桜と幽霊 後編
気が付くと私は薄暗い部屋の中にいた。
部屋の中央には台座があって、大きな箱が置かれている。その箱に近づいて私は息を飲んだ。
これ、棺桶だ。
棺桶の顔の部分は開閉できるようになっていて、私は恐る恐るそこに手を伸ばした。
触れられるか疑問に思ったけれど、指先はすり抜けることなく覗き窓の縁に触れ、木製の扉を持ち上げることができた。
予想していた通り、棺の中には見慣れた顔があった。青白い顔で棺の中で眠っているのは、いつも鏡で見ていた自分だ。
こうして棺の中で眠る自分の遺体をみると、やっぱり私は死んでしまったんだなって思う。
思ったよりも安らかそうな表情に見えるけれども、ところどころ色がおかしいし、皮膚は膨張しているようにも見える。
山の中で見つかったって言っていたから、もしかしたら、内臓とかが腐り始めて酷い臭いがしているのかもしれない。私の触覚や嗅覚は想像で補われているみたいだから、正しい臭いは分からないのだけど。
私はぱたりと棺の覗き窓を閉じた。すると、その音を聞き取ったのか部屋の外で声がした。
「中に誰かいるの?」
その声を聞いてドキリとする。お母さんの声だった。
薄暗い部屋に光が差し込むように扉が開いた。どこかやつれた顔をしたお母さんが、黒い服を着て立っている。
お母さんは部屋の中をぐるりと見まわして、不思議そうな顔で首をひねった。私の姿が見えていないのだ。
お母さんの顔をみて、私はなんだが泣きそうになった。
「お母さん」
呼びかけても何の反応もない。
安置室に異変がないと分かると、お母さんは部屋から出ようと身を翻してしまう。
やっぱり、駄目なのかな。
お母さんと話をしたいのに、私の声も姿も見えないの?
そう思った瞬間、カッと額が温かくなった。血が身体を巡っているような、身体の中に力が満ちるよう感じがする。
「お母さん」
「……咲良?」
もう一度呼びかけると、お母さんがハッとした様子で振り返った。
私と目があって、お母さんはヒッと小さく悲鳴を上げた。
「さ、咲良……咲良なの?」
お母さんの表情に怯えの色が見えて、私は言葉を失った。
――そう、だよね。死んだはずの娘が化けて出てきたら怖いよね。
姿さえ見えれば、声さえ届くなら、もう一度話ができると思った。だけどきっと、そう簡単なことじゃあないんだ。
分かるけど、でも、お母さんに拒絶されるっていうのは辛い。
こんなことなら、来なければよかった。学校を強く思い浮かべたら、もう一度戻ることは出来るのかな。
私が逃げようと母さんに背を向けると、バタンと安置室のドアが閉まる音が聞こえた。
「待って!」
部屋の中に入ってきた母さんが、私の背に声を書ける。
微かに震えたその声に、私は恐る恐る振り返った。すると母さんは私のすぐ傍まで近づいて、泣きそうな顔で私を眺めていた。
「咲良。……あなたなのね?」
「お母さん」
「咲良。咲良、会いたかった……」
「お母さんっ……」
母さんの目には涙が浮かんでいた。その涙につられるように、私の目からも涙が溢れてくる。
もう我慢できなくなって、私はお母さんの胸に飛び込んだ。私の身体はすり抜けることなく、母さんの腕の中に納まった。
「咲良。ああ、こうして咲良が動いて喋っているなんて。これは夢なのかしら」
「夢じゃないよ、お母さん」
「夢じゃない? それじゃあ、まさかあなたは生きていたの? こうして戻ってきてくれたの?」
「ううん、違うの。私は死んじゃったんだよ。お化けさんが力を貸してくれたから、こうして話ができているだけなの」
あの時、学校でお化けさんは私の中に何かを流し込んでくれた。
きっと、こうしてお母さんと話ができるように、力を貸してくれたに違いない。
「お化けさん?」
「桜のお化けだよ。妖怪なんだって」
私の言葉に、お母さんは何とも言えない表情をした。信じるべきかどうかを悩んでいるような顔だ。
「私も幽霊なんだよ。死んでしまって、幽霊になっちゃったの」
「幽霊」
お母さんはそう言うと、すっと視線を私の足元に向けた。
その反応に、私はちょっとだけ笑ってしまう。
