罪の証拠
―森 夜中―
「――は?」
机を台拭きで綺麗にしていたはずの僕は、気が付いたら不気味で真っ暗な森にいた。
「ここは……どこだ?」
見たこともない景色、ただ森だと認識することが出来る程度の場所にいつの間にか僕はいた。ついさっき、ほんの数秒前まで僕はレストランで清掃をしていたはずだ。なのに、たった一度瞬きをして、次に目を開いたら見知らぬ森で宙を拭いていた。今、この瞬間の僕の気持ちが分かるだろうか。
「ん? なんだこれ?」
地面をしっかりと見た時、僕は自然の状態であるはずの森の地面に似つかわしくないものがあることに気付いた。そこにあったのは、何かを召喚する時に必要となる魔法陣だった。薄っすらと描いてある程度で、召喚魔法を使った際の発光は既になかった。
だが、これを見て今の不可思議な状態の説明がついた。
(召喚……された? 僕が? 誰が? 僕を知っている何者か……わざわざこんなことをして会う必要がある人物?)
一瞬、脳内で美月の顔が浮かんだがそれをすぐに消した。美月だったら、こんなやり方はしない。そもそも、召喚魔法を美月が使える訳がない。遠く離れた地から一人の人間を召喚するなど、とんでもない魔力も消費する。よって、僕を召喚したのは美月ではない。
(というか、わざわざ召喚したのに姿を見せないなんて……見せられないのか? それとも――)
僕が冷静に考えを巡らせていると、後ろから背中を指で優しくつつかれるような感覚があった。
「ね、ねぇ……!」
そして、どこか安堵したような震える声が同時に聞こえた。その声が何者か、僕にはすぐ分かった。
「アリア?」
すぐに振り返ると、やはりそこにはアリアが今にも吹き飛ばされそうなほど弱々しく立っていた。
「……ごめん、ね。こんな方法で急に……でも、こうするしか! 私にはタミしか頼る人がいないの! お願い……助けて……」
彼女は堪え切れなくなったように、その場に崩れ落ちて両手で顔を塞いだ。
「ご、ごめん……僕には状況がいまいち分からないよ。君に一体何があったの?」
嗚咽を漏らしながら肩を揺らす彼女の話を聞く為、僕はその場でしゃがみ込んた。
(こんな時間にこんな場所で、召喚魔法を使ってわざわざ僕を呼ぶなんて……とても大きなことがあったとしか思えないけど……)
「追われてるんです……警察に!」
「は? 警察!?」
「ヒック……私は、ただお父さんに言われた通りに逃げただけなのに! なのに、気が付いたら私が犯人のような扱いを……」
「ま、待って。全然状況が理解出来ないよ! 頼むから、一から説明して……くれないか」
僕の頭の中で、今朝見た夢の内容が鮮明に蘇る。腰を抜かして震えるアリアと、獣となった僕の手でアリアに逃げるよう促す父親。そして、その父親は僕が――殺した。握り潰して、血と肉片しか残らないくらいに無惨に。
ただの夢だと、今日聞いた事件を僕に分かるように伝える予知夢のようなものだと……僕は思い込むことにしていた。さっきまで。
「信じて……くれる?」
アリアは手で覆い隠した顔を、露にする。その顔は、既に涙でグチャグチャだった。薄紫色の瞳からは、今も涙が溢れ出ている。
「信じるさ……当たり前だよ」
気持ちの整理も、状況の理解すら出来ていない。だが、胸騒ぎの理由は分かった。あの夢は、知らず知らずの内に僕が犯した罪の証拠であったと。そして、犯人扱いされているのが何故かアリアであること。遠い意識の中で、それを知っていたから心が落ち着かなかったのだ。
本当は、全てを悟っている僕は今どんな表情を浮かべているのだろうか。
「ありがとう、あのね――」
彼女は口を開いて、ゆっくりと語り始めた。




