この恩は必ず
―街 朝―
庭を抜け門をくぐり抜けて、さらに道を歩み、いつもと何ら変わりないようにしながら僕は街へと出た。
(……ちゃんとばらまけたみたいだ)
街は少し不穏な空気が流れていた。夜中、僕がばらまいた大量の紙。それが至る所に落ちている。
そして、それを人々が拾い眺めている。僕もその輪に加わる為、落ちていた紙を一枚手に取った。
(恥ずかしい文章だね……もう少し考えて書くべきだった)
勢いに乗って、慌てて書いた文章だ。字も汚いし、バランスが悪い。徐々に右上がりになったり、突然文字が大きくなったりしている。
ただでさえ醜悪なこの文章を、よりいっそう醜くしている気がする。
(これから、ずっとこの文章は晒され続ける訳か……もう見たくないな。行こう)
僕は紙を適当に折り畳み、ポケットに入れ、レストランに向けて足を進めた。
そんな中、沢山の声が聞こえてきた。
「真犯人ってこと?」
「イタズラじゃないの?」
「イタズラにしては、少し手が込んでないか?」
「暇なんじゃないの?」
僕が必死にやったと言うのに、その手紙の効果は薄かったようだ。
(イタズラかぁ。違うんだけどなぁ)
無理もないのかもしれない。たった一枚の紙切れでは、そうなってしまうのが普通だろう。
やはり、本人が姿を見せなければ。小物がやる小さなイタズラに過ぎなくなってしまう。ただ、不安を煽り挑発しているだけになってしまうのだ。
(忙しくなる……やらないと)
しばらく歩いて、ようやくレストランが見えてきた。開店前なので、そこには掃除をしているデボラさんがいた。
(デボラさんに伝えて貰おう……申し訳ないけど)
僕が少し近付くと、デボラさんは気配を感じたようで箒を動かすその手をとめた。そして、いつもと変わらない笑顔で僕を見て叫ぶ。
「タミじゃないかい! 昨日はどうしたんだい? 急にいなくなったりして、心配してたんだよ!」
「すみません!」
僕は走って、デボラさんのいるレストラン前まで向かった。
「また何かあったのかと思ってね……アッハッハッ! 無事ならいいんだよ」
デボラさんは豪快に笑うと、僕の頭をクシャクシャと撫で回す。僕はそうされるのが、まるで子供扱いされているようで嫌だが、ただそれをやめて欲しいだなんて言える立場でもないので、僕はグッと堪えた。
「デボラさん……あの、お伝えしたいことが」
「ん? 何だい?」
僕の表情を見て何か悟ったのか、デボラさんは笑うのをやめ、撫で回す手をとめた。
「しばらく休ませて貰えませんか?」
「……何かあったのかい?」
「実は……その……どうしても、やらなければならないことがあって。その為に時間が必要なんです」
「そうかい……なら、仕方がないね。あんたにはずっと頑張って貰ってたからね。いいよ、気にせずやっておいで」
そして、デボラさんは優しく僕に笑みを向けた。
この反応は何となく察していた。彼女らはとても心が広いから。普通だったら、この程度の理由で休みなんて貰えないだろう。
「トーマスさんにもそう伝えて下さい。あと、ご迷惑とご心配をおかけしてすみませんって……」
僕はそれだけ伝えて、レストランを後にした。
(この恩は必ず――)