「足はあるよ。全然、幽霊みたいじゃあないでしょう?」
「本当に幽霊なの? 生きている貴方と何も変わらなく見えるのに」
「そうだよね。でも、幽霊なんだって。お化けさんが力を貸してくれなかったら、誰にも見えなかったの。それに多分、こうやって見えているのも長く続かないと思う」
お化けさんのくれた力のようなものが、少しずつ目減りしているのが分かる。ずっとこうして姿を見せていることはできないのだ。
「長く続かない?」
「うん。こうやって見えるようにしているのって、すごく疲れるみたい。マラソンを走った後みたいに、身体が怠くなってくるの」
「そんな……幽霊でもなんでも良いわ。こうして咲良が戻ってきてくれるなら、何でもいい」
私が消えるのを阻止するみたいに、お母さんはぎゅっと私を強く抱きしめた。
お母さんの腕の中で、私はそっと目を伏せる。
お母さんは忙しい人だった。仕事でいつも家にいなくて、寂しいなってずっと思っていた。
私を愛してくれているとは思っていたけれど、それでもどこか他の家庭よりも愛されていないような気分になっていた。
だけど、私を抱きしめる母さんの顔はやつれていて、ここ数日でいっきにに老け込んだようにも見える。
とっても心配してくれたんだって、聞かなくてもすぐに分かった。
「ごめんね、お母さん。ごめんなさい」
私はお母さんの腕の中で泣いた、
とても心配をかけてしまって、ごめんなさい。
お母さんよりも先に死んでしまって、ごめんなさい。
幽霊でも良いって言ってくれたけど、多分、私は家に戻れない。
年も取らない、姿も見えないこんな状態で、お母さん達と一緒に過ごすことはできないよ。
「戻ることは出来ないよ。だって、死んじゃったんだもん」
人のように見えても、もう人間じゃあない。私の身体は棺の中で既に腐り始めている。生き返ることなんてできないんだ。
「咲良、謝らないで。私こそごめんなさい。あの時、咲良をもっと強く引きとめていたら。もうすぐ夕飯だから散歩に行くのなんて止めなさいってそう言っていたら」
「お母さんのせいじゃないよ。私を殺した人が全部悪いんだから」
「っ……」
私の言葉にお母さんの表情が少し青ざめた。もしかして、私が刺された傷跡を見たのだろうか。
「咲良はその時のことを覚えているの?」
「うん。学校で殺されたよ。通用口のすぐ近く。40歳くらいの男の人で、黒いジャンバーを着ていた。犯人、まだ捕まっていないの?」
「警察が必死で行方を捜してくれているわ。――絶対に許さない」
母さんはそう言うと、私を抱きしめる腕に力を込めた。
「可哀想に咲良。怖かったし、痛かったでしょう?」
「――うん。すごく、怖かったよ。痛かった」
殺された時のことを思い出すと、今でも身体が震えるような気がする。
許せるかと聞かれたら、きっとあの人のことを許せない。
だって、私は死にたくなかった。こんな風に命を奪われて許せるわけがないよ。
「ちゃんと警察に捕まって欲しいって思う。でも、母さん達まで恨む必要は無いよ。お母さん達には幸せになって欲しいから」
「そんなのは無理よ。あなたが死んでしまったのに、幸せになんてなれないわ!」
お母さんの悲痛な声を聞いて、私は悲しくなった。
死というのはとっても残酷だ。私の未来だけじゃなくて、母さんたちの幸せまで奪ってしまうのか。
「そんなことを言わないで。私の死を悲しんでくれるのは嬉しいけど、それで母さん達が不幸になってしまうのは嫌だよ」
「咲良」
「大好きだよ。お母さんも、お父さんも大好き。私のことはずっと覚えていて欲しいけど、でも、悲しみ過ぎないで欲しいの。二人とも大好きだから、どうか幸せになって欲しい」
やつれてしまったお母さんの顔をみて、私は心の底からそう願った。
お母さんよりも先に死んでしまってごめんなさい
でも、どうか、悲しみ過ぎないで。幸せになって。
「死んでしまったのはとても辛かったけど、でも、ひとつだけ良いこともあったんだよ」
「いいこと?」
「うん。さっき言った、桜のお化けさんに会えたこと。すごく優しくて素敵な人なの。っていっても、人じゃあないんだけど」
