表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さくらを食べる、怪物  作者: 大正マツ
5/11

お化けさんの嘘 前編

 お化けさんは結局、嘘が何かを教えてくれないまま桜の木へと消えていった。

 校舎の大時計は6時30分を指している。すいぶんとお化けさんと話し込んでしまったようだ。

 下足室でスニーカーに履き替えて私は校舎を出た。この時間になると部活動をしている生徒もいない。もうすぐ校門も閉まるので、校庭を歩いている生徒も私の他には見当たらない。

 校舎から表門へ向かうこの道は、左右等間隔で桜の木が植えられている。桜はすっかり散ってしまい、裸になった花弁と若い緑の葉が残るばかりの寂しい有様だ。これから夏に向けてどんどん葉が大きくなっていくのだろう。

 私は足を止めて裸になった桜の木を寂しい気持ちで見上げた。

 さぁっと強風が木を揺らす。春疾風のような、思わず目を閉じてしまうほどの強い風。

 ざわざわと音を立てながら風が走り抜けると、月を背景に一羽のカラスが飛んできた。

 カラスは裸になった桜の木の枝の上に止まると、じっと私を見下ろしている。


「おい、お前」


 じっとカラスと見つめ合っていると、カァという鳴き声に重なるようにして声が聞こえた。低い、はっきりとした話し声。

 私はきょろきょろと周囲を見回したけれど、近くに人の姿はない。


「カラスが喋った?」

「ああ。やっぱりお前、俺の声が届くんだな」


 再び、カァという鳴き声に重ねて人の声が聞こえた。声は間違いなくあのカラスから発されている。 

 カラスが喋るという非現実的な光景に鼓動が早くなる。

 悲鳴を上げなかったのは、お化けさんで少しばかり耐性ができていたからだろう。


「あなた、もしかしてお化けさんが言っていたカラスの仲間?」

「は? お化けさん? 誰だよそれ」

「桜のお化けだよ。裏庭の桜。知らない?」

「裏庭の桜って、あの御神木だろう。お化けってどういうことだ? 確かに力のある木だが、変化(へんげ)はしてなかっただろう」

「変化って?」

「俺みたいに人語を話したり、本来の形と変わっちまうことだ。妖怪ともいうな」

「妖怪」


 そうか。お化けさんは妖怪なのか。

 私が納得していると、カラスは羽ばたいて桜の木から地面へと降り立った。私のすぐ近くまで歩き、首をかしげるような動作で私を見上げる。


「お前、その桜のお化けさんとやらに会ったのか?」

「うん、毎日会ってるよ」

「毎日。なるほど、それでか」


 カラスは納得したように首を縦に振ると、くちばしでコンと地面を突いてから再び話し始めた。


「お前、妙なモノに憑かれているぞ。良くないものだ」


 警告のような鋭い言葉に、私の心臓がドクンと跳ねる。


「どういうこと?」

「お前から妙な臭いがする。妖怪よりも、もっと嫌な臭いだ。最近、この学校から嫌な気配がすると思っていたんだが、どうにも変なモノが住みついているみたいだな」

「なんなの、その臭いって」


 私は眉根を寄せて袖口のあたりを臭ってみるけれど、やはり何の臭いも感じ取ることはできなかった。


「死臭だよ。死んだ人間の匂いだ。死んでもなおこの世に留まり続ける、妖怪よりもずっと性質が悪い化物だよ」

「死んだ人間の匂い?」

「そうだ。お前が会ったお化けさんって奴は、本当に妖怪だったのか?」


 カラスに問いかけられて、私は返答に困った。


「妖怪だってお化けさんが言ったことは無いよ。でも、桜だって本人が言っていたし、いつも桜の木の近くにいるよ」

「そいつは、俺みたいに桜が喋ってるのか?」

「ううん。桜の木が直接喋っているんじゃなくて、人の姿をしてるけど」

「だったらなおさら怪しいな。わざわざ人の姿をとりたがる妖怪なんて稀だ。人の形にこだわるのなんて、それこそ元々人だった死霊が好みそうなものだ」

「死霊?」

「幽霊だよ。死んじまった人間が、成仏できずに留まってる姿だ。こいつは妖怪なんかよりもずっと厄介だぞ。生きてるものに憑りついて生気を奪ったり、悪さをして周囲に迷惑をまき散らす。そのお化けさんってヤツは、何か悪さをしていなかったか?」


