親殺しの娘
―レストラン 夜中―
日がすっかり落ちて、獣達の時間になった頃。僕は、食べ終わった後の皿が置かれている机を片付けていた。
「はぁ……」
身も心もクタクタだ。体がいくつあっても足りない感じがする。こっちを対応していれば今度はあっち……やるべきことが次から次へと出てくる。そんな多忙の中で皆は働いている。僕は、いつになれば皆みたいに器用にこなすことが出来るようになるのか、どうすれば皆に受け入れて貰えるのか悩みの種は尽きない。
(頑張ってる……つもりなんだけどな)
今朝、従業員の女性から言われたことが頭から離れない。あれが、現時点での僕の評価である。それでも、今日は皿を割らなかったし、料理を無駄にしなかった。注文の聞き間違えだってしなかったし、運び間違えることもしなかった。何も失敗せず、皆と同じようにこなすことが出来た。
だが、評価が変わった気配はない。現に、僕は他の従業員から話しかけられていない。僕以外は楽しそうに談笑をしていたりするのに。
(今日程度では許されないか……そうだよね、たった一日じゃ、まぐれも同然だよね。継続しなきゃ)
「――そういえば、今日アニタさん来てたわね」
「あぁ、そういえばそうですねぇ。結構久しぶりな感じで」
「お孫さん、随分成長してたわね」
「そうですねぇ、可愛かったです」
少し離れた所で、従業員の女性達が片付けながら話をしているのが聞こえてきた。
(あのおばあさん……アニタっていうのか。あの唐揚げを食べてた子は、孫か)
「元気そうでなによりよ、本当。常連さんが来なくなると、不安になっちゃうものね」
「ちょっとだけお話してみたんですけど、お引越しされたそうですよ~。歩いて来れる距離なんだけど、少し離れた所になっちゃったから、老体にはきつくてしばらく来れなかったって。でも、今回はお孫さんがどうしてもって言うから頑張って連れて来たんですって。明るい間は街を見て回って、夜に帰るって言ってましたよ」
「あらぁ、そうなの? いいわね、心が癒されるわ」
(美味しそうに料理食べてたもんな……そうか、良かった。彼女達の思いを無下にしなくて済んで)
「でも、大丈夫かしら? 街には殺人犯がうろついてるのに……あんな幼い子を連れて帰るのよ? しかも、アニタさんはもういい年なんだし……」
「流石に、夜に二人っきりで帰るってことはないでしょう……あのニュースをこの国で知らない人がいる訳ないわ。親殺しの娘が逃亡中なんて」
(親殺しの……娘?)
今朝、ここに来るまでの間に聞いた主婦達の世間話。それを聞いて、何となく胸騒ぎを覚えていた。だが、色々な人の話を聞く限りでは、どうやら僕は無関係だったらしい。獣が暴れただのという話はなかった。あれは、ただの夢だったのだ。
少し気にかかることと言えば、親殺しの娘というワードだ。夢に出てきたのは、アリアとその父親。そして、父親を獣と化した僕が殺した。
(まさか……きっと、予知夢に近いものでも見たんだ。あぁ、そうだ。僕の知らない人の出来事を、僕の知っている人で表しただけ。なるべく、僕にとって理解しやすいような。予知夢を見る理由は分からないけど……)
頭の中で、アリアの顔が浮かぶ。次第に、彼女のことが本当に無事なのか心配になってくる。夢は夢だと分かっていても、何故だか胸騒ぎは消えないまま――。




