憂鬱な雨
―森 朝―
外は少し蒸し暑く、傘を差していてもそれが破れてしまうのではないかと思うくらいの雨が降っていた。雨だと、気分がどんどん憂鬱になっていく。ただでさえ、自分の情けなさで気分は地の底より深い所まで落ちているのに。
「はぁ……」
この雨だと、アリアの匂いも失われてしまう。微かにしか感じることが出来ない。もう少し早めに行くべきであったと後悔しても、もう遅い。
(トーマスさん達にも謝罪しないと……また、迷惑をかけてしまった。それに、色々準備しないといけないし、結局しばらく休まないといけないかもな)
限りなく無に近い匂いを辿りながら、僕はアリアの行方を捜していた。近くにいるのは間違いないのだが、いまいち場所の特定に至ることが出来ない。
「ねぇ!」
「うわぁぁっ!?」
僕は地面を見ながら歩いていると、突然横から声をかけられた。それに驚いた僕は、持っていた傘を地面に落としてしまった。
「ご、ごめん! 存在感ないから……気付いて貰おうと思って……」
声のした方へと向くと、アリアが申し訳なさそうに木陰から顔を覗かせていた。
「いつからそこに?」
「実を言うと、さっきからずっと隣で追いかけてたんだ。だから、ずっといたと言えばいたことになるかな? どのタイミングで声をかけようって悩んでたの。失敗したら驚かせちゃうなって思って……結果、失敗しちゃった」
「ごめん、気付かなくて……」
匂いが微かにするが、どこからしているのか分からない状況が生まれていたのかその為だったのだろうか。隣から漂っている匂いから、場所の特定が出来なかったとはなんと不甲斐ないことだろう。気が滅入りすぎて、集中力が低下しているのかもしれない。
「いつものことだから大丈夫。それに、声をかけて気付いてくれる人も少ないから……アハハ……」
彼女の日々の苦労を思うと、簡単な言葉で同情する程度で反応してはいけない気がする。今はそれが、彼女の身を守る最大の防具になっているのだろうが。
「それより、傘大丈夫? 濡れちゃうよ」
アリアは、その美しい顔に不釣り合いの歪んだ笑みを浮かべて落ちた傘を指差した。
「あ、うん」
僕は落ちた傘を拾って、木の生い茂る彼女がいる場所へと入った。
「遅くなってごめん。食べ物と飲み物をいくらか持って来たよ」
「ありがとう……!」
僕は魔法を使い、空気と同化させていた食料を取り出す。クロエに気付かれないように食料を盗み出し、家から出る時は瞬間移動を使って森に来た。
彼と同化する前は、瞬間移動を使うと呼吸困難に数時間陥ってしまっていた。それを思うと、とても楽になった。お陰でクロエの目を欺いて、ここまで来れるのだから。彼女に食料を渡したら、また瞬間移動を使って家に戻ればいい。
しかし、一つ不思議なことがある。それは、何故か普通に走ったりする分には人並みに疲れることだ。気にすることではないのかもしれないが。
「はい、どうぞ」
僕は、それをまとめて彼女に手渡した。彼女はそれを両腕で掬うように抱えると、不器用な笑みを再び浮かべる。
「ありがとう……ありがとう!」
「これを置いておけるような場所はあったかい?」
「すぐそこに洞窟があって……そこでなら、ある程度の雨風もしのげるの。枯れ葉を敷けば、寝ることも出来るの。ベットに比べたらあれだけど……十分」
「そうか……」
夜中に比べれば、大分アリアは落ち着いていた。そう繕っているだけかもしれないが、それが出来るくらいには回復しているようだった。
(さて……帰らないと)
用も終わったのでアリアに別れの言葉を言おうとしたのだが、その前に彼女が先に口を開いた。
「ね、ねぇ……お願いがあるの。忙しかったらいいんだけど、えっと、その――」