私が死ななければ、きっとお化けさんに会うことは無かったんだろう。
死んだことが良かったとは絶対に思わないけれど、それでも、お化けさんと出会えたことだけは素直に良かったって思う。
ずっと友達がいなかった私に、お化けさんは友達になってくれるって言った。
それだけじゃなくて、お化けさんは私のことを好きだって言ってくれたのだ。
私が暴走してクラスメイトを傷つけようとしていたところを止めてくれた。
殺されたことを思い出して絶望していた私を慰めてくれた。
私がこうしてお母さんともう一度喋れるように、力を貸してくれた。
「変だよね。死んでしまって幽霊になってから、友達も、好きな人もできだんだよ」
人じゃあ無いけど、と私がもう一度つけたすと、お母さんはなんとも言えないような顔で少しだけ笑った。
「そう。素敵な人に会ったのね」
「うん。正体は桜の木なんだけどね」
「咲良の名前と同じね」
お母さんはそっと私の頭を撫でた。
「お母さんね、桜の木がすごく好きだったの。すぐに散ってしまうけれど、それでも毎年くりかえして花を咲かせる強い木だわ。だから貴方に咲良って名前をつけたのよ。桜の木のように、見る人を幸せにできるような花を咲かせられるように。辛いことがあっても、時間が経てばまた前と同じように綺麗な花が咲くようにって」
ぽたりと、母さんの涙が私の頬に落ちる。
「あなたは私にとっての花だったわ。でも、私はもう二度とあなたを見ることはできないのね」
「お母さん、ごめんね。悲しませてしまってごめんなさい」
お母さんがこんなにも泣いているところなんて、見たことがなかった。
どうしてなんだろう。私はもう幽霊なのに、心臓なんてないのに、心が潰れそうに痛いよ。
「大丈夫だよ、お母さん。見えなくなっても、きっとどこかに私はいるから。どこかでお母さん達のことを見守っているから」
本当は私がこれからどうなるかなんて分からない。
もしかしたら消えてしまうのかもしれない。そうしたら、その先はどうなるか知らないんだ。
だけど、気休めでも、お母さんを慰めたかった。
「お化けさんにも会えたし、カラスの妖怪にも会ったんだよ。こっちにも素敵な人が居るの。だから私は大丈夫」
本当は全然大丈夫なんかじゃない。
死んだなんてまだ認めたくないし、これからどうすれば良いかなんてまるで分からない。
それでも、お母さんが泣き止んでくれるなら、私はいくらでも嘘をつける。
身体が重たくなっていく。お化けさんに貰った力が薄くなっていくのが分かる。
こうやって姿を見せていられるのも、そろそろ限界のようだった。
「ごめんお母さん、そろそろ限界みたい。幸せになって。お父さんにもよろしくね」
「咲良、待って!」
引き止めるようなお母さんの声が聞こえるけれど、すっと身体が軽くなってしまった。
私はそのままそこに立っていたけれど、お母さんは私を探すようにきょろきょろと首を左右に振った。私の姿が見えなくなってしまったのだ。
「おかあさん」ともう一度呼びかけても、お母さんは私の声が聞こえていないみたいに何の反応も返してくれない。お母さんはそのまましばらく私を探すようにその場に居続けていたけれど、やがて諦めたように部屋を出て行った。
お母さんの後ろに続いて私も安置室を出る。私の遺体が安置されていたのは小さな葬儀場のようだ。部屋を出て母さんの後ろを追っていくと、二間続きの和室に親戚や集まっていた。その中にはお父さんの姿もあって、お母さんと同じくお父さんも疲れたような顔をしていた。
両親が忙しそうにお通夜の準備を進めているところを、ぼんやりと私は眺めていた。
遠くに住んでいる伯父さん一家がやってきて、父さんや母さんにご愁傷様ですと声をかける。あまりかかわりの無かった親戚が、私が死んだら集まってくるというのがなんだか不思議だった。さして喋ったこともないような伯父さんたちが、私が幼い頃はどうだったとか、したり顔で話している。
みんな悲しそうな顔をしているけれど、きっとこの中で、心から私の死を悲しんでくれているのは両親くらいのものだろう。
