女を責めても時間の無駄だと、佳二はグッと我慢してきた。しかし、肝心の大魔導士ティル・エーベルトの居場所がわからないというのであれば話は別である。
「そんな目で睨まれてもわからないものはわかりません。ティル・エーベルトといえば、あらゆる魔法や召喚術を極めたとされる伝説の大魔導士です。見たことがあるという噂は絶えませんが、どこの国もその存在を確認出来ていないという方なんですもん」
「そんないるのかいないのかもわからんヤツを探せっていうのかぁぁぁ!」
しれっと答える少女に、ついに佳二の堪忍袋の緒が切れた。
元いた世界に帰るのが数時間遅くなるくらいだと思っていた佳二にとって、少女の言葉は絶望の沼に落とされたようなものである。
水を飲んでしまったのは自分の落ち度であったと認めるが、そもそもこの少女がサラマンダーを召喚できる状態にしておけばこんな事にはならなかったのだ。
「うるさい人ですね――」
少女は冷静な顔で耳を塞ぎ、佳二の怒号を聞き流した。
「たしかに、こちらの世界の事を知らないあなたに探せというのは酷なこと。なので、私も大魔導士ティル・エーベルト探しを手伝ってあげますよ」
「――え?」
佳二は耳を疑った。この少女のことだ、この場で「それではさようなら」と去って行くと思っていたのだ。
「なんですかその目は? 私がついていくのはお邪魔ですか?」
それなら帰りますよ――という目に、佳二は慌てて首を振る。
「とんでもないっ! ぜひお願いしますっ! 俺は妻と娘に会いたいんだ!」
佳二の必死な様子に、少女はやわらかな笑みを見せた。
「まあ、半分は私のせいでもありますからね。このままあなたを放置するっていうのも目覚めが悪いですし。――それでは、旅のお供としてよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。頼りにさせていただきます」
頭を下げた少女に佳二も頭を下げる。
「それで、まずはどこに行けばいいのかな――って。そういえば、まだ君の名前を聞いてなかったな」
「そういえばそうですね。私は召喚士――見習いのエルシー・ラングリットです。エルと呼んでください」
「俺は奥原佳二っていうんだ。よろしく」
「オクハラケ――? 長い名前ですね」
「そうじゃなくて奥原が性で名前が佳二。エル風に言うなら、ケイジ・オクハラになるのかな」
「めんどくさいので佳二って呼びますね」
「めんどくさいって……」
名前だけの自己紹介を済ませると、エルは車へと走って行く。
「ねえ佳二。これってなんていう武器なんですか?」
エルは佳二の愛車である軽四に興味津々。車内を覗いたり座席に座ったりして遊びだす。
「それは武器じゃなくて車っていうんだ。俺のいた世界じゃ移動手段として使っているものだよ」
パッシングやクラクションで野盗やトロルを怯ませたからだろう。エルは車を武器だと思っていたらしい。
「へ~、移動に使うんですね。速く動いたり大きな音を出したり……面白い道具ですね。――えいっ!」
エルが掛け声とともにクラクションを鳴り響かせた。
二度目ではあるが、その大きな音には驚くのだろう。エルはサッと手を離す。
「うわ~……おもしろ~いっ!」
エルは笑ながら何度もクラクションを鳴らし始めた。
「こらこら、うるさいぞ。それはおもちゃじゃな~いっ!」
佳二は車へ向かいながら妻と娘の顔を思い浮かべていた。
待っててくれよ。今すぐってわけにはいかなくなったけど、パパは――
パパは絶対に帰るからな!
夕日を反射する車体からはクラクションとエルの笑い声がこだましている。
佳二が無事に元いた世界へ帰れるのかは知る由もないが、退屈だけはしない旅となりそうであった――。
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読んでくださり、ありがとうございました。




