逃亡者と咎人
―森 夜中―
「――ううううううう! あああああっ!」
話し終えたアリアは地面に顔をつけて、さらに激しく……まるで子供のように号泣し始めた。
「……辛いことを思い出させてしまったね」
僕自身、彼女の話を聞いて吐きそうになった。安心と安らぎのある場所に得体の知れぬ化け物がいて、愛する家族が殺された。それも、人間だったという証拠すら残らない無惨な形で。
「ううっ……どうすれば良かったの? 私は、ただお父さんの遺言を……守ろうとしただけなの。魔術も魔法も意味がないって聞いて……私に出来るのは、それだけだって……なのに! なのに、こんな!」
そんな残忍かつ非道な行為をしたのは、紛れもない僕。あの夢は、その行為の一部だった。しかし、僕は全てを記憶していない。あんな、許されざる罪を犯したというのに。彼女の話を聞くまでは、幻想の一種だと捉えていた。
(ごめん……アリア)
彼女に起こった不幸は、全て僕の責任だった。彼女の頼った最後の希望こそ、全ての絶望の源だった。
「大丈夫だよ……僕がいる」
僕には、自分がその化け物の正体であると言う勇気がなかった。僕こそが、今君を苦しめている正体であると伝える度胸はなかった。
それに伝えたら、彼女がどうなってしまうのか僕がどうなってしまうのか考えるだけで恐ろしかった。だから、僕は真実を隠した。
(僕がどうにかしなければ……彼女を救わなければ!)
どうして、彼女が罪を背負わされているのか分からなかった。今までは、黒い獣が暴れたと話題になっていたはずだ。なのに、今回はそうではなかった。他に目撃者がいなかったからだろうか。しかし、痕跡を見ればそうではないことくらい分かりそうなものだ。
彼女の話を聞く限りでは、人間がやろうと思って出来ることではない。魔術や魔法を使えばその証拠だって残る。一体、何を根拠にして彼女が犯人だと決定付けたのだろうか。
(僕に何が出来る? せめて、彼女の罪を……拭いたい)
「私……殺されるのかな? 捕まったらどうなるの? 怖いよ……怖い」
「君は犯人じゃない……そんなの明らかだ。なら、そうではないと姿を――」
「出来ないっ! そんなの……出来ない!」
彼女は素早く顔を上げて、僕の言葉を遮った。彼女の顔は涙と土でかなり汚れている上に、鬼のような剣幕で思わず怖気づいてしまった。
「ど、どうして……?」
しかし、僕がそう問っても、ただ涙を流し続けるだけで彼女は何も答えてはくれなかった。何らかの事情があって言えないのだろう。あまり詮索すべきではない。
「……分かったよ。でも、君はこれからどうするんだい?」
「どうせ、私の存在なんて普通にしていれば気付かない。ただ、捜査されてしまうとなると……下手に行動することも難しくて……しばらくはこの森で身を潜めようかなと思って」
「この森で!?」
「あまり人は寄り付かない場所だから……それに、四の五の言ってる場合じゃないから」
「でも……一生このままだったら……」
彼女は俯いた。彼女が一番分かっているのだろう。逃げて隠れ続ける行為は、余計に怪しまれるだけだと。だが、そうするしか手段がないから……そんな所なのだろう。理由は分からない。
(アリアがこんな目に遭っているのは、何もかも僕のせいだ。でも、僕がそうだとは言えない。誰にも! 明かせる訳ない! 違う方法で、彼女が犯人ではないと示すことが出来ないか……)
僕は、頭の中でそう必死に考えを巡らせ続け――そして、ようやく閃きを得た。