お通夜に参加しているのは親戚だけのようだった。多分だけど、家族葬っていうやつなんだろう。
もっとも、家族葬じゃあなくっても、私の死に駆けつけてくれる人なんていないはずだ。
親しい友達だって作れなかった、空気みたいな扱いだった私だ。本当にいなくなったところで、悲しんでくれる人なんて両親以外に思い浮かばない。
もっと違う生き方をすればよかったって、今さらながら後悔する。
だけど死んでしまった今でも、どうやったら違う自分になれたのか分からないんだ。
葬儀場の外に出ると、私は学校へと向かった。葬儀場は学校からそう遠くない位置にあったので、ここからなら十分歩いて学校へ向かえる。
学校に行かなければならない理由はないけど、とにかく今はお化けさんに会いたかった。
私がお母さんと会話できたのは、お化けさんのおかげだ。お化けさんが居なかったら、殺されたあの瞬間に私は消えてしまったいたんだろう。そうしたら、お母さんに気持ちを伝えることもできなかった。
お化けさんにお礼が言いたい。
会って、ありがとうって気持ちを伝えて、これからのことを相談したい。
幽霊になってしまって不安しかないけど、それでもお化けさんがいるならどうにかなりそうな気がした。
きっと、お化けさんは何があっても私の味方でいてくれる。
今の私にとって、唯一の信じられるものがお化けさんだった。もしもずっとお化けさんが一緒に居てくれるのなら、このまま幽霊として彷徨い続けても良いかもしれない。そう思えるくらいには、私はお化けさんのことを信頼していたし、好きになっていた。
お化けさんのところに行きたい。
目を閉じてそう念じたけれど、葬儀場に向かったみたいに身体が引っ張られるような感覚はしなかった。
仕方がないので私は早足で道を歩く。半ば走るように道路を何度も蹴ると、見慣れた学校が見えてきた。表門を通らずに直接通用門へと向かう。校舎の塀に沿って歩くと、壁の上から突き出るようにお化けさんの桜の木が見える。
その木を目撃して、思わず私の足が止まった。
桜の花びらが散っていた。
あれだけ長い時間、綺麗に咲き誇っていた桜の花が、一枚も残らずに落ちている。
「うそっ!」
私は思わず息を飲んで、それから慌てて駆け出した。通用門の取っ手に手をかけて一気に押すといつもの裏庭に出る。けれどもそこは、見慣れたいつもの裏庭とは様子が違っていた。
血のように赤い色が地面を覆いつくしている。
それが何なのか一瞬分からなくて、数秒後にそれが花びらなのだと気が付いた。
真っ赤な桜の花びらが、血だまりのように地面を覆っていた。信じたくはないけれど、それはきっとお化けさんの桜の花だ。
「なんで……?」
私は茫然としながら地面に落ちた花びらを拾い上げた。
地面を埋め尽くす花びらの赤は、お化けさんの桜の木が流している血のように見えた。
「っ、お化けさん! お化けさん、出てきて!」
この光景にあっけにとられた後に、私は大声でお化けさんを呼んだ。
けれども、私の声は春の晴天に吸い込まれるばかりで、何の返事も返ってこない。
「うそっ、嫌だ。お化けさん、どうしちゃったの!?」
嫌な予感がした。さっき地震を止めてくれたときだって、お化けさんは声だけで私の前に姿を見せてくれなかったのだ。
力を使い過ぎたってお化けさんは言っていた。私の暴走を止めるために力を使ってくれたのだ。
それなのに、私がお母さんと喋れるように力をわけでくれた。
「お化けさんお願い、返事をして!」
私は何度もお化けさんに呼び掛けた。
花が散ってしまったお化けさんの木は、まるで冬の桜のように寂しい風貌をしている。普通の桜であれば、花が散った後には葉が伸びてくる。けれどもお化けさんの桜には、生きるサイクルを止めてしまったように、葉が芽吹いている様子がない。
『桜の花が散ったら、それでおしまい』
お化けさんはそう言っていた。桜の花びらが散ると消えてしまうって。
だけど、こんな突然の別れは予想していなかったよ。
それに、この桜の木。
どうして葉が芽吹いていないの? どうして花びらがこんなにも赤いの?