 悪さと言われて、階段から突き落とされた石川さんや、体育館で割れた蛍光灯を思い出した。

 あれらはすべて、お化けさんがやったと言っていたのだ。


「私を無視した子を怪我させたりはしたけど……」

「お前を? よほど執着されてるんだな。良くない傾向だぞ」

「良くないの?」

「生者が死者に執着されると、ロクなことにならない。現にお前、ずいぶんとこっちに近づいて来てるんじゃないか? 何をどうされたのか知らないけれど、生者の臭いがほどんどしなくなってる。こうやって俺と話せているのも、普通の人間じゃあできないことだ」


 カラスの言葉に私は目を瞬いた。


「普通はできないの?」

「当然だ。カラスの声が聞こえるなんて話、お前は聞いたことがあるか?」

「ないけど」

「だろう? 俺は普通のカラスじゃないが、誰とだって喋れるわけじゃない。俺の声が届いてるってことは、お前の生気が殆ど無い証拠だな」

「生気が無いとどうなるの?」

「死者に近くなる。存在が薄くなって、完全に生気を奪い尽くされると死んじまうんだ」


 死ぬ? 死んじゃうの?

 思ったよりもずっと深刻な言葉に、すっと血の気が引くような思いがした。


「お前もかなりヤバいところまで来ているぞ。生気を吸いつくされて、ぱっと見じゃあ生きてるか死んでるか分からないくらいだ。死臭も酷い。心当たりは無いか?」


 心当たりと言われて、先ほどの職員室でのできごとを思い出す。


「みんなから私の姿が見えなくなってた。でも、それはおまじないだって」


 私は自分の額に触れた。校舎内をちょっと散歩するために、皆から見えなくなるようにお化けさんがかけくれたおまじないで、私は本当に見えなくなった。

 もしかして、あれがお化けさんの言っていた嘘だったのかな?

 あのおまじないは、その時だけの効果じゃなくて、ずっと続くようなものだったの?

 だからあんな風にお化けさんは辛そうな顔をしていたの? 私に謝罪していたの?


「私、お化けさんに生気っていうのを吸われたから見えなくなったの? ずっと見えないままなの?」


 カラスは軽く羽根を広げてぴょんと飛ぶと、再び嘴を動かした。


「そこまで生気を吸われた人間を俺は知らない。だけどまあ、そのお化けさんとやらに二度と会わなければ、自然と元に戻るんじゃないか?」

「二度と会わなければ? 会っちゃダメなの?」

「そりゃあそうだ。それ以上厄介な霊につきまとわれたら死ぬぞ。死霊ってのは本当に面倒なんだよ。すぐに仲間を欲しがるし、死んでいるのに生に執着する。あげく生きている人間や妖怪の力を食っちまうこともある。関わるとロクなことにならない。さっさと縁を切った方が身のためだ」


 カラスはきっと親切心からそう言ってくれているのだろう。

 けれども私は、その言葉に素直に頷くことはできなかった。


「どうしてお化けさんは、私から生気を奪ったんだろう」

「死霊が生者から生気を奪うのなんて、理由は一つだけだ。生きたいからだよ」

「生きたい?」


 死霊ってつまり、死んじゃった人なんだよね。なのに、生きたいってどういうこと?


「普通の人間は死んでも死霊になんてならない。よどほ酷い死に方をしたか、何か強い未練があるかだ。もっと生きたかったって思いが強いから、自分が死んだってことを認めないんだ。だから魂だけの状態になっているのにまだこの世に留まろうとする。けれど、摂理を曲げて存在するってのは力を使うんだ。その力を生者から奪ってるんだよ」

「お化けさんも私から力を奪っている?」


 カラスの言葉を聞きながら私は首を傾げた。

 お化けさんは前に私の穢れを食べているって言っていた。

 カラスさんの言葉を信用するなら私は生気とやらがなくなって、普通の状態じゃあないらしい。

 お化けさんが食べていたのは、穢れじゃなくて生気なの?


