使命は何よりも
―クロエ 巽君の部屋 早朝―
「……どうして、そう思うのかな」
巽君は寝転がったままの体勢で、暗く沈んだ声でそう言った。彼の放つ雰囲気から、周囲が徐々に凍りついていくように感じられた。
「それは……」
そこで、私は気付いてしまった。言ってはならないことを言ってしまったのだと。
「言えない? あぁ……そうだよね。言える訳ないよね。本当は、僕に言っちゃいけない内容だったんだよね。クロエ、君は本当に分かりやすい。馬鹿な僕でさえ、分かってしまうくらい。君が言えないなら……僕が代わりに言ってあげるよ」
彼は不敵な笑みを浮かべ、私の拳を手で払って上半身を起こす。笑ってはいるけれど、心からの笑みではない。とりあえず笑っている、そんな感じだった。
「君には……僕を監視して守る使命があるよね。学校以外は、ずっとその使命を果たしてくれているね。例えば、僕があの恐ろしい姿になってしまった時も」
「何が……言いたいの」
「あぁ、回りくどい言い方はやめようか。僕もあんまり得意じゃないしね。単刀直入に言おう。どうして、君は彼女に罪を着せたんだ」
そう言い放った瞬間、巽君の顔から笑顔が消えた。そこにあるのは、冷たい視線だけ。
「罪を着せる? 何の――」
「はぁ……また見え見えの嘘をつく。嘘をつくなら、もっと上手について欲しいよ」
「チッ」
やはり、私が口を滑らせてしまったことが原因で、もう完全にバレてしまっているようだ。願うことなら、巽君を叩き起こす前くらいに戻りたい。自分の過ちは、いつもいつもでか過ぎる。
「僕がばら撒いた……そう思う理由があるから言ったんだよね? でなければ、普通に考えて言ってこないもんね? 僕が突然消えたからと言って、それを根拠にするには弱いし。僕は、あの紙から僕に関わるありとあらゆる証拠を消したんだ。別にそのことを、君に隠したりはしないよ。君にバレてもどうでもいい。君の使命は、僕を守ることだしね。何故あれをしたか分かる? 許せなかったからだよ。僕の罪を彼女に着せたことが」
そう語る、彼の手は小刻みに震えていた。
「私の使命は、巽君を守ること。あれだけの証拠……いくら何でも隠し切れない。前暴れた場所とかだったら、まだいいけど。だったら、最善の手を尽くすしかない。巽君を守ることに手段は問われない。これは、ボス以前に王からの命令でもあるの。守れなかったら、私だけじゃない……私達の責任になる。優先されるべきは、命令なの」
もはや、隠すことは不可能。嘘をつかず、正直に伝えた。私は圧力をかけたりとかなり大変だったのに、それをあの紙きれで水の泡にされてしまった。妨害された側としては、こっちも怒りたい。逆切れになってしまうだろうか。
「本当にそれだけ?」
「は?」
「不自然だと思ってね。君はずっといたんだろ? 僕の傍に。だとすれば、僕をとめられたはずだ。なのに、それをしなかった。まるで、とめてはいけないという命令でも出ているようだね。僕が無意識の時だけ、人が死ぬ。僕に手が出せなくても、他の人物には手を差し伸べることだって出来たはずなのに。僕はただの人殺しだ……僕を守ることが使命なら、僕の全てを守って欲しかった」
私は何も言えなかった。いや、何も言わなかったという方が正しい。彼の発言にストレスを感じたが、余計なことを言えば、その推測がどれだけ合っていて間違っているのかも悟られてしまうからだ。
勿論、巽君が怒るのも分かる。だけど、これは私の使命。上からの命令。歯向かうことは出来ない。間違っているとか、正しいとかそんなことを抜きにして従うしかない。それが出来なければ、私は私の復讐を果たす権利を失ってしまうのだから。