最初は真っ白だったお化けさんの花の色は、見るたびに、少しずつ赤く染まっていた。
穢れを吸っているから赤くなるんだってお化けさんは言っていた。穢れっていうのは、血とか、恨みとか、怨念とか、そういうものだって。
食べ過ぎれば病気になるんだっていうそれを、お化けさんは私から食べていたらしい。
「もしかして、私のせいなの?」
穢れを食べて力を得ているようなことを言っていたけれど、それは本当だったんだろうか。むしろ、私の暴走をとめるためにお化けさんは穢れを食べていたんじゃないの?
幽霊は良くないものだって、あの時のカラスもいっていた。
私が発するよくない穢れをお化けさんが食べてくれたから、お化けさんは弱って消えてしまったんじゃないのだろうか。
だとすれば、ずっとこのままなのだろうか。二度と花は咲かないの?
「お化けさん、こんなの嫌だよ! 返事をしてよ、ねぇ!」
言いたいことがたくさんあった。
お母さんと話せるようにしてくれてありがとうだとか、お化けさんに会えて良かったとか。お化けさんのことが好きだとか。
何も伝えられないままいなくならないで欲しい。
「お願いだよ。私をひとりにしないで……」
私はそのあと、何時間もお化けさんの名前を呼び続けた。
時々、生徒や先生がこの場所を通ったけれど、地面に散らばる不自然な赤い花を気にしている様子はなかったので、この花はもしかしたら普通の人には見えないのかもしれない。
やがて日が傾いて西の空が赤く染まったころ、私はのろのろと立ち上がった。
ここでこうして泣いていても、きっとお化けさんは帰ってこない。
お化けさんがどうして消えたのか、どうすれば戻って来れるのか知りたかった。
私は妖怪のことを何も知らないのだ。
お化けさんについて知りたいと思ったときに、昨日話したカラスが浮かんだ。
もしかしたら、カラスなら何か分かるかもしれない。彼ならきっと妖怪についても詳しいはずだ。
空を見上げながら、私はカラスを探して当てもなく歩き始めた。
目に入ったカラスに向かってやみくもに話しかけるけれど、喋るカラスは見つからない。
どうしよう。あのカラス、もうどこか遠くに行っちゃったのかな。
カラスは空を飛んで移動する。どこに行ったのか分からないのに、当てもなく探して見つけるなんてできない。
そうだ、学校から葬儀場に移動したときみたいに、カラスのところに飛べないかな。
私はあの時の感覚を必死で思い出す。
集中すると、私の身体の中に血のように温かいものが巡っている感覚があった。これは、お化けさんがくれた力だ。おまじないの時、お化けさんの唇から流れ込んできた温かい力。
お化けさんは私にこの力をくれたから、消えてしまったのだろうか。
ううん、今は考えたって仕方がない。とにかくどうしてお化けさんが消えたのか、どうにかして会うことはできないか、その方法を知らなければ。
学校から葬儀場にとんだ時の感覚を、私は必死に思いだす。
身体の中を力がぐるぐるとめぐって、熱くなるような感じがあった。
いけるかもしれない。私は必死にあの時のカラスのことを思い浮かべる。
どうか、もう一度あのカラスに会わせて!
そう思った瞬間、グイっと身体が引っ張られるような感覚がして、私の視界が暗転した。