「お化けさんはもうすぐ消えるって言ってたよ。桜が散ったらそれでおしまいだって」


 カラスは死霊が生に執着するというけど、お化けさんは消えることを怖がっているようには見えない。


「それに、お化けさんは桜の記憶も知っていたよ。桜の木が元は神社のご神木だったとか、桜の木だったときに見た光景だとか」


 お化けさんが語っていた桜の木の記憶は、嘘だとは思えなかった。お化けさんが本当は幽霊だったとしたら、どうして自分は桜だなんて言ったのかも気になる。


「そいつは桜だっていって、桜の記憶も持っていたんだな?」

「うん」

「だったら、その霊は桜を取り込んだのかもしれないな。数百年生きた桜の木だ。さぞ力を得たことだろうよ」

「桜を取り込む? そんなことができるの?」

「普通の桜じゃあ無理だ。けれどこの学校の桜はご神木だった。かつて人の信仰を集めた特別な木だ。そのお化けさんとやらは何らかの理由で桜から力を奪ったか、桜と同化したんじゃないか?」

「何らかの理由?」

「ああ、力を奪うって言っても、誰からも簡単にできることじゃない。互いの間に共通点があると憑かれやすいんだ」


 カラスの言葉に私は首を傾げた。

 そもそも、私はお化けさんのことをよく知らない。ずっと桜だと思っていたのだけど、それが嘘だったのだとしたら、ますますお化けさんのことを何も知らないのだということになる。

 それなのに、お化けさんと桜の共通点なんて分かるわけがない。――だけど。


「私の名前、咲良っていうんだ。お化けさんが桜と同化したっていうなら、私の名前は共通点になるの?」

「名前か。そりゃあ大きな共通点だ。だからこそアンタは、お化けさんとやらに目を付けられたのかもな」

「違うよ。お化けさんは、私のことを好きだっていってくれた。私と喋ってみたかったって」


 私が反論すると、カラスはカァっと笑うように鳴いた。


「そりゃあ好きだろうよ。なにせ、力をくれる存在だからな」

「そんなんじゃないよ! 私のことを友達だって言ってくれたし。それに……」


 人外の恋人はどうかって、お化けさんはそう言ってくれた。

 私のことを好きだって。それは嘘じゃあないって。


「私もお化けさんが好きだもん。そんな、酷いことをする人には思えないよ」


 お化けさんとの付き合いは長くない。私はお化けさんのことをなにも知らないし、お化けさんは私を食べているのだと言っていた。私に嘘をついているとも。

 だけど、お化けさんが私に向けてくれた笑顔とか、優しい言葉とか、そういうものを信じたい。


「幽霊を信じたって碌なことがないぞ。アレは平気で嘘をつく」

「それでも、お化けさんは違うよ」

「それだけ生気を薄くしておいて、よくそんなことが言えるな。まぁ、お前がどうなろうが俺には関係ないことだが」


 カラスはそういうと、話は終わりとばかりにくるりと私に背を向けた。


「一応、警告はしてやったぞ。命が惜しいなら、妙なモノには近づかないことだ」


 カラスは最後にそう言い捨てると、カァと鳴いて再び空へと舞い上がった。大きく羽を上下させると、夜空に溶けるように力強い速度で遠ざかる。

 カラスが消えるのを見送って私は大きくため息を吐き出した。軽く俯いて自分の掌を眺める。

 いつもと変わらない手がそこにあった。制服の袖も、通学用の革靴も、すべてがいつも通りだ。


 でも、私の身体は見えなくなっていたんだよね。

 先生にも、他の生徒にも、私の姿もお化けさんの姿も見えていなかった。

 いつまで見えないんだろう。もとに戻るのかな?


 なんだか妙に現実感のない足取りで、私は校門に向かって歩いた。

 頭がぼうっとする。何か大切なことを忘れているような気分で、私は家路を歩き出した。

 けれど校門に近づくにつれて、どんどん足が重たくなってくる。一歩足を動かすのがとてもおっくうで、校門に到達するころには地面に座り込んでしまい、まったく歩くことができなくなっていた。


 なにこれ、なんなの? 体が重たい。


 自分の身体なのに、自分のものではないかのように言うことを聞いてくれない。家に帰らなきゃ。そう思うのに、この場所から一歩も前に進めそうになかった。どうにか身体を動かそうと足や手に力を籠めるけれど、少しも身体が動かない。


 学校から出られない。どうして?

