呪いが解けた時
―自室 朝-
「……ふぅ」
僕は、まるで何事もなかったかのように部屋に戻ってきていた。ずっと、この部屋にいたのではないかという錯覚に陥る。ついさっきまで、アリアと一緒に軽く朝ご飯を食べていたのが嘘のようだ。
僕はアリアに別れを告げた後、再び瞬間移動を使った。短期間にこんなに乱用することなど、普通はありえない。一度間隔を空けて使う時ですら、死の危険が伴うというのに。どれもこれも、彼のお陰である。
「さて……一体何からすればいいものかな」
とりあえず、すぐに終わらせることの出来る用事を済ませる必要がある。まずは、レストランに行ってトーマスさんに謝罪をする。
そして、しばらく休みを貰えるかどうか聞いてみなければならない。もし、休みが貰えなかった場合は、諦めるしかない。限られた時間の中で、僕の作戦を実行していく。
「行こう」
いつものように部屋から出て、玄関へと向かう。僕が何も言わなくとも、クロエは僕の後をついて来る。学校に行く時だけだ、一緒に隣を歩くのは。
(……しかし、レストランの後が問題だな。買い物で不審に思われてしまうかもしれない。いざという時は瞬間移動を使えばいいんだろうけど、流石にここまで使うとなると不安になってくる)
この力の及ぶ範囲……限界を知らない。それを使い続けることは、かなり怖い。でも、使わなければならないから、つい使ってしまう。最も楽な手段を見つけた時、それに逃げてしまうのだ。
それは、元々の僕の弱さだろうか。それとも、本能的なものなのだろうか。
(もし、この体から死の呪いが解けた時、僕はどうなる?)
玄関のドアの取っ手に触れた時、突然その疑問が頭をよぎった。
この呪いから解放されたその瞬間、僕の体は今までの負担を一気に背負わされてしまうのではないか。そうしたら、僕は何も残せぬまま死を迎えてしまうのではないか。
遠くに感じていた死への恐怖、忘れていたものが呼び覚まされる感覚を確かに感じた。
(……何を考えているんだ、僕は。今は関係ないじゃないか。それに、散々延命してきたんだ。とっくになかったはずのこの命が……今ここにあるだけで十分じゃないか)
僕は胸に手を当てて、自分にそう言い聞かせた。
(数え切れないくらいの罪を犯し、人を殺し苦しめた。死んだ後に地獄に行くのさえも生温いくらいだろうな)
重ねた罪の数々は、僕の魂を赦しはしないだろう。いずれ、それ相応の……いや、それ以上の罰を受けることになる。死の先を僕は知らないが、何となくそう思う。
僕の魂の行き先は、きっと天国でも地獄でもない――無そのものだろう。