 カラスが言っていた、生気が奪われたしまったことと関係があるのだろうか。


「だれか、助けてっ!」


 校門前に座り込んだ状態で私は悲鳴を上げた。生徒もほとんど帰ってしまった静かな学校で、私の悲鳴はよく響く。けれども、声が届いていないのか、校門に駆けつけてくれる人はいなかった。

 しばらく私がそこで蹲っていると、まだ校舎に残っていたらしい生徒二人がが並んでやってきた。

 知らない生徒だった。もしかしたら後輩かもしれない。


「お願い、助けて!」


 私は彼らに向かって叫んだ。

 普段は口下手な私だけど、この時ばかりは必死だった。体に力が入らなくて自分では動けそうにない。誰かに助けてもらわなければどうにもならないだろう。

 けれども、彼等は私に視線を向けることもなく、何食わぬ顔で談笑しながら校庭を横切っていく。

 校門の前で座り込んでいる私の姿が彼等には見えていないようだった。

 

 私、まだ見えないままなんだ。職員室の先生達みたいに、この人達も私が見えない。


「嫌だ、助けて。お願い、私に気づいて!」


 私が叫んだその瞬間、ぴたりと一人の生徒が足を止めた。


「なぁ、今なにか聞こえなかったか?」

「ちょっと、怖いこと言うの止めてよ。もう外も暗くなってるんだから」

「でも、確かに何か聞こえたような」


 声が聞こえたという少年が首をひねると、隣にならんだ少女が眉根を寄せた。


「そういう話、苦手なんだから。この学校って幽霊が出るって噂もあるし、3年生のクラスも呪われたって話じゃない。おっかないよ」


 早く行こうと、少女は少年を急かして速足になる。叫んでも私の声は届かない。

 身体が動かないことも重なって、不安と恐怖が腹の内に溜まってくる。ぞくりと背筋が寒くなった。全身がとても寒くて身体が重い。


 いやだ、いやだ、嫌だよ。

 お願い。私に気がついて、助けて!


 私が強くそう願った瞬間、ザァっと大きく風が吹いた。突風と共にバンッと大きな音が鳴る。

 そうして、突然、グラグラと世界が揺れた。


「うわっ!」

「やだ、なにこれ地震!?」


 私の前を歩いてい居た二人が悲鳴を上げて地面へと座り込む。

 バンッという不思議な音が断続的に聞こえた。まるで、誰かが校門を殴っているような激しい音。

 激しく揺れる地面に私は手をついた。立っていられない程のひどい地震だ。近くに植えられていた桜の木がぐらぐらと揺れている。

 ミシミシと桜の木が嫌な音を立てた。

 私の見ている目の前で、太く逞しい枝が音を立てて曲がっていく。

 地震で折れるにしては不自然な曲がり方で桜の木の枝が折れた。そうして折れた枝は、びゅんっと宙を飛んで地面に蹲る女子生徒のところへと飛んでいく。

 折れた枝の先は鋭く尖っている。あんなものがあの勢いで刺されば、大変なことになってしまうだろう。


「危ない、避けてっ!」


 私はそう叫んだけれど、地面に蹲る少女に声は届かない。

 あわや少女に枝が突き刺さるというところで、パシンと音と立てて枝が見えない壁のようなものにぶつかった。ころんと折れた枝が地面に転がると同時に、ふっと私の背後に誰かの気配が現れた。温かくて柔らかい感触が、後ろから私を抱きしめている。


「大丈夫。もう、大丈夫だから」


 聞き覚えのある優しい声が耳元でそうささやく。

 不安を溶かしてくるような、お化けさんの声だ。

 ふっと身体の力が抜けた。私の身体を支えるように、お化けさんが背後から私を抱きしめてくれている。

 お化けさんが触れている場所が温かい。

 全身が凍えるように寒かったのに、急に体温を思い出したみたいに温かくなっていく。

 そうしているうちに地震が止んだ。バンバンと校門を殴っていたような奇妙な音も止まって、元通りの静寂が支配する。

 不思議なことに地面に落ちた桜の木の枝が消えていた。ふと桜の木に目をやると、確かに折れたはずの枝は、時間を巻き戻したみたいに元通りの場所に納まっている。


「なんなの、今の地震」

「ひどい揺れだったよな。家は大丈夫かな」


 揺れが収まったのを確認して、地面に蹲っていた二人が立ち上がった。そうして、不安そうな顔をしながら足早に校門から外へと出ていく。

 私にもお化けさんにもまるで気づいた様子もなく、彼らは夜の闇へと消えていった。


「咲良、大丈夫?」


 お化けさんが不安そうな声で私に問いかけた。

 大丈夫と答えようとして振り返り、私はひっと息をのんだ。


「お化けさん、髪の色が赤い」


 雪のように真っ白だったお化けさんの髪が、毒々しい血のような赤色に染まっている。

 髪だけじゃなく薄銀をしたお化けさんの目の色も、禍々しい光を帯びた赤色に薄く輝いていた。

 私の驚いた顔を見て、お化けさんは困ったように眉根を寄せると、指でそっと髪をつまんだ。


「ああうん。ちょっとばかり無茶をし過ぎたかな。大丈夫、少し経てば色は薄くなるはずだから」


 そう答えたお化けさんの顔は、なんだか妙にやつれているように見えた。

 お化けさんが今にも消えてしまいそうなくらい儚く見えて、私はなんだか不安になる。


「お化けさんの方こそ、大丈夫なの?」

「僕は平気だよ。それよりも、咲良が心配なんだ。大丈夫だった?」


 お化けさんの問いかけに、私はどう答えればいいのか分からなかった。

 地震のことを言っているのなら、大丈夫だ。私は怪我をしていない。――だけど。


「身体が重くて動かないの。学校から出ようとしたら、動けなくなって。助けを呼んでも誰にも聞こえなくて、見えなくて」


 不安が胸の奥から湧き上がってくる。私はいったいどうしてしまったのだろうか。


「さっき、カラスに会ったの。多分、お化けさんが言っていた、お化けさんの仲間だっていう妖怪のカラス。カラスはお化けさんが私の生気を奪っているんじゃないかって言ったの。だから私の生気が薄くなって、皆から見えなくなってしまったんじゃないかって」

「咲良の生気が薄くなっているって、カラスはそういったの?」

「うん。お化けさんが私の生気を奪ってるんじゃないかって。それは本当?」

「それは――」


 私の言葉を聞いて、お化けさんは何かを深く考えこむように沈黙した。


「前にお化けさんは、私の穢れを食べているって言っていたよね。穢れと生気ってどう違うの? どっちが本当なの?」

「ごめん、咲良。それは言えない」

「言えないって、どうして?」

「言えばきっと、全部終わってしまうから。もう少しだけ時間が欲しいんだ」

「時間? 終わるって何が終わるの? お化けさんが言いたいことがさっぱり分からないよ」

「ごめん」


 お化けさんは目を伏せて、ただ謝罪の言葉を繰り返すだけだった。


「身体が動かないのとか、見えなくなっちゃったのとか、元に戻せるの?」

「それは……うん。どうにかなるよ。でも、ちょっと時間がかかるんだ」

「時間がかかるの? それは困るよ。家にだって帰らないといけないのに」

「――うん、そうだね」


 お化けさんは困ったような顔をしたまま、私の目を塞ぐように手のひらを置いた。


「大丈夫だから。あと少しだけ。――ごめんね、咲良」


 目を閉じると、すっと身体が軽くなるような感覚がした。

 お化けさんが触れているところから何かが吸い取られていくような――あるいは、何か温かいものが入り込んでくるような、不思議な感覚。

 まるで温かいお風呂の中で浮かんでいるような柔らかな感覚に、どうしようもない睡魔がやってくる。

 春の陽だまりの中にいるような温かくて優しい感覚に包まれて、私の意識は薄れていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